人を中心にした“まちづくり”

ニセコ町の「第二役場」の役割を担う、株式会社ニセコまちが見据える官民連携の理想的あり方(後編)

北海道・ニセコ町で2018年からスタートした新しい街区を作る官民連携のプロジェクト「ニセコミライ」(前編参照)。プロジェクトを主導する株式会社ニセコまちは、ニセコ町における「第二役場」としての役割も担いながら、町役場や企業と連携して活動しています。またニセコミライは、地域住民も巻き込んだ住民参加型プロジェクトとして展開していることも大きな特徴。記事後編ではニセコミライの官民連携の具体的なあり方や、株式会社ニセコまちの第二役場としての役割、そして住民参加型のまちづくりに焦点を当ててご紹介します。

目次

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町役場がニセコまちに「第二役場」の役割を託した理由

ニセコ町の市街地近隣にある9haの敷地に、最大450人程度が住める街区を作るプロジェクト「ニセコミライ」。超高断熱・高気密の集合住宅を建設し、分譲マンション・賃貸住宅として居住希望者に提供。街区内には共有スペースなども設計し、住民同士の交流やコミュニティ形成なども活発化するような新しい街区を作っていく予定です。

プロジェクトを主導するのが2020年に官民連携で立ち上げられた株式会社ニセコまちですが、もともとニセコミライはニセコ町役場が主体となって進めていくことを想定したプロジェクトでした。株式会社ニセコまちは町の「第二役場」のような存在だと話すのはニセコ町の山本契太副町長。そこに込めた想いとニセコまちへの期待を次のように語ります。

ニセコ町の山本契太 副町長

「“新しい公共”という言葉が一時期流行りましたが、株式会社ニセコまちはそのような公共を担う存在。役場の限られた“知”だけでは、自由な発想になかなかたどりつけず、限界にぶつかることもあります。ニセコまちは役場の機能を部分的に引っ張り出して“民”が担う、まさしく第二役場のような存在。そうした体制で臨む方が、環境創造としてニセコ町がめざす方向にも合致しますし、より良いプロジェクトに育っていくのでは、と考えたのです」

ニセコ町はニセコまち立ち上げに際して、出資額の約3分の1を担った形ですが、基本は民間主導でプロジェクトを進めさせてくれている、とニセコまちの取締役を務める田中健人さんは話します。

株式会社ニセコまち取締役 田中健人さん

「町長をはじめ、役場の方がよくおっしゃっているのは“行政が税収のみで行政サービスをまかなうような時代は終わった”ということ。そうした流れの中で、行政も民間企業のような経営感覚を持つべきであるし、切り分け可能な“官”の機能は、民間にも積極的に預けていこう、と。ニセコ町は全国的にも珍しい人口微増を続ける地方自治体ですが、そのような増加傾向もやがてはピークアウトし、いずれ他の多くの自治体のように人口減・税収減に陥る時が来るかもしれません。その際にも、ニセコミライで培った官民連携のノウハウはきっと活かされるだろうと思います」

ニセコ町が重視する「情報の透明性」をニセコミライにおいても体現

ニセコまちは設立以来、町役場とのミーティングや住民への説明会を高頻度で行いながら、官民一体でプロジェクトを進行。その中で心がけているのは「情報の透明化」だといいます。

「わかりやすくいえば、財務など含めたあらゆる情報を住民にもきちんと共有し、オープンなものにしていくこと。地味ですが、行政が入っている以上は当然の責務ですし、そのような情報公開はニセコ町が大切にしてきた理念でもあります」と山本副町長は言います。

ニセコ町は、2001年4月から「ニセコ町まちづくり基本条例」を施行。これは自治体運営の基本原則を定めた自治基本条例として日本で初めて定められたものであり、その中で「情報共有」と「住民参加」を重要なまちづくりの柱に据えることが表明されています。

だからこそ、株式会社ニセコまちもまた、ニセコミライのプロジェクトにおいて情報の積極的な開示に努めています。ニセコ町役場の島﨑貴義さんは、そうしたニセコまちの努力に対して次のような思いを話してくれました。

ニセコ町 企画環境課 環境モデル都市推進兼自治創生係 係長 島﨑貴義さん

「田中さんをはじめとするニセコまちのメンバーは、本来は報告義務のない情報も役場側に積極的に共有してくれますし、住民に対してもすでに40回以上の説明会を開いて、丁寧にプロジェクトの中身を伝えてくれています。町が大切にしてきた情報共有の理念を同じく尊重してくれているので、こちらとしても非常にありがたいですね」。

また「官」だけでなく、「民」である企業や事業者との連携もこのプロジェクトにおいては重要なものになります。たとえば、ニセコミライに関する建設・施工は地域の事業者が担っているといいますが、そこにおける狙いを田中さんは次のように説明します。

