人を中心にした“まちづくり”
「データで読み解く鳥取市」青翔開智生が思い描く街の理想像
鳥取空港から車でおよそ20分。万葉歌人大伴家持(おおとものやかもち)が「万葉集」の最後を飾る歌を詠んだ地、鳥取市国府町に青翔開智中学校・高等学校はあります。主体的かつ創造的な未来を築く人間を育てる、という教育方針を掲げる同校で今回、高校2年生を対象に「地理探究」の一環として、まちづくりをテーマに全4回に渡るワークショップを実施しました。
「これから鳥取市をどう良くしていくか」というテーマのもとワークショップを行い、最後に各グループの「理想の鳥取市と実現方法」について発表しました。生徒たちは何を学び、何を感じて、最終発表へ臨んだのでしょうか。ワークショップ後の感想も交えながら、今回の取り組みをお届けします。
(取材時期:2023年11月、12月)
目次
- 「探究型学習」を掲げる、青翔開智中学校・高等学校
- 「心臓ピクニック」「わたしたちのウェルビーイングカード」を用いてWell-beingについて考える
- 「SUGATAMI」のデータから鳥取市を読み解く
- 鳥取市で実現する「私たちのWell-being」を発表
- 最終発表・ワークショップを終えて
「探究型学習」を掲げる、青翔開智中学校・高等学校
鳥取市内の学校や図書館などが集まる文教地区にある、青翔開智中学校・高等学校。同校は、2014年4月に鳥取県東部(因幡地域)で初の中高一貫校として開校しました。同校は、6年一貫の教育プログラムを採用しており、「探究」「共成」「飛躍」という建学の精神のもと、生徒一人ひとりが自主性と探究心、そして創造力を育むための教育を推し進めています。
今回なぜNTTとワークショップを行うことになったのでしょうか。学校側の中心となって協力いただいた社会科教諭の中澤歩先生は、次のように語ります。
「本校がめざす『探究』的な学習を取り入れた地理の授業を進めていく上で、生徒たちの手の届く範囲、つまり地元鳥取の実情や課題から学習を深めることは、とても大切なことではないかと考えました。まず身近なスケールに着目し、そこにある課題について考えることが、生徒たちのまちづくりに対する興味関心の第一歩となればいいな、と思いワークショップの相談をさせていただきました」
その上で、「本校の生徒には、卒業後に鳥取を出て県外や海外の大学に進学していく子も多くいます。そうした生徒が将来Uターンしてくれたら嬉しいなという思いがあります。また、当校の学校説明会や入学式では、校長からも『将来、故郷の鳥取に何かの形で還元してほしい』と子どもたちへ伝えています。 私の考えと学校の理想が重なる中で、SSPPの大阪水都国際さまと広島叡智学園さまの取り組みを見つけて、『まさにこういうことがやりたい』と思い至り、NTTさんへお声がけしたのです」とも話してくれました。
そうした青翔開智と中澤先生の思いで行われたワークショップ。ここからはその取り組み内容と最終発表までをご紹介します。
「心臓ピクニック」「わたしたちのウェルビーイングカード」を用いてWell-beingについて考える
これから鳥取市をどう良くしていくか、街や市のあるべき姿を考える前に、まずはWell-beingという概念を知ろう。ということで第1回目のワークショップでは、「自分や誰かのさまざまなWell-beingを、知って、学んで、考えよう」と銘打ち、2種類のツールを使って、相手の存在を感じ、相手が大事にしているものや心を理解して、生徒同士共有しあう取り組みを行いました。
そもそもWell-beingとは何か。実はWell-beingについて一義的な定義はありません。その解釈はさまざまですが、NTTとしては、Well-beingを「良く生きる在り方」「心地よい状態」と考えています。本ワークショップを通じて、生徒たちは多様な価値観・立場の人がいることを理解します。お互いを知ることが、他者への思いやりにつながることを学び、ひいては、この発見がさまざまな社会問題解決のための「気づき」になるのです。
まずは自分自身の心臓がどのように動いているのか、手のひらの触感で感じることのできる「心臓ピクニックセット」を用いて、相手の存在を肌で感じてもらいました。心臓ボックスは、心臓のドクン、ドクンという鼓動だけでなく、その後にさらさらと血液が循環する感覚までもリアルに再現します。
体験した生徒たちからは、「息を止めているだけでも鼓動に変化があった」「自分の掌の上で友達の心臓が動いている感覚が新鮮だった」「一人ひとり音や速さが異なり、みんな生きているんだなと感じた」など、驚きの声が上がっていました。
