人を中心にした“まちづくり”

波佐見焼の石膏型ゴミゼロをめざして。町を挙げて取り組む長崎県波佐見町の地域内循環プロジェクト

長崎県波佐見町で生産され、400年の歴史を誇る波佐見焼。伝統にとらわれない新しいものづくりに挑戦し続け、近年はデザイン性の高い個性あふれるアイテムがアパレルブランドでも取り扱われるなど、おしゃれでカジュアルリッチな食器ブランドとして注目を浴びています。

波佐見の名をさらに広めたのが、波佐見焼のやきものに、波佐見町産の米が原料の米粉クッキーを詰めた「波佐見陶箱クッキー」。毎週末の販売と同時に完売となり、入手困難なことから「幻のクッキー」とも呼ばれるこの商品は、波佐見町が抱える「廃石膏型の処理問題」を解決するため、町の人たちが協力して作っています。そんな町を挙げたリサイクルの取り組みで町も人も豊かにする、波佐見町の地域内循環プロジェクトを紹介します。

目次

廃棄された石膏型が山積みに。波佐見町が抱える課題

長崎県のほぼ中央に位置する波佐見町は、人口約14,000人の小さな町ながら、全国有数のやきものの産地。町内の約2,000人が窯業関係の仕事に従事し、国内日用食器の17%をまかなっています。近年の波佐見焼は、トレンドをつかんだ“おしゃれな波佐見焼”のイメージが浸透。やきものだけでなく町のPRにも力を入れ、2017年には年間観光客100万人を突破するなど、観光地としても発展を遂げています。

毎年「波佐見陶器まつり」が開催される「やきもの公園」

そんな波佐見町で問題となっているのが、波佐見焼の製造工程で生じる廃石膏型の処理です。波佐見焼は庶民の器として親しまれてきたため、量産するためにろくろはあまり使わず、石膏型に生地を流し込んで成形しています。石膏型は100回ほど使用すると劣化して使えなくなるため、産業廃棄物として埋め立てられてきました。その量は年間約700トンにも及びます。

問題が起きたのは2017年のこと。長崎県の最終処分場が波佐見町の廃石膏型を受け入れなくなり、行き場をなくした廃石膏型が町内の中間処理施設に滞留。大量に野積みされる事態となったのです。廃石膏型の白い山は、町の景観にも悪影響を与え「何とかしてほしい」と声が上がるようになったそうです。

波佐見町役場商工観光課 課長の澤田健一さん

波佐見町役場 商工観光課の澤田健一さんは「波佐見焼といえばおしゃれなイメージが定着しているのに、このままではブランドイメージに大きな傷がついてしまう。そうなれば波佐見町の窯業は立ち直れなくなると、強い危機感を抱きました」と当時を振り返ります。一方、別の考えも浮かんだといいます。「SDGsの取り組みが社会的に注目される中、リサイクルに積極的に取り組んでいけば、クリーンなやきものの産地として波佐見町のプラスイメージにできる。これはチャンスだと思いました」。波佐見町は廃石膏型のリサイクルに乗り出していきます。

廃石膏型を地域資源に。地域内循環モデルの誕生

波佐見町は専門家とともに、廃石膏型を利活用する道を模索。たどり着いたのが、肥料(副産肥料)としてリサイクルする方法です。石膏由来の肥料は作物の細胞組織強化や根の発育促進などの効果が見込まれ、他県ではすでに農地利用の実績があることと、石膏を粉砕するだけで加工でき低コストで済むことなどが決め手となりました。

さらに波佐見町は「廃石膏肥料を使って、町で何か作れないか」と考えます。そこで相談を持ちかけたのが、フードコーディネーターの平尾由希さん。当時、波佐見町の食の土産品開発に取り組んでいた平尾さんは「波佐見町はやきもの以外の食の土産品が少ないことが課題になっていましたが、澤田さんから廃石膏型のお話を聞いて、廃石膏型の課題と土産品の課題は同時に解決できる、とピンときました。廃石膏型というと負のイメージがあるけれど、そこに波佐見の魅力を結び付けたら、きっと、多くの人に受けいれられるものになるって」と振り返ります。

