人を中心にした“まちづくり”

「社会の創り手」を育てる神戸大学附属中等教育学校の次世代教育

データサイエンスおよびデータ利活用は、未来の社会や地域をつくり上げるうえで、今欠かせないナレッジとして注目を浴びています。そんなデータサイエンスを、教育の現場にいち早く取り入れたのが、神戸大学附属中等教育学校です。

統計教育や研究を通じて、さまざまな社会課題を知り、その解決策を提案し、そして将来、そのアイデアを具現化する「社会の創り手」の育成をめざす。そんな理念を掲げる神戸大学附属中等教育学校の、探究学習授業の様子を通して、これからの教育現場の在りかたを探ります。

目次

50年後の「社会の創り手」を育てる独自の教育指針

六甲山の麓、神戸港を見下ろす高台に位置する神戸大学附属中等教育学校。同校は、2009年に母体である国立大学法人神戸大学による附属学校大規模再編計画に基づき設立されました。6年一貫教育を推進、その中で「グローバルキャリア人を育成する」という目標を掲げて教育活動を行なっています。

その教育指針は、「主体的に自己および社会の未来を切り拓くことのできる生徒」「国際的な視野を持ち、自他を認め合って行動できる生徒」「真理探究の精神に富み、新たな価値を創造する力を身につけた生徒」の3つ。ここには、50年後のよりよい社会を創造できる人材の育成、という想いが込められています。

副校長の齋木俊城先生は、「国立大学の附属学校として、次の時代に向けた新たな教育活動を模索していくという使命を持っております。現在ある学校教育規則をうまく利用して、次の時代にあるべき教育の姿勢を考えていき、そして将来多方面で活躍する人材を育成していく、ということが我が校のめざすところです」と話します。

同校副校長の齋木俊城先生

では、具体的にどのようなカリキュラムを行なっているのでしょうか。特徴のひとつと言えるのが、6年次に行う卒業論文の作成と発表です。生徒たちは、各々が興味・関心のあるテーマを決め、自分自身で探究手法を模索し、最終的にその成果を論文としてまとめ、ポスターを作成して発表します。生徒一人ひとりが、大学でも通用するような探究活動を3年次から個人研究としてスタートするのです。

校内の廊下には至るところに、生徒の探究発表ポスターが掲示されている。その内容は、社会課題解決や時事問題などバラエティに富んだ研究に

「探究学習は3つの指針にある通り、生徒自身がちゃんと考えて判断すること、そしてそういう力を身につけていきましょう、という基本的な考え方を実践する方法です。生徒たちは、自分の好きなことを徹底的に研究する。最初は単なる思いつきからスタートしたアイデアも、フィールドワークや実態調査を経て、論理的に説明し、実証していけるようになるのです。大学の受験勉強と並行して研究を行うことは、生徒たちにとってもかなり大変ではあると思います。ただ『好きなこと』を探究することは、生徒も自身の将来にとって有意義だと感じてくれているようで、私たちも感心するような研究や提案が毎年発表されます」(齋木俊城先生)

生徒個人の探究論文テーマには「日本の祭礼を存続させるためには」、「地方都市の人口集積とその妥当性-居住地選択における産業の重要性と心理的要因」、「地震発生時における視覚障害者の避難支援についての提案」、「AKB48を紅白に再出場させるための経営戦略」など、社会学やデータサイエンス、防災学から芸能や音楽に及ぶ範囲の幅広いタイトルが並びます。そのテーマからも生徒の好きなことを尊重する同校のスタンスが垣間見えます。

生徒の自主性を重んじる独自の授業体系

生徒たちの研究活動が活発に行われる素地には、同校がスーパーサイエンスハイスクールとして指定されているという背景もあります。これは文部科学省が、先進的な理数系教育を実施する高等学校などを「スーパーサイエンスハイスクール(以下SSH)」として指定し、理科・数学等に重点を置いたカリキュラムの開発・実践や課題研究の推進、観察・実験等を通じた体験的・問題解決的な学習を支援するというもの。