次にWell-beingを感じられる要素を32種類のカードにまとめた「わたしたちのウェルビーイングカード」を用いて、お互いの価値観を共有し合いました。「わたしたちのウェルビーイングカード」は自身や周りの人の幸福度の基準をはかり、対話を促すツールとして使用されています。今回は「どんなときに幸せを感じるか」「自分が大事にしているもの」をテーマに、32種類のカードの中から、生徒たちの直感で3枚のカードを選んでもらいました。
『尊敬』、『憧れ』というカードを選んだ生徒からは「音楽や美術作品から受けた影響によって、自分が形成されている。なのでミュージシャンやアーティストなど、尊敬や憧れを抱く存在が自分にとって大切」というコメントがありました。また、『応援・推し』、『思いやり』というカードを選択した生徒は「応援する側、される側、お互いにエネルギーをもらえる関係が自分の中では大切。そうしたつながりやコミュニティーは、思いやりがあることで成立している」と発表してくれました。
相手の価値観を無意識に自分と同じだと考えてしまうことや、相手のことをわかっているつもりでも実際は異なる場合があることに気づいた生徒たち。まずは自分のWell-beingを知る、次に相手のWell-beingを知り、互いの価値観を共有することの大切さを、身をもって学ぶことができたのではないでしょうか。
「SUGATAMI」のデータから鳥取市を読み解く
第2回目のワークショップでは、鳥取市のSUGATAMIデータを読み解いて、街を俯瞰的に理解する取り組みを行いました。都市の機能、住民の満足感、住民の幸福感という視点のデータを目にした生徒は、どんな感想を持ったのでしょうか。
生徒たちは5つのグループに分かれて、データから読み解いた鳥取市の現状について話し合いました。最後の発表では「私たちは気候変動に関するスコアの低さに着目しました。鳥取市は交通機関が発達しておらず、車での移動が多いため、排気ガスの多さが数値に影響していると考えます。EV車の充電スポットのスコアは高いのですが、まだまだEV車を街で見かける機会は少なく、普及していない印象があります。」という鋭い考察も。その他のグループからは、「食料のスコアが高いことがわかりました。鳥取市にはおいしい作物や食品を生産できる環境があり、住民がその食料をすぐに消費できる流通があります。食材の地産地消が実現されているという証拠が、データに表れていると感じます。」という発表もありました。
鳥取市に対する主観的なイメージと、客観的なデータとのギャップに驚く声も多くありました。ワークショップ終了後、生徒に話を伺うと「今まで鳥取市のデータをここまで詳しく知る機会はなかったので、街の新たな一面・特色を知ることができて楽しかったです」との声が。生徒たちは今回の取り組みで、多角的に街をとらえる新たな視点を得られたのではないしょうか。
第3回のワークショップでは、各グループでSUGATAMIデータをより深く分析しました。加えて、追加リサーチとして、授業に県内出身と県外出身の先生を1人ずつお呼びしてインタビューも行いました。街の姿をより客観的かつ立体的にとらえ、理想の鳥取市を描いた資料を作成し、次回の最終発表に向けて準備を進めます。
鳥取市で実現する「私たちのWell-being」を発表
第4回のワークショップでは、最終発表を行いました。各グループ7分の持ち時間を使って、作成した資料をホワイトボードに映し出しながら、プレゼンを行います。発表後は別の生徒から良かった点と併せて、さまざまな質問や意見交換が行われました。5つのグループが掲げたタイトル・内容は以下の通りです。
①「Everytime Everywhereな交通機関のために」
最初に発表を行ったグループはSUGATAMIの「1世帯あたりの公共交通機関の平均距離」の数値に着目し、公共交通機関へアクセスしにくいという現状を読み解きました。交通機関が未発達で不便、利用しにくいという状況があると考察し、公共交通機関を利用しやすい環境づくりをめざす、改善案を提示しました。
②「集まれ! みんなの鳥取市」
次に発表を行ったグループはデータから、都市機能としての教育・福祉のスコアが高いのに、住民満足度は低いという現状を見出しました。先生へのインタビューから得た、教育・塾・入試の選択肢が少ないという意見も取り入れ、年齢や人種を問わない、さまざまな人が一緒に学べる場を作るプランを打ち出しました。
