人を中心にした“まちづくり”
SDGs先進区、群馬県みなかみ町の理想的な自然共生モデルとは
首都圏3,000万人に水を供給する利根川の源流域にあり、「関東の水瓶」と称される群馬県みなかみ町。絶滅危惧種のイヌワシやクマタカも生息する水源の森林を守るとともに、年間400万人が訪れる観光地として、エコツーリズムやアウトドアアクティビティなどの観光産業を両立させています。人と自然が共生する、みなかみ町のあり方は世界的なモデルケースとして評価され、2017年に「ユネスコエコパーク」に認定。2019年には内閣府の「SDGs未来都市」にも選定されました。そんなSDGs先進区であるみなかみ町の取り組みから、人と自然が共生する持続可能なまちづくりのヒントを探ります。
目次
世界で認められた人と自然の共生モデル
みなかみ町は2005年、利根川上流の水上町、赤谷川上流の新治村(にいはるむら)、そして2つの川の合流地点にある月夜野町(つきよのまち)が合併して誕生しました。2008年には首都圏を支える水源地として、雄大な自然とそこから湧き出る水を「まもり、いかし、ひろめる」ために、「みなかみ・水・『環境力』宣言」を発表。以来、自然との共生をまちづくりの最重要事項に据え、さまざまな取り組みを進めてきました。
SDGsという言葉が生まれる前から持続可能なまちづくりをめざした背景について、みなかみ町役場 企画課の石坂貴夫さんは次のように話します。
「そもそもの始まりは、合併前の昭和50〜60年代にさかのぼります。当時は国がリゾート法を推進し、全国で大規模なリゾート開発が繰り広げられていました。新治村や月夜野町でも大規模リゾート開発の計画が持ち上がったのです。みなかみ地区は谷川岳や利根川、温泉などの自然資源に恵まれた場所。さらに上越新幹線や関越自動車道による都心からのアクセスも良いため、リゾート地として注目され、地元でも開発の気運が高まったのでしょう」
それでも、最後は住民の反対によって開発は中止に。その理由を、石坂さんはこう説明します。
「この地域の主要産業は、農業や林業、そして山や温泉で発展してきた観光業など、自然との関わりが深いものばかり。地域の人たちには自然の恩恵によって生かされているという感覚があります。特に農業はきれいな水が欠かせませんから、開発によって水源が汚染されるのではないかと、農家の方たちは強い危機感を持っていました」
大切な自然を失いかけたことをきっかけに、自分たちで地域の自然を守ろうとする動きが活発化。赤谷川上流に広がる「赤谷の森」に生息するイヌワシやクマタカなどの絶滅危惧種を守る「赤谷プロジェクト」、蛍の里を再生する「月夜野ホタルを守る会」など、住民主体の自然保護活動が始まります。その取り組みは合併後も継続し、2017年の「ユネスコエコパーク」(生物圏保存地域)登録につながりました。
世界自然遺産が手つかずの自然を保護するのに対し、ユネスコエコパークは自然を守りながら文化・経済・社会的に発展し、人と自然が共生する場所の保護を目的としています。2019年には国により優れたSDGsの取り組みを行う自治体に認定される「SDGs未来都市」にも選定され、みなかみ町の人と自然の共生モデルが国内外で認められることとなりました。環境問題やSDGsに対する世の中の関心が高まる中、みなかみ町の取り組みがあらためて注目されています。
地域住民が「自伐型林業」で里山を再生
みなかみ町は今、ユネスコエコパークとSDGs未来都市の理念のもと、「地域活性化をめざして豊かな森林と水、人を育んでいく」ことをテーマにまちづくりを進めています。その取り組みについて、みなかみ町役場 企画課の小林青葉さんは次のように説明します。
「みなかみ町は土地面積の9割を森林が占めていますが、全てを一様に維持管理するのではなく、ユネスコエコパークの設定にもとづいて登録エリアを区分けし、区域ごとに適切な取り組みを進めています」
