人を中心にした“まちづくり”
ハードとソフトの両軸でにぎわいを生む、八戸市のまちづくり(後編)
2002年に東北新幹線八戸駅が開業したものの、長らく開発が進まなかった駅西地区。そんな中、開発の起爆剤となったのが2020年4月にオープンした多目的アイスアリーナ「FLAT HACHINOHE」でした(前編参照)。さらに、2024年には東北最大級のトランポリンパークを備えた複合商業施設「AILERON WEST VILLAGE(エルロン ウェスト ビレッジ)」も開業予定。八戸市も“スポーツを主体としたまちづくり”に力を入れ、駅西地区をさらに盛り上げるため、そして八戸市全体ににぎわいを波及させるため、地域住民を巻き込んで活動を行っています。記事後編では、「FLAT HACHINOHE」開業後の八戸駅西地区や、ハードとソフトの両軸で推進する八戸市のまちづくりについてお届けします。
目次
- 「挑戦者よ、後に続け」。地元企業が新施設を建設
- 集客力の高い施設×住民パワーで、八戸駅周辺ににぎわいを創出
- 多様な顔触れが集まった年に一度の「まちづくり全体会議」
- 行政・地元企業・地域住民がそれぞれ当事者意識持ってまちづくりに取り組む
「挑戦者よ、後に続け」。地元企業が新施設を建設
東北新幹線八戸駅の駅西地区では、1997年から土地区画整理事業が始まり、駅前広場や幹線道路など公共施設の整備が進んでいました。この事業により生じた約15,000㎡の保留地に、多目的アイスアリーナ「FLAT HACHINOHE」がオープンしたのは2020年4月のこと。クロススポーツマーケティング株式会社と関連会社が建設・運営を行い、八戸市が利用枠を借り上げて一般市民に解放するという先進的な官民連携モデルを採用し、注目を集めています。(前編参照)
こうして新たなアリーナが生まれたものの、八戸駅西地区にはまだ手つかずの広大な土地が残っていました。八戸市役所でまちづくりに携わる田鎖隆さんにとっても、それは大きな課題でした。
「土地区画整理事業によって地権者に割り当てられた『換地』をどうするかは、土地所有者の皆さま次第です。ですが、『保留地』として土地区画整理事業で確保した土地は、八戸市が売却しなければなりません。『FLAT HACHINOHE』完成後も購入者がなかなか決まらず、駅前は更地の状態でした」
そんな中、駅西地区の約3,400㎡の「換地」に、東北最大級のトランポリンパークを備えた複合商業施設「AILERON WEST VILLAGE」が誕生することに。この計画を立てたのは、八戸市内で発電プラントのメンテナンスを行う北辰工業株式会社。畑違いとも言える事業に乗り出した背景には、代表取締役社長である田島理成さんの熱い思いがありました。
田島さんは八戸市で生まれ、父親の跡を継いで北辰工業社長に就任。結婚して二人のお子さんに恵まれ、2015年に八戸駅西地区に新居を構えたそうです。
「当時はまだ『FLAT HACHINOHE』の建設も始まっていませんでしたが、市内の人口が減る中、駅西地区だけは住民数が増えていました。そこに可能性を感じ、直感でこの街に家を建てたんです。ですが、数年経っても駅西地区には一向に何もできない。ちょうど社内でも『市民に喜ばれるBtoC事業にチャレンジしたい』と模索していた時期だったので、『待っていてはダメだ、自分が動かないと』と思い、この場所にトランポリンパークを建設することに決めました」
田島さんの目標は「トランポリンパークを造ること」ではありません。「つくりたいのはワクワクする未来」だと語ります。
「この地で僕らが新たな挑戦をすれば、後に続く人たちが必ず出てきます。僕の役割は、次の挑戦者の背中を押すこと。駅前を貫くシンボルロードを滑走路に見立て、ここからいろいろな飛行機が飛び立ってほしいという願いを込めて、飛行機の補助翼を意味する『AILERON』と名付けました」
