人を中心にした“まちづくり”

北海道・ニセコ町に新しい街区を作る。官民連携プロジェクト「ニセコミライ」がめざすまちづくりとは?(前編)

画像提供/株式会社ニセコまち

世界的なスキーリゾート地として知られ、全国の地方都市でも稀有な「人口増加」を続けている北海道・ニセコ町。この町で今、官民連携のプロジェクトが進んでいます。その名は「ニセコミライ」。人口増加により町が直面していた“住宅不足”の課題を解決し、かつ環境に負担をかけない持続可能なまちづくりをめざすプロジェクトです。プロジェクトを牽引するのは2020年に設立された株式会社ニセコまち。ニセコ町の「第二役場」となることをめざして、ニセコ町役場の関係者や町内の事業者、外部の専門家が協力して立ち上げた会社です。株式会社ニセコまちが行なっている取り組みとニセコミライのプロジェクト概要、そしてめざすまちづくりのあり方について前後編にわたってご紹介します。

目次

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観光リゾート地として知られるニセコ町が向き合っていた課題

取材に訪れた3月でもまだ雪が多く積もっていたニセコ町

良質なパウダースノーが降るスキーリゾート地として、国内のみならず世界中から多くの観光客が集まるニセコ町。札幌市から車で約2時間の場所に位置する人口約5,000人の小さな町ですが、コロナ禍以前は年間170万人を超える観光客が来訪。コロナ禍真っ只中の2021年でも、100万人を超える人がこの地を訪れたといいます。

そんなニセコ町で2018年からスタートしたのが、ニセコ町の市街地近隣に最大450人程度が暮らせる持続可能な新しい街区「ニセコミライ」を作るプロジェクトです。一体なぜ、このようなプロジェクトが生まれたのでしょうか。その背景には「人口増加による住宅不足」という町の課題がありました。

ニセコ町は地方の都市としては珍しく、1980年から人口の横ばい状態が続き、2000年以降は微増傾向。加えて核家族化が進み、また近年では教育移住等から子どもの数も増加傾向にあります。その中で、子育て世代が住める家が少ないという課題を抱えていた一方、すでに子育てを終えた高齢者の方々は、家族が出ていった後も住み替えられずに広い家で暮らし続けるなど、住宅のミスマッチが続いていました。また過去の国勢調査では、ニセコ町で働く500人ほどが町外から通っているというデータもありました。

もう一点、ニセコ町で特筆すべき点は「環境への意識の高さ」。2014年には国から環境モデル都市に選定、2050年までにCO2排出量の86%削減を目標に掲げ、2020年にはニセコ町気候非常事態宣言を宣言し、2050年までに二酸化炭素排出量実質ゼロをめざすことを表明するなど、持続可能なまちづくりに取り組んできた歴史があります。

こうした背景を受けて、住宅不足や人手不足の解消、そして気候変動にも対応できる新しい街区を作るべく立ち上がった「ニセコミライ」。当初は町を主体とした事業展開を想定してプロジェクトを進めていましたが、それでは限界があると感じて、新たな事業主体を作ることに。こうしてニセコ町と地元の事業者、一般社団法人クラブヴォーバンなどが出資して官民連携のまちづくり会社、株式会社ニセコまちが2020年に誕生しました。

取材に訪れた株式会社ニセコまちの事務所

住民のリアルな課題を解決する街区(まち)を作る

株式会社ニセコまち取締役 村上敦さん

ニセコまちの主要な出資団体である一般社団法人クラブヴォーバンは、持続可能なまちづくりについて学び合う組織。代表の村上敦さんはニセコまちの取締役も務めており、その他クラブヴォーバンの複数のメンバーがニセコまちに在籍しています。村上さんは根底にある問題意識を次のように語ってくれました。