隣接する佐世保市出身で以前から波佐見町と縁のあった株式会社FOODSNOW 代表取締役の平尾由希さん

廃石膏肥料を生かした土産品の開発に取り掛かった平尾さん。こだわったのは、波佐見町らしさ。「波佐見町はやきものだけでなく、農業も盛んです。半農半陶の里と呼ばれる波佐見町らしく、農作物とやきものを生かしたいと考えました」。そこで目をつけたのが米。波佐見町は長崎県内有数の米の生産量を誇り、つなぐ棚田遺産にも選定された鬼木棚田が大切に保存され、町の主要な観光地にもなっています。平尾さんは、廃石膏型をリサイクルした肥料で米を育て、その米粉と波佐見町の食材でクッキーを作り、波佐見焼とセットにして販売するアイデアをひらめきます。廃石膏型を地域資源として利活用し、町全体の発展につなげる地域内循環モデルの誕生です。

つなぐ棚田遺産に選ばれた波佐見町の名勝地「鬼木棚田」

波佐見町は農家の協力を得て、米粉専用品種ミズホチカラの栽培を開始。約1年半の試作期間を経て地域内循環プロジェクトの第一弾「波佐見陶箱クッキー」を完成させました。そして2021年3月、「陶芸の館」内にある波佐見町観光協会とオンラインショップで発売すると、即時に完売。廃石膏型リサイクルの取り組みも評価され「長崎デザインアワード2021金賞」「2021年度グッドデザイン賞(地域の取り組み・活動部門)」「第52回日本農業賞優秀賞(食の架け橋の部)」など数々の賞を受賞し、波佐見町のイメージアップにつなげることに成功しました。

「陶芸の館」内にある波佐見町観光協会の売り場に並ぶ「波佐見陶箱クッキー」

町ぐるみの協力体制でつくられる「波佐見陶箱クッキー」

発売から2年経った今も、完売必至の人気が続く「波佐見陶箱クッキー」。その人気の理由を、販売・PRを担当する波佐見町観光協会の野口雅彦さんは、次のように説明します。「陶箱のデザイン性やおいしいクッキーはもちろんですが、この商品の一番の魅力であり、波佐見町らしいところは、町の人たちが協力して作っていること。そこに、たくさんの方々が共感してくださっているのだと思います」

波佐見町観光協会の野口雅彦さん

その波佐見町らしさとは、波佐見焼の「地域内分業制」に由来するものです。波佐見焼の製造は、「型屋」が器のもととなる石膏型を作り、その型をもとに「生地屋」が成形し、「窯元」が生地に絵付けをして焼き上げ、「商社」が売る、というように、それぞれの専門事業者が工程を分担して行っています。この町ぐるみのチームプレーこそが、波佐見町らしさなのだと野口さん。「陶箱クッキーも、役場や窯元、農家、パッケージメーカー、商社など、町のいろんな人たちが関わって作られていて、そこには波佐見町の魅力が詰まっています。昔からみんなで力を合わせてものづくりをしてきた、波佐見町にしか作れないものです」

「陶芸の館」内の波佐見町観光協会で販売される「波佐見陶箱クッキー」

では実際、どんな方たちが、どんな思いで関わっているのでしょうか? 米粉用米の栽培と米粉製粉を担当するのは、窯元との兼業農家の小林善輝さん。波佐見町観光協会の理事やはさみ東地域集落活性化協議会の会長を務めるなど、町の地域活性化のリーダー的存在でもあり「波佐見町の未来のため」と率先して協力しています。

「波佐見陶箱クッキー」に使われる米を栽培し製粉も担当する波佐見町観光協会 理事の小林善輝さん

「今の時代、ブランドや企業のイメージのためにも環境への取り組みが欠かせません。窯元が廃石膏型を自分たちで分別処理できる仕組みができたのは、大きな前進です。農家としても、廃石膏肥料を使えば化学肥料を減らせて農地を守ることにつながるし、米粉の需要拡大や、廃石膏肥料で育てた米のブランド化が実現すれば収入安定につながります。うまく軌道にのせて事業として確立し、今の若い人たちに継いでいきたいですね」

米を製粉する小林さん

廃石膏肥料が散布された小林さんの田んぼ

小林さんの米粉でクッキーを作るのは、「鬼木加工センター」で働く地元農家の主婦の方たち。味噌や漬物など鬼木伝統の食品を製造販売する傍ら、アレルギー対応の米粉クッキーも作っていたことから、陶箱に詰めるクッキーの製造を依頼されました。「町の人から廃石膏型の処理に困っていることは聞いていましたし、波佐見町には人の輪があって、何でもみんなでやるのが当たり前。依頼をいただいたときは迷わず引き受けました」と代表の楠本俊子さん。