③ 「あなたの健康を支えます! 永く健康に過ごしやすい鳥取市を創る」
続いてのグループは健康に対する住民満足度は高いものの、健康寿命の値が低いことに着目し、鳥取市の健康スコアを上げるアイデアを提案しました。前述のデータに加えて、住民の余暇時間が長いという数値も取り入れ「市民の運動を促すイベントを開催するとよいのでは」という結論を導き出していました。
④「私たちのWell-being」
このグループは難易度の高い、都市計画・地域計画のデータを扱いました。地域活性化を促すためのイベント提案、経済を回すことを想定した飲食店の増加プランなど、長期的な視点でWell-beingの実現をめざしました。
⑤「協調と思いやりと故郷と」
詩的なタイトルが特徴的な最後のグループ。生徒たちは、水・健康・福祉・教育のスコアを分析し、高齢者と若者の2つの視点から、福祉の面で鳥取市をよくする計画を発表しました。実際に他県で暮らしてみて自県の問題点を再確認するという考えや、他県に出た場合は毎年帰郷すること、ふるさと納税で地元に還元する重要性などにも言及し、再来年以降の自分たちを想定した発表が印象的でした。
自由かつ豊かな発想で構成された最終発表は、とても有意義な時間となりました。資料やプレゼンのクオリティ、発表後の質疑応答に堂々と答える生徒の姿は、鳥取市の明るい未来を想像させてくれます。
最終発表・ワークショップを終えて
すべてのワークショップを終えた生徒たち。今回の取り組みで、鳥取市に対するイメージや将来像はどのように変化したのでしょうか。各グループのリーダーに、今回の取り組みの感想や最終発表までの困難、今後の鳥取市について伺いました。
まずは「発表の難しかった点」を聞いてみました。R.Sさんは「データの読み取りに難しさを感じました。周りの方にデータの読み取り間違いを教えていただいたとき、グループ内での意思疎通や知識の一致ができていなかったことに気づいたんです。なので、メンバーの得意領域に合わせたデータを持ってくることによって、全体の方向性が揃うような結論に導けるよう調整しました」と語ってくれました。同じ質問をN.Mさんにすると、「鳥取市の未来像を考える際に、私たち学生の感覚だけではなく、親や高齢者など多角的な視点も必要です。『大人だったらどう考えるかな』と想像を巡らせることが、難しくもあり楽しくもありました」との答えが。
次に、「ワークショップでの一番の学び」について伺ってみました。N.Hさんは、街を数値化したデータで見ることの新鮮さに感動しつつ「水のスコアが高いことは想定内でしたが、福祉のスコアが高いことに意外性を感じました。他にも鳥取市の知らない面や伸び代を見つけることができて、学びも多くおもしろかったです」と語ります。そしてV.Kさんは「私たちは健康のデータを扱ったのですが、普段学校にいるだけでは健康面より教育面に目が行きがちなんです。データを目にすることで行政の面から、生徒としてどういう風に健康と向き合うべきかを考える視点を得られました」と話してくれました。
最後に今回のワークショップを終えて、『鳥取市という街の見え方がどのように変化したのか」を伺いました。T.Sさんは「最初は鳥取に対して『田舎』といった、マイナスイメージがありました。ただデータを通して、水がきれいであることや、福祉が充実していることなど、私たちが知らない鳥取の一面を垣間見ることができました。さまざまな視点から街を見ること、そして考えることができるようになったと感じています」と語ってくれました。
一方、R.Sさんは「私は逆に街の見え方が複雑になったと感じています。他者のWell-beingを考えるワークショップや、客観的データを目にすることで、前までは主観的に鳥取市の特色・特徴を話すことができたのですが、それはあくまでも個人の意見であったことに気づきました。街を多面的に捉える視点が養えたことは、とてもプラスになったと感じています」と話します。
ワークショップを通して、生徒たちは互いの価値観を共有する重要性や、データを活用して地域課題と向き合う大切さを学べたようです。また、地元への愛着や地域社会への貢献意識も育まれ、地元の理想像をより具体的にイメージできたのではないでしょうか。今回の取り組みが彼らの成長と共に、鳥取市の新たな可能性を切り拓くきっかけになることを期待しています。
取材先:
青翔開智中学校・高等学校
https://seishokaichi.jp/