全国222校が参加したSSH生徒研究発表会(2020年度)では、カリキュラムや授業体系が評価され最優秀校に与えられる文部科学大臣賞を受賞しました。これは前述した卒業論文や研究の評価だけではなく、通常の授業においてもSSHとしての先進的な取り組みがあるからです。

5年の生徒たちの必修課題となっているミニレポート

数学科の中田雅之先生は、独自のカリキュラムについて次のように話します。
「5年生で行われているデータサイエンスⅡという授業では、統計データを用いた小規模探究を行なっています。その授業では小集団という4人のグループを作って、テーブル単位でそれぞれの研究内容をプレゼンテーションする。そこでは、自由闊達な意見交換が行われ、生徒たち同士で気づきが生まれるのです。6年次に、生徒や先生など多くの人前で臆せず卒業研究発表ができる理由は、日ごろの授業で培われたプレゼンテーションにあると思います。そして、そのスキルは社会に出たとき、必ず活きてくると考えています」

数学科の中田雅之先生

同校生徒は、2021年度国際統計ポスターコンペティションで世界1位を獲得<受賞作品(ホームスタジアムでの勝率と環境および観客数の相関) : https://sites.google.com/jissen.ac.jp/islp-in-japan/>、そのほか全国各地で行われるデータ活用コンペティションなどへ積極的に参加し、各所で確かな成績を収めています。

数学科の林兵馬先生

数学科の林兵馬先生は、生徒のコンペ参加について次のように話してくれました。
「先輩たちが代々築いてきたコンペティションの成績もモチベーションになっていますね。コンペ参加はあくまでも自発的なのもので教員側から強制することはありません。自分の研究をより多くの人に聞いてもらいたい、評価してもらいたいという思い、他校の生徒の研究を見てみたいという思い、生徒によってさまざまですが、そういった思いが探究の発端になっていることには普段の授業がポジティブに作用しているな、と感じる瞬間でもあります」

データサイエンス授業が生徒の意識変容を促す

中田先生の話に挙がった5年生のデータサイエンスⅡの授業。どのような形式で行われているのか、実際に5年生の教室に赴き、その授業風景を見学させていただきました。

そこでは、3〜4名の小集団を形成し、今回のテーマである「ファミリーレストランでの新たな施策」について議論が行われています。時間帯ごとの集客数、年代ごとの商品売上などさまざまな統計データを駆使し、ファミリーレストランの集客を向上させるためのアイデアを、生徒一人ひとりがグループ内で発表。それに対して、質問や議論が繰り広げられています。

データを活用することでファミリーレストランが抱える課題を見つけ、そこから「クーポン配布の実施」「時間帯割引」「年代傾向に合わせた特別メニュー」など、さまざまなアイデアが生まれています。こういった課題探究・発表を繰り返すことで、生徒たちは統計データに慣れ、その活用方法を知り、自ずと社会課題解決や、その先にあるまちづくりと地域活性のアイデアに発展させることができる、と中田先生は言います。

このようなデータ活用を取り入れた授業について、明治大学MIMS主催の「高校生による研究発表会2022」にて優秀賞を受賞した経歴を持つ前野勝哉さんは、「統計データを活用することで、課題の見つけかたや新たな発想の理由づけなどが、より具体的にできるようになったと感じています。また、プレゼンテーションの機会も多いので、一人では解決できない悩みも、周りの意見から解決に向かうことを実感しています。これから行う卒業研究や将来の大学での研究、そして社会に出てからも必ず活かせる知識、経験だと思うので楽しんで取り組んでいます」と話します。

同じく「2022年度統計データ分析コンペティション高校生の部」にて審査員奨励賞を受賞した浅野心春さんもこう話します。
「統計を学び活用することで、日常生活にも新たな視点が増えたと感じています。もともと数学やデータ統計は得意ではなかったのですが、今回の授業のようにファミリーレストランの課題解決など、数字やデータを通して社会をプラスに変えていくことができることが、私にとってはデータ活用の新たなおもしろさだと感じています」

未来を担う人材育成を掲げ、データサイエンスや研究開発を積極的に取り入れたカリキュラムを行う神戸大学附属中等教育学校。将来の社会形成を見据えた「主体的な学び」こそ、これからの教育における新たな指針になるのではないでしょうか。