人を中心にした“まちづくり”

東北・岩手をロボット産業の中心地に。一次産業の自動化に挑む炎重工

冬になると、氷点下30度を記録する地域もある岩手県。本州でも屈指の寒さを誇る過酷な自然環境を「地の利」と捉え、事業に生かしているスタートアップ企業があります。それが2016年に岩手県滝沢市で創業した、屋外環境専門のロボットやシステムの開発を行う炎重工株式会社です。

主製品として水上ドローンや遠隔水中モニタリングカメラといった水産業に関連する製品の開発・販売を手がける炎重工が、岩手の地から実現したいこととは? 創業者の古澤洋将さんに、創業の背景や地元への想い、事業を通して今後めざすビジョンについてお話を聞きました。

目次

海を「巨大な培養液」と捉える壮大な発想

「一番寒い時期に、1週間連続で屋外での耐久試験を実施しました」

そう話すのは、炎重工の代表取締役を務める古澤洋将さん。取材へうかがったこの日、炎重工の本社オフィスからほど近い河川で、同社が開発する「水上ドローン」のデモンストレーションを見せてくれました。「水上ドローン」の船体を水上にリリースすると、小回りを利かせて、水面を自在に駆け巡ります。

この「水上ドローン」はさまざまな用途に使用することが可能で、海や湖、河川などの自然水域及びダムや水路などの人口水域を対象としています。橋梁などのインフラ点検、水難救助、藻場測量や海底調査、水上ゴミ清掃、水路内点検、水上輸送、水辺活用、大型船の入港検査などさまざまなシーンでの活用が期待されています。「10年ほど前から、空を飛ぶドローンがさまざまなビジネス領域で注目を集めていますが、水上領域においてもドローンの活用可能性は幅広いものがあると感じています」と古澤さんは話します。

炎重工株式会社 代表取締役 古澤洋将さん

「水上ドローン」以外にも、水中を24時間遠隔モニタリングできる「水中カメラ」や水中に設置した電極から電気刺激を与えて魚群をコントロールする「生体群制御」の研究開発を手がけている炎重工。同社がこのような屋外環境、とりわけ水をフィールドにした製品の研究開発に取り組む背景には「食糧生産を自動化して、世界の飢えを解決する」という企業ミッションがあります。

高齢化による労働従事者の減少、温暖化による海洋環境の変化に伴う水揚げ量の減少など、水産業を取り巻くさまざまな課題を解決するべく、最先端技術を用いた一次産業の自動化をめざす古澤さんは、自身のビジョンを次のように語ります。

「究極の理想は、湾内がまるごと養殖場となっているような状態です。私は、海を巨大な培養液だと捉えています。降り注ぐ太陽光と適切な温度、栄養が満ちていて、勝手にプランクトンが増えていく巨大な培養液。そこにはたくさん魚もいて、一定以上の比率で増えていくわけですが、その増えた分だけを人間が獲って食料にすればいいという考え方です。

この発想を実現するために、水上ドローンや水中を監視するカメラ、魚の動きを制御する生体群制御の技術を開発しているわけですが、ゆくゆくはひとつの湾を丸ごと買い取って、その巨大な培養液から魚を自動で水揚げするようなシステムを構築できればと考えています。壮大なビジョンではありますが、その実現に向けて今、一歩一歩進んでいるところです」

新しい産業を岩手に興したい、そんな想いから起業を決意

湾を丸ごと養殖場に。そんなビジョンを打ち立てている炎重工ですが、古澤さんは「私の人生設計に、起業するプランはまったくありませんでした」と話します。

地元岩手で生まれ、幼い頃からロボットに興味を持っていた古澤さん。高校時代にはロボコンへ出場し、高校卒業後は筑波大学でロボット工学を専門的に学び、大学院修了後にロボットスーツなどの開発で有名なサイバーダイン社へ入社。技術者としてのキャリアを順調に歩んでいた古澤さんですが、2011年3月に発生した東日本大震災が大きな転機になったといいます。

「震災発生時は東京にいたのですが、テレビで地元の惨状を目にし、3日後には自力で現地入りしていました。そこで見た光景が本当に衝撃的で、いろいろと考えた結果、地元に戻ることにしたんです。いずれ定年退職でもしたら地元に戻るか、とは考えていたので、遅いか早いかの違いだったとは思うのですが、何か少しでも今の自分に力になれることがあれば、と地元に帰る決断を下しました」

しかし、“地元に戻ること”と“地元で起業すること”が、即座に結びついていたわけではなかったと古澤さんは話します。その時、抱いていたのは地元に産業を興さなければならないという想いでした。

「復興を考える上で一番得策なのは、地元に産業を興すことなのかなと。ただ単に、外部からお金を注入して街を元通りの姿にしようという復興の考え方もありますが、それは単なる“修理”みたいなもので、本当の意味での復興とは違うと思ったんです。新しい産業を生んで、雇用を創出して、人を集める。そのような復興への貢献が何かできないかと考えていました。

