人を中心にした“まちづくり”
RESASを活用した学びの交流を
大阪水都国際×広島叡智学園
JR広島駅から電車とフェリーに揺られて、およそ3時間。瀬戸内海は芸予諸島の西部に位置する離島、大崎上島(おおさきかみじま)で、とある3年越しの対面が叶いました。同島にある広島県立広島叡智学園中学校・高等学校(以下、叡智学園)の生徒を、大阪府立水都国際中学校・高等学校(以下、水都国際)の生徒4名が訪ねたのです。
両校をつないだのは、経済産業省と内閣官房デジタル田園都市国家構想実現会議事務局が提供する「地域経済分析システム(RESAS:リーサス)」を用いた、コロナ禍でのオンラインによる共同授業のプロジェクト。生徒たちは、ビッグデータを活用してどんな学びを得たのでしょうか。念願のリアル初対面の感想も交えた、合同インタビューをお届けします。
(取材時期:2023年4月)
目次
- コロナ禍で希薄化した人間関係を、相互交流で取り戻す
- データを読み解き、地域の課題を発見し、解決策を考える
- 人間だけが持つ力を、データとどう結びつけられるか?
- 膨大な情報のどこを見る? データリテラシーを高めるワークショップ
コロナ禍で希薄化した人間関係を、相互交流で取り戻す
300km以上も離れた場所にある2つの学校が、同プロジェクトを開始したのは、2020年の秋。コロナ禍でさまざまな行動制限が課されていた時期です。発起人は、かつて同じ学校で一緒に働いていた水都国際の藤田勝如先生と、叡智学園の南迫勝彦先生。両者が「この大変な状況下で、子どもたちにコミュニケーションの場を与えたい」と考えたことがきっかけでした。
水都国際の藤田先生は、当時の想いを次のように振り返ります。「本校には大阪市内のさまざまな地域から生徒が集まっています。叡智学園も全国から生徒を受け入れていていますが、どちらもコロナ禍で人間関係を築くのが難しい状況でした。また、本校は咲洲(さきしま)という人工島にあり、叡智学園は離島にある。さらにどちらも2019年開校と、共通点が多い。そこで、生徒が交流して何か一緒にできたらと考えました」
授業のテーマとして掲げられたのは、それぞれの学校がある地域について知ること。その手段として使われたのが「RESAS」でした。RESASは、産業構造や人口動態、人の流れなどのビッグデータを、マップやグラフで分かりやすく表示できるシステムです。このデータを読み解いて地域を知り、そして地域の課題をどう解決できるかを考え、相互に成果を発表し合うことが、生徒たちに与えられたミッションでした。
プロジェクトへの参加は任意。参加動機について「学校がある住之江区は、私が住んでいるエリアとは雰囲気も人口構成も建物も違います。その違いを、国が提供しているオフィシャルデータを使って読み解いていくのがおもしろそうだなと思いました」と話すのは、水都国際の朱詠瞳さん。
また、叡智学園の北川菜穂子さんは、参加動機を「地域に関わるようなクラブ活動がしたいと考えていたときに、南迫先生からプロジェクトのことを聞き、ぜひやってみたいと思いました」と話します。
データを読み解き、地域の課題を発見し、解決策を考える
生徒たちがまず取り組んだのは、膨大なデータと向き合って、そこから必要なものを抽出し、地域の課題をあぶり出していく作業。RESASのデータは、人口、地域経済循環、産業構造、企業活動、消費、観光、まちづくり、医療・福祉、地方財政と9つのマップに分かれ、さらにそこから詳細に枝分かれしているため、扱うのは大人でも大変です。しかし、当時中学1年生だった生徒たちは、ほとんど先生の手を借りることなく、自ら考え、話し合って、取り組みました。
そうして各校が打ち出したのは、「Suminoe Chillってるやんプロジェクト」(水都国際)と、「超☆叡智大学」(叡智学園)という、学生らしいインパクトのある課題解決案。
水都国際の「Suminoe Chillってるやんプロジェクト」は、高齢化に悩む住之江区をアートやSNSを活用して活性化させようという企画です。
水都国際の出水眞輝さんは、この案を生み出すに至った経緯を次のように説明します。「住之江区は昔、海を埋め立てて咲洲をつくったときに多くの人が流入して発展しました。でも、それから40年ほど経って、当時移り住んだ人が高齢化し、若者が少ない街になってしまったのです。だから、また若い人が集まって街が活性化するために、インスタ映えする場所を増やして、人を呼び込む企画を考えました」
同校の石谷羅楽さんも「調べていくうちに、住之江区の北加賀谷という地域はウォールアートが有名だと知りました。それに、海沿いは夕日もきれい。そこでアートと夕日を掛け合わせた、若者や外国人をターゲットにした企画を思いつきました」と話します。
3年前もビデオ会議で相互に成果発表は行いましたが、直接話を聞くのはお互いに初めて。叡智学園の四登智規さんは「データから導いた人口減少や高齢化、産業が少ないなどの課題を解決するために、アートや夕日という、データにない街の強みを引き出しているのがすごいなと思いました」と、あらためて感想を述べました。
叡智学園の「超☆叡智大学」は、島全体を「SDGsの島」と銘打って、無農薬で行う農業や、二酸化炭素を排出しない発電など、島内でのSDGsにつながる活動をアピールして、島に興味を持つ人や移住者を増やそうという企画です。
同校の取り組みの特徴は、データを読み解いただけではなく、地域の人の生の声を聞くフィールドワークを行った点。「スーパーマーケットで買い物客にインタビューをしたり、役場の人に話を聞いたり、別の地域から移住してきた人にヒアリングしたりしました。そこで分かったのは、島の医療体制に満足していない人が多いこと。それはデータからは見えなかった課題だったので、フィールドワークをした甲斐がありました」と、その成果を語る北川さん。
この発表に対して、水都国際の安藤優奈さんは「実際に島の人に話を聞くというアクションを起こして、データ以外の情報を得ていることに驚きました」と話します。また、同校の出水さんも「僕たちの学校がある咲洲は、立地的にすぐ本土に戻ることができますが、大崎上島は離島なので、いかに島民と協力できる企画にするかという視点で考えているのがすごいと思いました」と感想を述べました。
人間だけが持つ力を、データとどう結びつけられるか?