利根川最上流域の保護や生物多様性の復元、人工林を自然林に戻すプロジェクトなどさまざまな取り組みが進む中、近年、みなかみ町が力を入れているのが里山の整備です。
「昔は人が管理していた里山に人が入らなくなり、荒廃した里山が全国各地で問題となっていますが、みなかみ町も例外ではありません。木が生え放題の荒れた山は生き物の種類が減ってしまいます。ほかにも鬱蒼とした藪をつたって獣が田畑に侵入し、獣害をもたらすなど、さまざまな問題を引き起こしています。人が管理してきた身近な山は、少しずつでも人の手をかけることが必要なんです」と語る小林さん。
そこで、みなかみ町が進めているのが「自伐型林業」です。自伐型林業とは山林所有者や地元の人たちがグループを組み、適正規模の里山を長期的に手入れする、昔ながらの林業のこと。大がかりな機械を使わずに自分たちで行うため、コストをかけずに山の環境を維持でき、雇用創出にもつながります。みなかみ町が希望者を募って研修を行い、現在15グループが活動中。企業とも提携し、間伐材を利用した薪の販売や家具メーカーへの木材提供を行うなど、行政と住民、企業が協力して森林の有効活用を進めています。
一方、みなかみ町は観光客が年間400万人訪れる観光地でもあります。オーバーツーリズムにより貴重な自然が荒らされるなどの問題も取り沙汰されるなか、みなかみ町は観光産業と自然保全をどのように両立しているのでしょうか?
「みなかみ町にとって観光振興は地域活性化の大きな柱ですが、単純に観光客の数が増えればいいとは考えていません。みなかみ町がどんな観光地をめざすのかを町全体で協議し、ユネスコエコパークとSDGs未来都市の理念にもとづく観光政策を推し進めています。めざすのは、自然の恩恵を五感で楽しめる観光地です」と石坂さんは話します。
みなかみ町は、町のビジョンに賛同する町内のホテル旅館や飲食店など、約40の事業者を巻きこんで取り組みを推進。その一環として、2021年からは観光庁の補助事業を活用し、山を望むカフェや利根川に面した露天風呂への改修、廃屋の撤去など、自然と調和するみなかみ町のブランドイメージ統一を進めています。
町のビジョンに合わせて観光客のターゲットも設定し、水源の自然を守ることの大切さや自然との共生に理解のある人たちに向けて、みなかみの自然を満喫できるようなコンテンツの充実をはかっています。その取り組みの中核となるのが「谷川岳エコツーリズム」。上信越高原国立公園の一角をなす谷川岳エリアで、谷川岳エコツーリズム推進協議会によって推進されている取り組みです。
自然を守り、自然で稼ぐ「谷川岳エコツーリズム」
エコツーリズムとは、環境に配慮しながら地域の文化や自然を楽しみ、学ぶ観光形態のこと。環境意識の高まりを受けて2007年にエコツーリズム推進法が成立し、みなかみ町も翌年の2008年に谷川岳エコツーリズム推進協議会を発足しました。
エコツーリズムが急速に浸透した背景には、町が推進する自然保全と地域活性化の両立にエコツーリズムが合致していたことがあります。また、谷川岳エリアは登山客や観光客が集中し、環境保全が急がれていたことも要因の1つ。現在は約40名のガイドが中心となり、エコハイキングや冬のスノーシューツアーなど四季折々のエコツアーやガイド養成、環境教育、自然保護活動などを行っています。
5年前に神奈川から移住してきた畠野由佳さんは、みなかみ町でエコツアーに参加したことがガイドになるきっかけとなりました。そんな畠野さんは町の魅力について次のように話します。
「移住先を探しているとき、谷川岳を見てあまりの自然の美しさに、『ここしかない!』と移住を決めました。水と空気もきれいでおいしくて、そんな環境だから食べ物もとってもおいしい。雪も豊富で、冬はいろんな雪遊びを楽しめるのも魅力です」
畠野さんの主な担当は、地元の小中学校に対する環境教育。みなかみ町と協力し、町内全ての小中学生に谷川岳エコツーリズム登山などを体験してもらう取り組みです。畠野さんは「子どもたちが将来、みなかみ町を誇りに思えるように」との思いでガイドに臨んでいるといいます。
