人を中心にした“まちづくり”

千葉県東庄町「オンラア未来会議」が取り組む“人”起点のまちづくり

千葉県北東部に位置する東庄町は、肥沃な大地に恵まれた田園地域。日本屈指の漁港を擁する銚子市や、日本有数の工業地帯である茨城県の鹿島臨海工業地帯にも近く、就業機会が広く確保されたエリアです。しかし、少子高齢化・人口減少など全国共通の課題を抱えていました。

こうした課題に住民自ら取り組むために発足したのが、一般社団法人「オンラア未来会議」です。廃校を活用した施設「トゥーノーイシデショウ」の運営、空き家の改修など、オンラア未来会議のさまざまな取り組みから、“人”起点のまちづくりのヒントを探ります。

目次

廃校の校舎を利活用した施設「トゥーノーイシデショウ」

旧石出小学校を活用した施設「トゥーノーイシデショウ」

千葉県香取郡東庄町にあるトゥーノーイシデショウは、廃校を利活用した施設です。東庄町では、2020年3月末に5つの小学校が1校に統廃合され、4校が廃校になりました。そこで2020年7月、一般社団法人オンラア未来会議は、そのうちの旧石出小学校を“知るための施設”としてよみがえらせることに。トゥーノーイシデショウという名称には「TO KNOW=知るため」という意味が込められ、知ることから「やってみたい!」を見つけ、そこから「やってみた!」が得られる場と機会の創出をめざしています。

トゥーノーイシデショウの正面玄関

校内の案内表示には、机の天板や彫刻刀の作業板などの学校用具を利活用

1階にはシェアオフィスの他、日替わりオーナー制のカフェ「キッサテン ホケンシツ」などがあります。

保健室をカフェにした「キッサテン ホケンシツ」

日替わりオーナーが弁当や軽食を販売

アーティスト作の革製品販売も

産業ドローン事業を行う犬飼電工株式会社のラボが入居。プロのドローンパイロットも在籍

2階にあるのは、シェアアトリエ、アーティスト・デザイナー佐藤直樹さんの展示室、関係者が集まる食堂などです。

元家庭科室の食堂。料理が得意なオンラア未来会議のメンバーが食事を振る舞うことがよくあるそう

レザークラフト作家のアトリエ

佐藤直樹さんの作品展示室

3階にはコワーキングスペース「ハタラキバ」を開設。校庭では毎月第2日曜日にフリーマーケット&ライブイベント 「TO KNOW SHOW」が開催され、町に賑わいをもたらしています。

高速ネット回線完備のコワーキングスペース「ハタラキバ」。左奥の書架は利用者が本を持ち寄るライブラリー

会議もできるエリア

壁に向かって集中できるエリアも

以前の教室の状態を残した一角も

3階の音楽室ではラジオの収録・放送もできる

行政の手を借りず、有志が“本気の片手間”で取り組むまちづくり

オンラア未来会議の代表理事を務める柳堀裕太さんは、東庄町出身の40代。東京でテレビCMなど映像制作に携わっていましたが、2018年に生まれ故郷でオンラア未来会議を設立しました。「オンラア」とは、「私たち」を指すこの地域の言葉。柳堀さんは、まさしく「私たち」の未来のために活動を始めたと話します。

オンラア未来会議 代表理事 柳堀裕太さん

「最初は、町内の古民家を改修してゲストハウスにしたり、間伐材でスウェーデントーチを作ったり、コケをアートのように盛ってみたりと、“無価値の価値化”をコンセプトに活動していたんです。そんな中、東庄町に事業提案が認められ、私の母校でもある旧石出小学校を5年間無償で借り、運営管理することになりました」

柳堀さんがこの活動を始めた背景には、東庄町が抱える少子高齢化・人口減少の問題がありました。

「東庄町の人口は現在約12,000人ですが、この先40年で約5,000人まで減少するとみられています。労働力人口も減っていき、今は65歳未満と65歳以上の比率が7:3ですが、40年後には1:1になると予想されています。とはいえ、農業も畜産業も盛んで、東京という大消費地に近い立地です。隣町には日本一の漁獲量を誇る銚子港、利根川を越えた茨城県には鹿島臨海工業地域と、就労場所には困らない町なので、危機感はほとんどありません。そのため、深刻な人口減少を問題視されていないのが最大の問題でした」