叡智学園の南迫先生にビッグデータを活用した学びの意義について伺うと、次のような回答が。「地域を第三者的な視点から俯瞰して見ることのできる点が、ビッグデータの良さですよね。主観ではなく客観で地域を見る経験ができる。でもそれだけでは、社会や地域の中に自分がいる感覚が失われて、他人事になってしまいます。ですから、データに加えて地域の方々の声を聞くことが重要だと考えています」
水都国際の藤田先生もデータ教育について「データで示されている事実をどう解釈するかが大切で、解釈したものが複雑に絡み合って地域の輪郭が見えてきます。生徒たちが、単にデータを見ただけでは何も出てこないという経験ができたことは、意義があるのではないでしょうか」と語ります。
生徒たちもプロジェクトを通して、今後につながる大きな成長を感じたようです。
「最近、ChatGPTが話題になっていますよね。でも現時点では、AIにデータを通して地域のことを聞いても、私たちが考えたアートや夕日のアイデアは出てこないと思うんです。データを読み解く力も大切ですが、それ以上に自分が見たものや感じたことと結び付けられる力を付けることがもっと大切だなと思いました」と水都国際の朱さん。
また、叡智学園の四登さんは「データは10年先の予測などもできるので、将来この島がどうなっていくのかというところまで調べて、考えていく必要があります。僕たちのような若い世代がこのまま島の課題を放っておいてはいけないと強く感じました」と、今回のプロジェクトを経て、抱いた想いを語ります。
また、「今回は住之江区のことを調べましたが、大阪全体、日本全体と広く見ていったら、また違う発見がありそうです」と次なる目標を語る、水都国際の石谷さん。
プロジェクトを通して、データを活用した学びへの意欲がさらに沸いた生徒たち。今後、両校はRESAS以外のデータを用いた学習機会の創出や、さらなる相互交流も検討していくとのことです。
膨大な情報のどこを見る? データリテラシーを高めるワークショップ
インタビューと同日、両校の生徒たちが一緒になって、NTTグループのサービス「SUGATAMI※」のデータを用いたワークショップも開催されました。
※SUGATAMIとはNTTグループによる、都市機能・そこで暮らすひとびとの満足感・幸福感などの指標から、その地域の豊かさを可視化し、まちづくりを支援する取り組みです。SUGATAMIは、インフラなどのパフォーマンスはもちろん、住民の気持ちのありかたまで可視化することで、その地域ならではの豊かさや特色、ポテンシャルをひも解くことができます。
名前を伏せたある自治体のデータを見て、その街にどんな特徴があるのか、そしてその街がどこなのかを予想するものです。候補に挙がったのは、札幌市、岡崎市、福井市、山梨市の4市。生徒たちは4人ずつ、3つのグループに分かれて、60ページ以上に及ぶ膨大な資料を見ながら、グループごとに話し合って結論を導き出していきます。
「交通輸送の機能が高いけれど、住民の満足度が低いのは、土地が広いからでは。ということは、札幌市かも?」
「中規模都市と比較したデータが多いから、この市も中規模都市なのでは?」
「就労者の定着率が高いということは、産業が発達しているということ。ということは車産業が盛んな岡崎市では?」
など、データをもとにさまざまな意見が交わされ、なかには正解を導く核心を突いた発言も。短い時間ながら、内容の濃いワークショップとなりました。
3年前のコロナ禍では、画面越しでしかコミュニケーションを取れていなかった両校のプロジェクトメンバーが、初めてリアルで会うことになった、今回の合同インタビュー。最初こそ、ぎこちなかったものの、あっという間に打ち解けて、学校近くの浜辺で写真を撮り合うなど、つかの間の対面を楽しんでいました。
念願の初対面について「いつか会えたらいいなと思っていたから、すごくうれしかった」「オンラインで話を聞くより、企画に対する想いが伝わってきました」と顔をほころばせる叡智学園の北川さん、四登さん。
水都国際の石谷さんも「同い年だけれど、お互いに全く違う経験をしているんだなと実感しました」と感慨深そうに話します。同校の安藤さんは「校舎がフレキシブルなつくりで、ディスカッションしやすく、すごくいいなと思いました。実際に会って、話ができて本当に良かった」と今回の訪問を振り返りました。
「帰りたくない!」「また絶対に来たい!」と、後ろ髪を引かれる想いで、帰りの車に乗り込んだ水都国際の生徒たち。見送る叡智学園の生徒からは「一緒に撮った写真、あとで送るね!」との声が。ビッグデータという共通言語を通して学び合った彼らの交流は、これからも続いていきそうです。
取材先:
大阪府立水都国際中学校・高等学校
https://osaka-city-ib.jp/
広島県立広島叡智学園中学校・高等学校
https://higa-s.jp/