人を中心にした“まちづくり”

顔の見える関係が育む「自助・共助」を促すまちづくり。住民全体を巻き込んだ、伊勢市・浜郷地区の防災活動

地震などの自然災害が多い日本ですが、「どう対策したらいいか分からない」「避難所がどこにあるか知らない」といった人は多いのではないでしょうか。 また、昨今「近所に住む人の顔を知らない」といった地域との希薄な関係性が、都会だけではなく地方においても当たり前になってきています。そんな中、地震や津波の影響を受けやすい三重県伊勢市の浜郷地区では、住民同士の関わり合いを促進し、いざという時、ともに助け合えるまちづくりをめざしています。浜郷地区で、地域防災の中心として活動をしている「浜郷地区まちづくり協議会」や、防災教育に取り組む浜郷小学校の方々に、防災を通じたまちづくりについてお話を伺いました。
(取材時期:2023年3月)

目次

5つの自治会が連携し、地震や浸水被害への備えに注力

浜郷地区は伊勢市の南東に位置し、2,203世帯、4,782人(2022年7月31日現在)が暮らす、小さなまちです。このまちの防災活動が、2021年に消防庁が主催する「第25回防災まちづくり大賞」で「消防庁長官賞」を、2022年には内閣府から「防災功労者内閣総理大臣表彰」を受賞。それだけではなく、「防災やまちづくりのお手本にしたい」と他県からの視察依頼やメディア取材などが殺到し、注目を集めています。

防災活動を率いているのは、2013年に発足した「浜郷地区まちづくり協議会」。約10年前から南海トラフ地震に対する対策を検討し、それを活動に落とし込んで実践してきました。同協議会の防災活動が優れているのは、有事の避難行動だけではなく、その後の避難所生活も想定した訓練を実施・啓蒙していること。また、ゲームなどを活用して小学生にも分かりやすく防災意識を持つことの重要性を伝えている点です。

「私たちの活動は、自分たちで助け合い、災害から身を守るという理念に基づいています」と話すのは、同協議会で防災総合委員長を務める、西井文平さん。同組織は伊勢市が掲げる「新市建設計画」の一環として立ち上がった地区単位の自治組織で、地区内にある5つの自治会から選出された委員や、小中学校、消防団などから構成されています。

防災総合委員長を務める西井文平さん

「自治」や「まちづくり」とひと口に言ってもカバーする範囲は幅広いため、何を目的に活動するのがベストなのかを考え抜いたといいます。協議会が「防災」をテーマに活動しようと決めたのには、2つの大きな背景がありました。1つは浜郷地区における災害時の被害想定が大きいこと。浜郷地区は、伊勢湾に流れ出る勢田川の下流域に位置し、地区内には五十鈴川も流れています。それゆえ南海トラフ地震などが発生した場合に、津波の被害を受ける可能性が非常に高いのだそう。さらに、集中豪雨の際には浸水も予想されています。実際、2017年の台風21号によって、地区内で浸水被害が発生したとのこと。

もう1つは、協議会発足の2年前に起きた東日本大震災です。「それまでは阪神・淡路大震災(1995年)を基準として地震対策を行ってきましたが、東日本大震災をきっかけに南海トラフ地震を想定した対策をしなくてはならないという意識に変化しました。地区内の5つの自治会は文化活動や防犯活動など、独自で活発に活動を行っていましたが、地区全体で連携して防災に力を入れようと決めたのです」と西井さんは話します。

本当に役立つ活動にするために、工夫を凝らして運営

災害時でもすぐ分かるようにと、5つの自治体を色で分けている

同協議会の活動の柱は、避難訓練や図上訓練、炊き出しや資材の設置などの各種訓練と、地区内にある浜郷小学校と連携した防災教育、防災マニュアルや防災マップなどの作成です。これらはすべて、「地域を知る」「災害を知る」「人を知る」という防災活動における3つの重要な考え方に基づいて計画・実行されています。

この3つの考え方は、災害時に大きな役割を果たす、自分で自分の身を守る「自助」と、住民同士が助け合う「共助」を養うために欠かせません。西井さんは、防災における自助と共助の重要性についてこう語ります。