農業・畜産業が盛んな東庄町。利根川の向こうには鹿島臨海工業地帯が見える

「自分たちの町は、自分たちで良くしたい」と考えた柳堀さんは、東庄町出身の仲間を集めましたが、持続性を考えると、この活動を本業にするのは現実的ではありません。そこで掲げたのが、“本気の片手間”という方針でした。“地方創生”や“地域活性化”と大上段に構えるわけではなく、自分の周りの人たちが幸せに暮らすことをめざしているのがユニークです。

「政治家ではないので、全く知らない遠くの誰かの幸せまでは願えません。めざすのは、自分に関わる人たちが豊かに生きること。けれども、コミュニティに入りたいという方を拒むつもりはなく、この輪が自然な形で広がっていくのが理想です」

官民連携のまちづくりを推進する自治体も多い中、行政にはほとんど頼らず、自分たちの手弁当で活動している点も大きな特徴です。

人の魅力に惹きつけられ、定住・関係人口が徐々に増加

こうした柳堀さんの思いに共鳴し集まったオンラア未来会議のメンバー。最初は東庄町出身者6名で始まりましたが、今ではコアメンバーが約15名、関係者は約40名に増えました。週に一度のオンラインミーティングでは、それぞれの活動や地域の課題が共有され、新たなプロジェクトが生まれることもあるそうです。

東庄町出身で、現在は水道設備会社を営む松井裕幸さんも理事に名を連ねる一人。柳堀さんとは中学の同級生で、上京後に地元に帰ってきたUターン組です。

オンラア未来会議 理事 松井裕幸さん

「5年前、東京から戻ったばかりの頃に、柳堀から水道設備リフォームの依頼を受けました。その際、東庄町の現状や課題について話を初めて聞いたんです。その深刻さを知り、私もぜひ協力したいと思いました」

活動を続けるうちに、移住者も増えていきました。髙橋明日香さん、藤崎梢さんも東庄町に移住し、現在はオンラア未来会議のコアメンバーに。髙橋さんは、柳堀さんと社会人大学院で出会い、意気投合したそう。髙橋さんと同じNPO法人に所属していた藤崎さんは、髙橋さんの移住をきっかけに引き寄せられるようにこの町へ。現在は、フルリモートワークで会社員として働きつつ、副業で鍼灸師をしているそうです。

オンラア未来会議 コアメンバー 藤崎梢さん

「移住の決め手は、地域というより人。コミュニティありきで引っ越しを決断しました。トゥーノーイシデショウにはコワーキングスペースがあって仕事がはかどりますし、人との接点が増えたことで鍼灸施術の依頼も増えました。そして何より食べ物がおいしい(笑)。とても穏やかで住みやすい環境です」と、藤崎さん。ゆるやかにつながる人間関係にも、大きな魅力を感じているそうです。

「仕事でも学校でもない、不思議な関係が居心地いいですね。場所がどこであれ、今のゆるいつながりやコミュニティをずっと維持していきたいです」(藤崎さん)

とはいえ、本業がありつつオンラア未来会議の活動に携わるのは大変ではないでしょうか。そんな疑問をぶつけると、皆さん笑顔で首を横に振ります。髙橋さんは、「むしろ会社と家を行き来するだけのほうが落ち着かない」と話します。

オンラア未来会議 事務局 広報 髙橋明日香さん

「私は社会人4、5年目から社外活動を始めましたが、それまでは会社組織の末端にいる自分にはできないことばかりだと思っていました。ですが、社外活動では自分にできることが確実に増えていると実感でき、周囲も『それが髙橋さんの強みだね』と今まで気付かなかった点を指摘してくれたんです。仕事以外にもさまざまな活動に携わることは居心地が良く、いろいろな人やいろいろな自分に出会えると感じます」(髙橋さん)

「水道設備会社の私とオンラア未来会議の私、二つの人格があるような感覚です」と語る松井さんは、活動に参加することで、「あらためて東庄町の魅力にも気付いた」と続けます。