それに日本は、石油などの資源にも乏しいですし、貿易をしないと立ち行かなくなる国。そう考えた時に、何か輸出できる価値を生み出す必要がありますし、加えて雇用もつくり出そうとするなら、製造業だろうなと。そこで自分の得意分野でもあるロボット分野のスタートアップを立ち上げることにしたんです。昭和の高度経済成長期と同じような活気にあふれた成長を、この岩手という場所で、新しい産業を通じてもう一度やろうというような、そんなチャレンジですね」

屋外環境に特化した地方発スタートアップならではの強み

自身もベンチャー企業での勤務を経験し、恩師や友人にも起業経験者に囲まれていたため、岩手という土地でスタートアップを起業することに大きな不安はなかったと語る古澤さん。むしろ炎重工が手がける事業は、地方ならではの強みを活かしたものだといいます。

「地方発スタートアップならではの炎重工の差別化ポイントとして、屋外環境にフォーカスしたロボット・システム開発を行っていることが挙げられます。東京などの大都市圏でロボット開発を行うスタートアップの多くは、基本的に屋内環境を前提とした製品を開発している企業が多い。やはり、都市部で屋外用のロボットを開発しようと思っても、実験フィールドがなかなか見つからなかったりする事情もあるので。一方、我々の場合は、海や山はもちろん、雪が降ったり、気温が極端に低下したりといった過酷な環境下での実験も気軽にできるので、地方発のスタートアップとしてそこは大きな強みになっていると思います」

加えて、東北には自動車や半導体などを手がける工場も多数あり、製品開発への協力も得やすい環境があるといいます。「水上ドローン」は、組み立てを岩手県北上市の自動車部品工場に依頼しており、船体は秋田県、電装系の基板は岩手県一関市や宮城県気仙沼市の提携工場で製造。可能な限り、「メイドイン東北」を実現することにもこだわっています。

地元の水産業に携わる人たちにも協力を仰ぎ、一次産業の現場における課題のヒアリングや沿岸でのデモンストレーションなども実施。新製品のテスト走行のため漁港へ出向いた際に、たまたま通りがかった漁協関係者から「密漁対策に水上ドローンを使えないか?」と相談を受けたこともあるなど、現場のリアルな声を拾い上げる機会も多いといいます。

また、炎重工は岩手大学工学部や岩手県立大学ソフトウェア情報学部の学生も複数、アルバイトやインターンとして採用。地元エンジニアの不足にも課題を感じていたという古澤さんですが、エンジニア志望の学生が地方でもリアルな経験を積むことのできる貴重な場を提供しています。現在、岩手県滝沢市の本社で働くメンバーの中には、同社の事業やビジョンに魅力を感じて、関東から引っ越して勤めている人材もいるそうです。

炎重工が開発した基板

東北を世界に名を馳せる一大ロボット産業地に

「2020年代は水上ドローンの分野で国内トップをめざし、2030年代には生体群制御の分野で世界に進出したい」と今後の目標を語る古澤さん。とりわけ、古澤さんは生体群制御には大きな可能性を感じていると話します。

「生体群制御の目標は、魚だけでなくあらゆる生き物の行動をコントロールできる技術にすること。鳥や小動物、牛や豚などの家畜にも応用できれば、さまざまな可能性が生まれてくると思います。例えば、食品工場に発生するネズミやゴキブリなどを、そもそも工場内に入ってこないようにしたり、追い出したりすることもできるようになる。食品を扱う工場はできるだけ化学薬品や殺虫剤を使わない方がいいですし、工場内で死んでしまうと見えないところで死体が腐ってしまう可能性もありますから、殺さずに移動させる方法を確立できればベストだと思います」

現在、多くの企業や研究者からの問い合わせが絶えないという生体群制御。“生き物を動かす”というテーマは、生物・畜産・水産学など学術領域と似て非なるため「いずれは学会なども作りたい」との夢も持つ古澤さんですが、そのためにもまずは、主製品となる水上ドローンの分野で着実に売上実績を伸ばしていきたいと意気込みを語ります。

「地元の本当の復興」のために起業した古澤さんが、この先思い描いているのは、東北エリアを世界に名を馳せるロボット産業の集積地にすること。

「今後、ロボット産業は自動車産業並みに成長する可能性を秘めていると思います。土地もあって、きれいな水も豊富な東北エリアをロボット産業の中心地にできれば、雇用も生まれますし、人口減少を食い止める良い施策にもなるでしょう。ロボット分野で“世界の東北ブランド”みたいなものを築けたら素晴らしいなと思います」

そうした“世界の東北ブランド”が確立された際には、その中心にはきっと炎重工がいる。そして、日本だけでなく世界の一次産業の未来をも変えている。そんなワクワクするような未来像が、東北の地で実現されることを期待します。