「クラブヴォーバンが取り組んできたのは、各自治体のまちづくりのノウハウを、他の自治体にも横展開すること。多くの自治体担当者にとって、大がかりな町の開発やプロジェクトは人生で一度きりしか経験できないものです。逆にいえば、失敗しても“次”がなく、蓄積したノウハウを活かす機会が訪れにくい。その中で埋もれてしまうノウハウやナレッジも多く、だからこそ横展開が重要なのです。ニセコミライもそのようなプロジェクトに育てていければと考えています」

株式会社ニセコまち取締役 田中健人さん

では具体的に、ニセコミライではどのような街区を作るのでしょうか。同じくニセコまちの取締役を務める田中健人さんが説明します。

「ニセコ町の市街地に隣接する広さ9haの敷地に、最大450人程度が住める新しい街区を作ります。ニセコ町は戸建住宅が多いエリアですが、今回の街区は分譲マンションや賃貸住宅などの集合住宅をメインに作る形です。新しくこの町に住みたい移住者の方はもちろん、お子さまが巣立ってもう少し小さな家を希望する方、あるいは、冬の寒さが厳しいニセコだからこそ、もっと暖かい家に住みたい方など、もともとニセコ町で暮らす人の住み替えニーズなども想定しています」

ニセコミライ街区のイメージ図(画像提供/株式会社ニセコまち)

ニセコミライの立ち上がりに際して、まず町民を対象にした2度のアンケート調査を実施。町民が感じている“暮らしの課題”を浮き彫りにし、それをもとに街区のあり方を考えていくことにしたといいます。すると、過半数を超える町民が将来的な住み替えを検討しているという事実が浮かび上がりました。

「アンケートでは、こうした住み替えニーズの背景にある“暮らしの課題”も見えてきました。寄せられた声として特に多かったのは、冬の寒さとそれによる光熱費の高さです。ニセコ町では冬季はマイナス15〜20度に達する日もあるほど厳しく、最近は電気代の高騰もあって、オール電化の家庭では電気代が月9〜10万円かかってしまうこともあります」(田中さん)

その他、戸建住宅で暮らす住民からは冬場の除雪や庭の手入れといった維持管理の大変さを挙げる声も多かったとのこと。こうしたリアルな“暮らしの課題”を解決するべく、ニセコミライでは住民の声をもとにした8つのコンセプトを策定。このコンセプトを実現する街区や住宅を作っていくことにしました。

住民の暮らしの課題から出てきた8つのコンセプト(画像提供/株式会社ニセコまち)

「集合住宅という形式を選んだのも、寒さや光熱費、敷地の維持管理といった課題解決を考えたからです。集合住宅の方が外壁や窓、天井、床といった外皮面積が狭くなる分、一般的にエネルギー効率が良くなりますし、除雪などの維持管理も一括で行えます。土地の有効活用や建設の効率化という観点でも効果的だと考えています」(田中さん)

超省エネ住宅を実現するさまざまな工夫

現在、ニセコミライの実証実験を行っている集合住宅(画像提供/株式会社ニセコまち)

加えて、ニセコミライが重視するのは再エネ・省エネなどエネルギーに焦点を当てたまちづくりです。たとえば冬場の光熱費という課題を解決するため、使用エネルギーを抑えた「超省エネの住宅」を作るといいます。

「近年は、太陽光発電などの再生エネルギーを導入して省エネを実現するケースが多いのですが、ニセコは冬場の日照時間が短く、効率的な太陽光発電には限界があります。風力発電もリゾート地としては景観的になかなか難しい事情もあり、地熱発電も現状は見込めません。こうした事情を踏まえると、消費エネルギーをなるべく抑える省エネ路線の住宅を作り、効率的な設備を導入し、将来的にコストが下がった再生可能エネルギーを導入していく手順の方が現実的です」(田中さん)

こうしたことを背景にニセコミライで建設するのは、超高断熱・高気密の住宅。外の寒さを通さず、一度温めた室内の暖気を逃さない設計で、イメージとしては「魔法瓶のようなつくりで、広さがあっても、冬場は8畳用の小型エアコン1つで隅々まで暖かくなる家」だといいます。またオリジナルのHEMS(ホームエネルギーマネジメントシステム)によってエアコンを自動制御することで、エネルギーの浪費を抑えると同時に、常に暖かさを最適に保つ工夫なども。現在、実証実験中のプロトタイプ的な集合住宅では電気代を年平均で月8,000円、オール電化の場合も年間を通して月1万円ほどに抑えられる想定になっているといいます。