鬼木加工センターの皆さん。写真左から楠本俊子さん、岩崎美智子さん、前田千代子さん、富永めぐみさん

中のクッキーだけでも欲しいと要望があるほど人気のクッキーは、製粉担当の小林さん、レシピやデザイン担当の平尾さんとともに試行錯誤の末に完成した共同作。「このクッキーで廃石膏型をリサイクルできるなんて、すごいこと。日本中のお客さまにおいしいと喜んでいただけるのもうれしいです」と、楠本さんは顔をほころばせます。

「鬼木加工センター」では「波佐見陶箱クッキー」72個分のクッキーを毎週手作りしている

クッキーを詰めるやきものの陶箱を製作している窯元のひとつ「和山」。人気につき陶箱の生産が追い付かなくなり、応援を要請されたのを機に参加しました。「以前はSDGsと聞いてもピンとこなくて、うちみたいな小さい企業は関係ないと思っていたんですよ」と笑うのは、代表取締役の廣田和樹さん。

波佐見焼の窯元である株式会社和山 代表取締役の廣田和樹さん

今では廃石膏型の分別排出にしっかりと取り組んでいると語ります。「やっぱり石膏型は廃棄処分するのが一番の方法なのかなって以前は思っていたんですが、町を挙げてリサイクルに取り組むようになってからは意識が変わり、波佐見陶磁器工業協同組合としてもちゃんとやっていこうと、みんなで取り組み始めました。なぜやるかといえば、波佐見焼のブランド力を上げるためです。ブランド力をつけて商品価値を上げ、働き手に還元したい。そうすれば波佐見焼を継ぎたい人が増え、波佐見焼の存続につながりますから」

陶箱の生地に釉薬をかける

和山では最高温度約1,300℃の窯を使用し波佐見焼を大量に生産

波佐見町の未来のため、地域に広がる人々の輪

町の人たちが協力して進める、波佐見町の地域内循環。しかし「最初から順調だったわけではないんですよ」と澤田さん。石膏型の排出元である窯元からは「リサイクルは面倒」となかなか理解を得られず、農家も「ゴミを畑にまくのか」と反発。ようやく前に進むかと思われたとき、町の近隣に埋立処理場が新設され、リサイクルから廃棄に逆戻りしてしまったことも。それでも「今諦めたら、子どもたちの世代に大きなツケを回すことになる。それだけは避けなければ」と、澤田さんたちは窯元への説得を根気強く継続。リサイクルルートを確立し、埋立処理費より安いリサイクル費も実現しました。こうした地道な働きかけによって協力者が少しずつ増え、地域内循環のサイクルが回り始めたのです。

「和山」のやきもの工場でリサイクル回収されるのを待つ廃石膏型の山

波佐見町では、「波佐見陶箱クッキー」に続く新たな取り組みが次々と生まれています。2022年秋には地域内循環プロジェクトの第二弾として、契約農家が廃石膏肥料で育てたブランド米「八三三(はさみ)米」と、14の窯元がデザインを手がけた波佐見焼の飯碗と箸置きをセットにした「八三三くらわんかセット」を販売。2023年秋には、「波佐見陶箱クッキー」に新シリーズが加わる予定。「石膏型自体の排出を減らす仕掛けを施した新シリーズで、米粉の消費量アップも図りたい」と平尾さん。

「八三三くらわんかセット」

「波佐見陶箱クッキー」の新シリーズを打ち合わせる澤田さんと平尾さん

リサイクルを推進すべく廃石膏型の利活用拡大にも力を入れ、廃石膏肥料をじゃがいもなどの野菜にも利用する実証研究や、2023年3月に肥料登録したことから廃石膏肥料を商品化し、全国で販売する準備も着々と進行。廃石膏型の建築材への利活用も広め、廃石膏型の排出量そのものを減らす研究も進行するなど、リサイクルの取り組みは着実にステップアップしています。

建築材として利活用された廃石膏型の一例。「波佐見陶箱クッキー」陳列用の什器

「波佐見町歴史文化交流館」の休憩室にある廃石膏型を利活用した床の間の壁

「ようやく先が見えてきましたが、まだまだ、これから。ゴミゼロをめざし、さらに多くの町の人たちを巻き込みながら、地域内循環を継続、発展させていきたいです。波佐見焼は見た目だけでなく、見えないところまでクリーンなブランドなのだと世の中に浸透すること。そして『波佐見町は最高!』と皆さんに思ってもらえること。それが実現したとき、波佐見町は今よりもっと豊かな町になっているはずです」と澤田さん。

町が一体となってものづくりをしてきた波佐見町。今、町の未来をつくるためにつながる人の輪が、大きく広がり始めています。もしかしたら、その「人の輪」こそが、地域の豊かさを生み出す源なのかもしれません。