人を中心にした“まちづくり”

多目的アリーナで地域活性。八戸市の先進的な官民連携モデル(前編)

2020年4月、青森県八戸市に多目的アイスアリーナ「FLAT HACHINOHE」がオープンしました。この施設は、スポーツ振興・地域創生として国が推進する「スマート・ベニュー®」の先進事例であり、新たな官民連携モデルとして注目を集めています。東北新幹線八戸駅西側のにぎわい創出にも大きく貢献する「FLAT HACHINOHE」は、どのような経緯で誕生し、どのようにして事業スキームを確立したのでしょうか。アリーナを核とした八戸市のまちづくりについて、前後編で紹介します。

目次

新幹線開業後も開発が難航した八戸駅西地区の歩み

青森県南東部に位置する八戸市は、全国屈指の水産都市であり、東北有数の工業都市としても知られています。2002年12月には東北新幹線八戸駅が開業し、首都圏からのアクセスもさらに便利に。八戸西スマートインターチェンジや八戸環状線にもほど近く、広域交通ネットワークの結節点と位置付けられています。

しかし、八戸駅西側の開発はなかなか進まず、駅前の一等地にもかかわらず、長らく閑散としていました。まちづくりに携わる八戸市役所の田鎖隆さんは、次のように語ります。

八戸市 都市整備部 都市政策課 区画整理グループリーダー 参事 田鎖隆さん

「1964年に新産業都市に指定された八戸市は、臨海工業地帯、つまり海側から発展していきました。その一方で、鉄道を降り立つと寂しい風景が広がっていたのも事実です。そんな中、市の中心街の周辺地域で土地区画整理事業による宅地化が進み、1997年度からは現在の八戸駅西地区でも区画整理を始めることに。八戸市の玄関口にふさわしい都市基盤を構築するため、駅前広場や幹線道路など公共施設の整備を進めてきました」

土地区画整理事業が始まる以前は、農地が広がり、家屋や学校などが不規則に混在していた八戸駅西地区。事業開始後は家屋移転を進め、2019年には駅前からシンボルロードが通り、ようやく街が形作られていきました。行政や地権者からなる「まちづくり準備協議会」の現会長を務める村下萬さんはこう話します。

「まちづくり準備協議会」会長 村下萬さん

「私は東北新幹線八戸駅が開業する前から駅西地区の土地を所有し、現在は駅西地区で駐車場を営んでいます。駅西地区は建造物に高さ制限があり、駐車場の開設にも厳しいルールがあったため開発に難航しましたが、地域住民や地権者の意見をまとめ、市と話し合いを進めながら徐々に制限を緩和していきました。私は八戸市近隣の村に住んでいるため、地域の方々や市の職員、東京にお住まいの地権者とは適度な距離があり、中立的な立場で意見を伝えられたのが良かったのかもしれません」

土地区画整理事業では、従来の宅地所有者に交付される「換地」の他、事業費の一部に充てる売却用の土地「保留地」が生じます。八戸市は、シンボルロードの突き当たりに約15,000㎡の大規模保留地を確保したものの、売却先が決まらず、まちづくりのボトルネックになっていました。こうした状況を打開したのが、多目的アイスアリーナ「FLAT HACHINOHE」だったのです。

民設民営アリーナの利用枠を市が購入。官民共創型の事業スキーム

冬季の降雪量が少ない八戸市は、古くからアイススケートやアイスホッケー競技が盛んで東北地方随一の「氷都」と言われてきました。冬季国体、スピードスケート国際大会、アイスホッケー競技大会などの開催実績も多数。学校教育にもスケートが取り入れられ、市民は幼い頃から氷上のスポーツに親しんでいます。

中でも、八戸市を拠点とする「東北フリーブレイズ」は、市民に広く愛されているプロアイスホッケーチームです。以前は市営施設をホームリンクにしていましたが、独自のアリーナを構えたいという構想を抱いていました。

八戸駅西口から伸びるシンボルロードの突き当たりに建設された「FLAT HACHINOHE」

そこで着目したのが、八戸駅西地区にある広大な保留地です。「東北フリーブレイズ」の運営を行う東北アイスホッケークラブ株式会社の親会社であり、スポーツ用品業界最大手ゼビオグループの傘下にあるクロススポーツマーケティング株式会社は、2017年に八戸市と協議を重ね、多目的アイスアリーナ「FLAT HACHINOHE」の建設・運営に乗り出しました。

「FLAT HACHINOHE」は、八戸市とクロススポーツマーケティングによる先進的な事業スキームで成り立っています。八戸市は、八戸駅西側の保留地に集客力のある施設を誘致したい、また市内の老朽化したアイスアリーナが閉鎖されるため、新たな施設を整備したいという思いがありました。一方、クロススポーツマーケティングは、「東北フリーブレイズ」のホームリンクを構えたいと考えながらも、多額の建設費用、維持管理経費をいかにして賄うかという課題を抱えていました。

そこで、八戸市が八戸駅西側の保留地をクロススポーツマーケティングに30年間無償で貸し出し、同社がアイスアリーナを建設・運営することに。その上で、八戸市が年間2,500時間分のアイスアリーナ利用枠を借り上げ、八戸市多目的アリーナ条例枠として学校体育や市民のために活用することにしたのです。