こうした住宅づくりの技術やノウハウは、ニセコまちと包括連携協定を結んでいるハウスメーカーの株式会社WELLNESTHOME(ウェルネストホーム)が提供。同社が長年培ってきた高断熱・高気密の家づくりノウハウを活用しています。

「ニセコ町役場も2021年に新庁舎へと生まれ変わりましたが、その建物にもニセコミライと同じく建物の高断熱・高気密の省エネを優先する考え方が採用されています。結果、全国でもトップレベルの断熱性、省エネ性能を有する公共施設となりました。たとえば3月あたりはまだまだ寒いニセコ町ですが、それくらいの時期は日中に暖房を入れなくても過ごせる日があるくらいです」(田中さん)

実証実験中の集合住宅にも随所に超高断熱・高気密を実現するための工夫が凝らされている(画像提供/株式会社ニセコまち)

超高断熱・高気密でまずは“省エネ”に取り組み、さらに長期的には、太陽光発電を中心とした再エネも導入していく予定だというニセコミライ。将来的にトータルでCO2の排出をゼロにする「ネットゼロ」の実現をめざす計画です。とはいえ、先述したように、ニセコ町は太陽光発電に適した気候条件とは決して言えないため、限られた発電量でもエネルギーを効率的に利用する方法を模索する必要があるとのこと。一例として、太陽光で発電した電気を貯める蓄電池を街区全体で保有し、発電・蓄電を管理する形などを構想しています。

「全世帯が共有する大きな蓄電池を、街区全体で保有するイメージです。太陽光の発電量が多い時期は、電力会社から電気を買わず、自家消費を優先する一方、発電量が少ない時期には蓄電池の電気を使ったり、もしくは電力会社から購入したりする。こうしたことを各世帯が個々に行うのはなかなか難しく効率も下がるため、街区全体として管理するメリットとも言えます」(田中さん)

企業の実証実験や都市OSの開発を行う街区としても

住民の多様性や流動性が高い街区にすることもめざしているというニセコミライ。その理由を田中さんはこう説明します。

「同じ時期に同じような年代、同じような家族形態の方が一斉に住み始めると、あるタイミングで街区全体が高齢化してしまいます。ですので、いろいろな世代、属性、単身から家族までさまざまな形態の方が住み、都度、新しい方も入ってきやすいような街区にしたいと考えています」

ニセコミライで提供していく予定の住宅は、画一的な間取りではなく、さまざまなバリエーションが用意されており、これも多様な人が住みやすい街区にするための工夫の1つだといいます。

ニセコミライは2023年3月現在、第1工区の建設計画が進んでおり、一棟目の分譲住宅の販売を行い、すでに完売。今後は第1工区から順次開発を進めていく計画です。ただし、プロジェクトを進める中でのニーズや動向、また建築資材の市場動向なども考慮しながら、柔軟に進めていく予定だといいます。

「ニセコミライの街区を活用して、さまざまな企業の実証実験も行う予定です。また街区を作るだけでなく、たとえば従来の回覧板のような情報をタブレットやスマホに配信したり、カーシェアや共有の畑といった住民同士がつながるコミュニティ形成を促進させたりするなど、住民の暮らしを支える基盤システム、いわゆる“都市OS”の開発も考えています」(田中さん)

そこから見えてくるのは、住民が主体的にまちづくりに参加する新しい街区(まち)の姿。加えて、このニセコミライのプロジェクトで特徴的なのは、ニセコまちという官民連携で立ち上がった会社が、ニセコ町における「第二役場」としての機能も果たしていること。記事の後編では、ニセコミライにおける「官」と「民」の具体的な連携やニセコまちの第二役場としてのあり方、そして住民を主体としたまちづくりのあり方などについてお届けします。

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