「せっかくワールドクラスの自然が身近にあるのに、地元の人たちはこれが当たり前だと思いがち。環境学習では子どもたちに、これが世界に認められた素晴らしい自然であることをしっかりと伝えるようにしています。子どものうちに地域の宝に気づいて、大人になってもずっと大切にしてもらえたら」
一方、中島正二さんは高校時代から谷川岳のガイドをしているベテランガイド。今なお「日々、勉強」と、自身やガイド全体の質向上に努めています。
「谷川岳の自然はとても豊かなので、ガイドが説明をしなくてもお客さまは感動してくれますが(笑)、そこに甘んじて手を抜いてはならないんです。私たちガイドは講習会を開いたり、あちこちに見学に行ったりと常に自己研鑽しています。良いサービスを提供して、お客さまがみなかみを気に入り、何度も泊まりにきてくれるようになれば、町全体が潤いますから」
さらに、中島さんが強調するのは「自主自立」です。補助金だけでエコツーリズムの運営を行い、支給が切れた途端に立ち行かなくなるようでは、持続可能な地域活性化につながりにくい。そのため、谷川岳エコツーリズムは「自主自立の運営」がモットー。ガイドが自分たちで売り上げと人材を確保する、それこそが本当の地域振興だといいます。
「私たちは自然を利用し、自然からお金をいただくんです。でも自然からもらうだけでは続かないから、私たちも自然を守る。人と自然が互いに与え合うのが、みなかみ町がめざす共存共栄です」
町とつながり「みんなの水源」を守る仲間を増やしていく
町の誕生から約20年にわたり、自然と共生するまちづくりに取り組んできたみなかみ町に、ここ2、3年、新たな変化が生まれていると石坂さんは話します。
「ホテルや旅館にユネスコエコパークの自然を求めて訪れる宿泊客が増え、観光地みなかみの価値向上を実感できるようになりました。農家も果物の売り上げが伸び、宿泊業や農業に実益として効果が出始めています」
ターニングポイントとなったのは、ユネスコエコパークの登録でした。都内でみなかみ町の農産物を販売すると、海外からの観光客がユネスコエコパークのロゴマークがついた果物に反応し、大量購入してくれるといいます。みなかみ町産のりんごを輸出しているタイでも、ロゴマークつきのりんごの方が多く売れるなど、ユネスコエコパークの認知度が高い海外では特に好反応なのだとか。
「これまでは、自然保護で本当に稼げるのかと半信半疑だった人もいたと思うんです。それがユネスコエコパーク登録によって、みなかみ町を見る外の目が変わりました。そして実益となって現れ始めたことで、町の人たちの意識も変わり始めました。オフィシャルな評価を得ることの重要性を実感しています」と語る石坂さん。
また、谷川岳エコツアーでガイドを務める中島さんは、自然との共生をまちづくりの最重要事項に据えて、一貫したまちづくりをしてきたことは、みなかみ町の大きな強みだといいます。
「みなかみ町の取り組みは、トップダウンではなくボトムアップ。だから、たとえトップの方針が変わったとしても取り組みは継続し、その積み重ねが成果として現れ始めていると感じています」
課題は、みなかみ町の未来を担う人材不足。少子高齢化、人口流出は、みなかみ町でも深刻です。人口流出の対策として町は、谷川岳エコツーリズム推進協議会と協力して行う環境教育に力を入れています。町職員も環境学習として出前授業を行うなど、子どもたちが地域の自然や人とふれあう機会を大切にしています。「子どもたちの地域への愛着を育み、将来にわたって町とのつながりを保てるようにしていきたいです」と小林さん。
最後に、石坂さんはこんなビジョンを聞かせてくれました。
「例えば観光に森林の手入れ体験を取り入れるなど、みなかみ町に住んでいなくても、みんなの水源を一緒に守ってくれる人を増やしていく。そんな仕掛けをつくっていきたいですね。みなかみ町のビジョンに共感し、町とつながる人たちを少しずつでも増やしながら、自然と共存共栄するまちづくりを実現していきたいです」