市民にも開放されているプロアイスホッケーチーム「東北フリーブレイズ」のホームリンク

これまでにも行政主導で施設を建設・運営したり、行政が施設を建設して指定民間事業者が運営したりする事業モデルはありました。しかし、「FLAT HACHINOHE」は民設民営でありつつも、行政が施設利用料を支払い、市民に還元するという新たな官民連携モデルを確立したのです。こうしたスキームが成立した背景について、田鎖さんはこう話します。

「八戸市が年間1億円もの施設使用料を負担するには、市民の皆さまにご理解いただき、議会で承認を得る必要があります。必ずしも、最初からもろ手を挙げて賛成というわけではありませんでしたが、氷都としての文化や歴史があったからこそ、最終的にご賛同いただけたのだと思います」

クロススポーツマーケティング側も、“プロスポーツ専用アリーナ”ではなく“みんなのアリーナ”を造りたいという思いがありました。クロススポーツマーケティング代表取締役社長の中村考昭さんは次のように話します。

クロススポーツマーケティング株式会社 代表取締役社長 中村考昭さん

「私たちがめざしたのは、『東北フリーブレイズ』のホームリンクとして、そして国際大会や大型イベントの会場としての要件は押さえながらも、多目的に利用できるアリーナです。そもそも八戸市は、幼稚園児からお年寄りまで氷のスポーツに親しんでいる地域です。プロ専用ではなく、一般の方々やアマチュア大会にも活用できる施設の方が地域の方にとっても有益だと考えました」

その言葉通り、「FLAT HACHINOHE」の活用シーンは、個人でのアイスリンク滑走、アイスホッケーチームやフィギュアスケート教室による団体貸し切り、大会やイベント興行などさまざま。通年型アイスリンクではありますが、移動式断熱フロアを使用することでバスケットボールなどの試合、音楽コンサート、コンベンションにも利用できます。多目的に使えるよう、館内にはさまざまな工夫も施されています。

移動式断熱フロアをアイスリンクに敷き詰めると、氷上スポーツ以外の用途に使用可能に

目的に応じてさまざまな使い方ができる客席上方のVIPエリア

「一般的なアリーナでは大型ビジョン、音響システム、照明を操作するには、複数のエンジニアが必要です。しかし、『FLAT HACHINOHE』ではタブレット一つで操作できるので、誰でも簡単に演出を施せます。また、客席を増減できたり、ロッカールームやシャワールームへの動線を変えられたりと可変性の高い構造にし、イベントの規模や用途に応じて幅広く対応できるようにしています」と中村さん。

ビジョンや照明、音響などの演出はタブレット一つで操作が可能

その背景には、地域の持続可能性に対する思いがありました。

「もちろん、フルスペックの豪華なアリーナを持てればそれに越したことはありません。ですが、予算を注ぎ込めば利用料も跳ね上がります。地域との共生、持続可能性を考えると、設備の工夫や使い分けによって多目的に使えるほうがいい。『FLAT HACHINOHE』という名称にも、市民の皆さんがフラットに利用できる共生・共有型アリーナにしたいという思いを込めています。運営においても、短期的な売上を追い求めるのではなく、次世代の方々にも長く愛されるよう、時間をかけて地域に溶け込んでいけたらと思っています」

定期的にイベントを開催し、地域住民が気軽に立ち寄れる場に

2020年4月、「FLAT HACHINOHE」は晴れてオープンの日を迎えました。コロナ禍だったため、開業当初は厳しい状況でしたが、その後は羽生結弦さんや浅田真央さんのアイスショーといった大型イベントの開催、学校体育や地域行事での活用まで、幅広く利用されています。

市民に開放している一般滑走では、八戸市が借り上げている利用枠と比べ、クロススポーツマーケティングが提供する枠は大人料金の場合だと約700円高いという価格差があります。ですが、クロススポーツマーケティングの社員であり、館長を務める木村将司さんはその差を埋めるための努力を惜しみません。

「FLAT HACHINOHE」館長 木村将司さん

「クロススポーツマーケティングが提供する一般滑走枠では、アイスリンクに演出を施しています。照明を暗くして氷上に迷路を描いたり、プロジェクションマッピングを行ったりし、エンターテイメント性を高めることで差別化を図っています。最近では、スポンサー企業から資金援助を受け、小学校のスケート授業にも演出を取り入れる試みも行い、児童や先生方からとても好評です」

さらに、地域住民に気軽に立ち寄ってもらうため、地元の店舗が出店するマルシェやキッズ無料デーなどさまざまなイベントも実施。「これまでは不定期開催でしたが、今後は定期的にイベントを行い、地域の皆さまの認知度を高めていきたいです」と、木村さんは展望を語ります。

敷地内は開放されており、近隣の学校の生徒たちは建物の前の広場を通って登下校している

八戸市も、今回の取り組みを機に“スポーツを主体としたまちづくり”に力を入れているところです。「『FLAT HACHINOHE』を起点に駅西地区を活性化し、さらに八戸市全域の成長につなげたいと考えています」と田鎖さんも意欲を覗かせます。

東北新幹線八戸駅開業から21年目を迎え、ようやくにぎわいの灯がともり始めた八戸駅西地区。2024年には新たにトランポリンパークも開業予定で、「FLAT HACHINOHE」から生まれた灯はさらに広がっていきそうです。独自の官民連携モデルを確立し、全国の自治体から熱いまなざしを注がれる八戸市。記事後編では、「FLAT HACHINOHE」開業後のまちづくりについてレポートします。

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