「先日、トルコで100年に一度と言われる大地震が発生しましたが、南海トラフ地震はそれに匹敵するくらいの規模だと予想されています。だからこそ、他人ごとではなく自分ごととして考えなければなりません。それと同時に、自助と共助の意識を住民の間で高めていく必要がある。自治体や国などが助けてくれる、いわゆる公助だけに頼っていては手遅れになったり、手薄になったりしてしまう恐れがあります。災害に強いまちづくりには、自助と共助が非常に重要で、われわれはそのために活動をしています」

「災害時、実際に使えるものを」という思いから、防災訓練の参加者に配布したペンライト

こうした認識のもと、形だけの訓練にならないように、訓練の内容を毎回変えたり、講演や炊き出しと組み合わせたりと、さまざまな工夫を凝らしています。また、住民が少しでも防災の知識を身につけられるよう、全住民・全参加者に対してアンケートを実施。訓練前には「地震が発生した際には、どこへ避難しますか」などの質問を投げかけ、訓練に参加しない住民でも「自分の避難場所」を意識できるようになっています。さらに、訓練後には「避難所に来るまで何分かかりましたか」「ブレーカーは落としてきましたか」などの質問をして、避難行動を振り返ったり、災害時にすべきことを復習したりできるような仕組みになっています。

また、同協議会の事務局長・龍田洋さんは防災活動に多様な視点が加わることの重要性を語ります。

「協議会には、各自治会からの女性代表も参加しているのですが、炊き出しの際、アレルギーに配慮して複数種類のメニューを用意することを提案してくれました。われわれだけでは気付きにくいことを教えてくれて、大変ありがたいですね」

当初、200人程度だった訓練への参加者数は伸び続け、今では600名を超える人たちが参加するまでになっているそうです。

活動を通して、それまで会ったことがなかった、話したことがなかった住民同士が顔見知りになり、防災という同じテーマのもとにまちづくりについて考えることができるようになったことで、まちは一体感のあるコミュニティへと変化しつつあります。共助を担うためのコミュニティが確立されていることは、地域にとって大きな財産であり、住民にとっての安心材料ともなるでしょう。防災活動は、災害時だけではなく平時における地域そのものを強くする、効果的なまちづくりのメソッドなのです。

協議会の事務局長を務める龍田洋さん

子どもも地域を守る、大切なまちづくりの担い手

浜郷小学校と連携して実施している「小学生HUG」もまた、大人だけではなく子どもの視点を防災に取り入れるという点で、大きな効果を挙げています。「HUG」とは、避難所の運営を擬似体験するために静岡県が開発したゲームのこと。それを小学生でもできるようにと、浜郷地区で独自にアレンジしたのが「小学生HUG」です。浜郷小学校では2014年から毎年6年生が参加。5人程度のチームに分かれ、学校が避難所になった場合に体育館や教室などをどう活用するか話し合って決めていきます。

「『小学生HUG』を通して、子どもたちは“守られる側”から“守る側”としての意識を育みます。臨機応変な対応力や、困りごとを解決する思考力など、地域の担い手として必要な力を身に着けていくのです」と語るのは、同小の平生理恵校長です。

避難してくる住民の情報を記したミニカード。これを避難所である小学校の見取り図に配置していく

子どもたちは、「50代の夫婦と70代の母親の3人家族で、母親は車椅子に乗っている」「外国人の家族で、日本語があまり話せない」「小さな子どもがいる夫婦で、妻は看護師」といった、地域に住むさまざまな家族が避難してきたことを想定して、避難所のどこに誰を配置するのがいいかなどを考え、話し合います。

救援物資の到着や総理大臣の見舞いなど、避難所で起こりそうな出来事が書かれたカード

さらにゲームでは、「支援物資として、毛布500枚の支給」「被災した海外からの観光客の受け入れ」といった災害時に予想される出来事が書かれたカードも。それに対して、「毛布はここに置こう」「この教室で待機してもらおう」など、1つ1つ課題を子どもたちだけで検討し、クリアにしていきます。