「Uターン後に東京に行った時には喪失感を覚えたほどでした。東京は遊ぶところも多く、楽しい時間を過ごせる一方、東庄町は遊ぶ場所は限られますが、その中でどうやって楽しく過ごすかという発想が生まれます。そこに達成感、充実感があるので、引き続きこの活動に携わっていきたいです」

不動産とマーケティングを軸にした事業モデル

トゥーノーイシデショウは過度な収益化はめざしていませんが、水道光熱費をはじめ、毎月の維持費を賄う必要があります。その軸となるのが、不動産とマーケティングだと柳堀さんは話します。

「トゥーノーイシデショウの事業収入は、それほど多くありません。毎月のフリマ&ライブ『TO KNOW SHOW』の参加・出店は無料。人が集まる場を設け、魅力的な人が集まれば、場の魅力も増し、住みたいと思う方も増えるでしょう。そのために、空き家を改修して住居を用意したり、コワーキングスペースで働きやすい環境を提供したりというのが私たちの事業モデルです。みんながやりたいことを応援しつつ、そこから次のお客さまをどう呼ぶか。現在はデジタルによる情報流通が進んでいますが、もっと体験に引き寄せる必要があると考えています。体験が集積されれば、それが新たな価値になるはず。一つの活動から、さまざまな体験を多面的につくることが現状の課題です」

民家を買い取り、ゲストハウスに利活用

前オーナー所有時と変わらないレトロな内装

ゲストハウスはトゥーノーイシデショウの裏手にある

オンラア未来会議の活動により、トゥーノーイシデショウに集まる人たちの体験は確実に積み重なっています。最近はイベントを自ら企画する方たちが現れ、柳堀さんたちの手を離れて自走しつつあるそうです。

「周辺で類似イベントが増えたためか、このところ『TO KNOW SHOW』の集客が減っていたんです。そんな中、毎月このイベントに参加している方たちによって、2024年1月に大型イベントが実施されることになりました。『もっとこうしたい』と考える人が自発的に動き、生き物のようにこの場が自走していくことは、当初からの理想でした。この場ができるだけ長生きできるよう、優しく育てていけたらと思います」

トゥーノウイシデショウの校庭。ここで毎月第2日曜日にフリマ&ライブ「TO KNOW SHOW」を実施

常連出店者の方たちの主導によって行われた2024年1月の「TO KNOW SHOW」は、過去最大の盛り上がりだったそう

小さな町から東関東地域へと広がる活動

トゥーノーイシデショウのオープン時に思い描いたことは、今ではほぼ実現できているという柳堀さん。今後の目標は、トゥーノーイシデショウを起点とした事業を軌道に乗せ、次世代に継承すること。最近、10代のオンラア未来会議参加希望者も現れたそうです。

「東庄町に限らず、成田より東の千葉県北東部、茨城県南東部を“東関東地域”と捉え、そのエリアでやりたいことがある人たちと一緒に活動できたらと考えています。そして、そのベースを次の世代に受け継ぎたく思いますが、それは十分条件。必要条件は、あくまでも私たちが幸せに暮らすことだと思っています」

柳堀さんの願いは、“地域”というより“人”の活性化。「輝く人を増やしたい」という思いを強く抱いているといいます。

「町を構成する最小単位は人です。輝く人が増えれば町全体も輝くはず。この活動を通して出会った素敵な人たちと日々顔を合わせたり、ご飯を食べたりすれば、人は輝き、自然と良いコミュニティが育つと考えています。私自身は、ずっとここに住み続けることはないかもしれません。それでも、人と人のゆるやかなつながりを保ち続け、考えることをやめずに生きていきたいです」

“人”起点でやりたいことに挑戦し、結果的に魅力あふれるコミュニティの創出につながっている東庄町。行政の手を借りず、自走し始めたまちづくりの事例として、学びの多い試みではないでしょうか。

オンラア未来会議の理事やコアメンバーの皆さん。写真左から、犬飼電工株式会社 犬飼明範さん、松井裕幸さん、オンラア未来会議 事務局長 榎本祐作さん、柳堀裕太さん、髙橋明日香さん、藤崎梢さん