「ニセコ町はリゾート地として国内外から多くの観光客が訪れますが、ホテルなど外資系企業が多く、地元にあまりお金が落ちていないという課題もありました。そこでニセコミライでは、地元にもしっかりお金を落とそうと、できるだけ地元の事業者に工事を担ってもらえる体制をつくっています。ただ超高断熱・高気密の住宅を建てるためには専門のノウハウも必要になってくるので、そうした部分は地元以外の専門業者にもサポートいただいています」

重要なのは、これにより地元の事業者にノウハウが蓄積され、今後の別の仕事にもつながっていくこと。住宅不足という「社会」の課題と、深刻化する「環境」の課題に向き合うだけでなく、地域の「経済」という課題にも向き合うニセコミライは、より広い意味で持続可能なプロジェクトと言えるのではないでしょうか。

議会が開催されるニセコ町役場のホール。「情報の透明性」を象徴するような円卓の配置で、オープンな議論が行われる

住民を巻き込む上で大切なのは“腕まくり”をしないこと

ニセコミライのもうひとつの大きな特徴が「住民参加型」のまちづくりです。街区のあり方を考える上で始めに町民アンケートやワークショップを行ったほか、住宅の部屋の広さや間取り、外観なども町民の意見を参考にしながら進めています。ニセコミライという名称も一般公募で決まったもので、名称を決定する際にはその様子をノーカットでネット配信したそうです。

地域住民に対してプロジェクトへの賛同と理解を促し、積極的に参加してもらうために、ニセコまちと住民の間に立つ自身の役割を田中さんは「通訳」だと表現します。

「一方的にこちらからの提案を押し付けるのではなく、町民の方々の声にしっかり耳を傾けた上で、ニセコミライのあり方をともに模索するほうが双方の納得感も強くなるはずです。ニセコまちには私を含めニセコ町の外から来たメンバーも多いので、最初の頃は怪しまれることもありました(笑)。私とともに取締役を務めている村上は豊富な知見を持つまちづくりの専門家ですが、その理論やビジョンが一般の町民の方にとって、少し難しく感じられる場合もある。そこで私が通訳のような立場になって、ニセコまちが描くビジョンを噛み砕いて町民の皆さんに説明したり、逆に社内には町民の方の本音を伝えたりしています」

ニセコまちは街区建設予定地の敷地内でさまざまなイベントを開催したり、ニセコエリアで活動している人や地域のイベントを紹介するWebサイト「明日をつくる教室」を運営したりするなど、町民との関係づくりにも尽力しています。

こうした活動をメインで担っているのが、ニセコまちの佐々木綾香さん。大学院を出て東京で働いていた佐々木さんは、地域おこし協力隊として2018年から北海道天塩町へ移住。その後、2021年4月からニセコ町の地域おこし協力隊として同町に移住、地域おこし協力隊経由でニセコまちに配属されて働くようになりました。佐々木さんがコミュニティ活動を続けていく中で、次のような気づきがあったと言います。

株式会社ニセコまち 佐々木綾香さん

「Webサイト“明日をつくる教室”では、ニセコ町で暮らす人に焦点を当てたインタビュー記事を発信しているのですが、ニセコ町に住む人同士でも、意外とお互いのバックグラウンドを知らなかったりします。記事を見て、あの人はこういう活動をしているんだ、こういう理由で町に来たんだと、あらためて住民同士がお互いを知り合うきっかけにもなっているみたいです」

佐々木さんはインタビューから記事の執筆までを1人で担当。自分の活動が町民同士の関係にも刺激を与えていることを目にして、佐々木さんはますますこの活動の意義を実感していると言います。その他、佐々木さんは学生時代からの特技であるダンスを活かして、子どもたち向けのダンス教室も開催しているそうです。

官民連携のプロジェクトであると同時に、地域住民と手を取り合いながら進めていくニセコミライ。では、外部から来た人たちが地元の人と良好な関係を構築し、ビジョンを共有しながらともにまちづくりを進めていくためには何が大切なのか。取材の最後に、田中さんに対してそんな質問をぶつけてみました。

「やっぱり“腕まくりをしない”ことに尽きると思います。俺がこの地域を変えてやるんだ、なんてマインドでは絶対にうまくいきません。そうしたマインドには、自分が関わる地域をどこか下に見ているような部分もある気がしますし、そのような態度は絶対に見抜かれる。もうひとつ付け加えるなら、地域に関わる上での私のスタンスは性善説。基本的にみんな良い人だと思っているんです(笑)。良い人たちと一緒になって、この町をより良いものしていく。そんなマインドが大切なのではないでしょうか」

官民連携、かつニセコ町の住民たちとともに作っていくこの新しい街区は、どのようなプロジェクト、そしてどのような場所として育っていくのか。ニセコミライの今後の展開に要注目です。

ニセコミライの建設予定地。奥に見えるのは日本百名山にも選定された羊蹄山