平生校長は、「小学生HUG」をはじめとした防災教育の意義をこう話します。

「子どもたちには、いざという時には地域の弱い人を助ける立場になるんだよと話しています。小学校高学年にもなると、高齢者よりも力はあるし、速く走ることもできますから。また、災害時に避難所となる小学校は、大人よりも子どもたちの方が詳しいことも多いです。

浜郷小学校の平生理恵校長(2023年3月末でご退職)

子どもたちは、『お年寄りならトイレに近いところがいいよね』とか『段差があったら車椅子は大変だ』とか『ペットは学校の玄関にいてもらって、飼い主は玄関の近くの場所を確保しよう』などと、それぞれに最適なことは何かを考え、ゲームを進めていきます。

大人が思っているよりもずっと、子どもには考える力があるのだと、『小学生HUG』を通して実感しますね。今の子どもは指示待ち型などと言われますが、それは大人が機会を与えていないだけ。そういう意味で、わが校の子どもたちは他の子が経験していない、リーダーシップ教育を受けているとも言えるでしょう」

「小学生HUG」を体験した浜郷小学校の6年生。手に持っているのは、HUGで使用する小学校の見取り図

「小学生HUG」を体験した子どもたちからは、「感染が広がる可能性があるから、病気の人は隔離しなければいけないとか、外国の人には翻訳ができる人を近くに配置するようにするとか、いろいろ考えるのが大変でしたがとても楽しかったです」「トイレなどいろんなところに行きやすいように、避難所の中でどこに通路をつくるかを考えるのに苦労しました」といった感想が聞かれました。

浜郷小学校では今後、6年生が5年生に「小学生HUG」を教える、といったことも検討しているそう。平生校長は、「彼らがこの先、防災とまちづくりを支える地域のリーダーになっていってくれたらうれしい」と目を細めます。

子どもたちからも、「みんなで話し合うと、いろんな意見が出るのがいい。前よりも防災意識が高くなりました」「家族とも防災について話すことが増えました。中学生になっても防災のことを学びたい」といった声が上がりました。

顔の見える関係性から生まれる、災害に強いコミュニティ

同小では、「小学生HUG」だけではなく、まちづくり協議会などと連携して通学路のタウンウォッチングや、避難時の保護者への引き渡し訓練なども行っています。地域住民による登下校時の子どもたちの見守りなど、教師や保護者の目に、さらに地域の人の目も加わって、まち全体で子どもを守ることが当たり前になっているのです。

「『さっきあそこに子どもたちがいたけど、大丈夫?』と学校に知らせてくれる人がいたり、通学路でうずくまって学校に行きたくないと言っていた子どもをわざわざ連れて来てくれたり。地域の住民の皆さんの存在を、とても心強く感じています」と平生校長は地域コミュニティのありがたさを語ります。

さらに地域の人からは、「子どもたちの方から『おはよう!』と声をかけてくれて、それを聞くと明日も頑張って子どもたちを見守ろうと思える」といった声が届いたこともあるそう。

まちづくり協議会で防災総合委員長を務める西井さんも、防災における地域コミュニティの重要性について次のように話します。

「協議会の活動を始める前までは、他の自治会の人の顔も名前も知らなかった。事務局長の龍田さんのことも、活動を始めてから知ったんですよ。避難訓練や図上訓練などに参加することで、はじめましての住民同士がともに時間を過ごし、互いに顔の分かる関係性を築いていく。それは地域の防災力を高める上で、非常に大切なことですね」

人と人とがつながり、コミュニティが形成され、まちが強くなっていく。防災活動をきっかけに、防災以外の面でも、理想的な地域のあり方や、子どもの豊かな成長を実現することができるということが伺えました。

2030年までの間に70〜80%の確率で起こると予想されている未曾有の震災に対して、どこよりも万全な備えで立ち向かおうとしている浜郷地区の住民たち。このメソッドや考え方が全国に広がれば、災害大国ともいわれる日本の未来はもっと明るくなるはずです。

右から「浜郷地区まちづくり協議会」会長の村田修一さん、防災総合委員長の西井文平さん、事務局長の龍田洋さん