民間企業が主体となり、行政と共にまちづくりを促進する。そんなチャレンジができるのも、八戸という地方都市だからこそだと田島さんは話します。
「いきなり八戸市全体を活性化しようとしても、なかなか難しいですよね。ですが、細分化された地域の人たちがそれぞれの地元を盛り上げれば、必ずいい街に発展していくと思うんです。僕らが八戸駅西地区を盛り上げれば、『ウチも負けてはいられない』と他の地域も焚きつけられるはず。これから社会に出る若者も『この地域は今後面白くなるぞ』と思えば、市内にとどまります。今回のプロジェクトは、八戸市の今後に関わる試金石ですし、その責任も感じています」
「AILERON WEST VILLAGE」の開業は、2024年5月を予定。「FLAT HACHINOHE」に続く新たな一歩が、まもなく踏み出されようとしています。
集客力の高い施設×住民パワーで、八戸駅周辺ににぎわいを創出
八戸市もさらなるにぎわいの創出に向けて、大きく動き出しています。2018年度には駅西地区のまちづくりに関する計画を取りまとめ、地権者中心の「まちづくり準備協議会」、地域住民有志による「八戸駅西地区で盛り上がり隊」、学識経験者などが集まり、意見交換の場を設けることに。現在は八戸駅周辺一帯に活気をもたらすべく、広く意見やアイデアを募っています。「八戸駅西地区で盛り上がり隊」も「八戸駅かいわいで盛り上がり隊」へと改称し、活動範囲を広げました。
「八戸駅かいわいで盛り上がり隊」の活動をサポートする八戸市役所の田村澪さんは、メンバーの皆さんが活発に意見を交わす姿に驚きを感じたそうです。
「まちづくりは、ハードとソフトの両輪で行う必要があります。八戸駅西地区の土地区画整理事業でハード面を整えつつ、地域住民を巻き込んだソフト面の活動も必要だと考え、『盛り上がり隊』を募集しました。活動内容は、『FLAT HACHINOHE』周辺でのイベントの企画・実施。現在は月に一度定例会を開いていますが、毎回皆さんからのアイデアが飛び交っています。私の役割は、イベントの実現に向けてルールの確認・調整をすることで、例えばシンボルロードで歩行者天国をやりたいという案が出れば、道路管理者と調整して、イベントの実施者が可能な限り円滑な協議ができるようサポートしています」
多様な顔触れが集まった年に一度の「まちづくり全体会議」
2023年8月11日には、八戸駅周辺の今後について協議する「八戸駅周辺まちづくり全体会議」が開催されました。市の職員、まちづくりアドバイザー、「八戸駅かいわいで盛り上がり隊」、「まちづくり準備協議会」、北辰工業、市議会議員、大学教授、地域の学校の校長先生、「東北フリーブレイズ」選手、「八戸せんべい汁研究所」事務局長、高校時代から参画してきた大学生など、30名以上の多様な顔触れがそろい、今後のまちづくりについてプレゼンテーションや意見交換を行いました。
会議では、まず八戸駅周辺のまちづくりについて市から状況報告があり、続いてまちづくりアドバイザーの二人によるミニ講演が実施されました。柏の葉アーバンデザインセンター 副センター長の三牧浩也さんからつくばエクスプレス・柏の葉キャンパス駅周辺のまちづくり事例について、まちなか広場研究所主宰/マチニワアドバイザーの山下裕子さんからは鳥取県皆生温泉の事例について紹介がありました。桜の植樹や屋台街の設置など、八戸駅周辺でも参考になりそうな取り組みが多く、参加者からは質問が投げ掛けられていました。
続いて、「八戸駅かいわいで盛り上がり隊」から活動報告、そして2023年9月30日に実施する「八戸フェスティバル」について紹介がありました。このイベントでは、駅西地区でヨガや盆踊り、地域の児童・生徒たちの発表、キッチンカー出店などを行う他、JR八戸駅による駅弁販売も実施予定。八戸市の「地域の底力」実践プロジェクト促進事業にも採択され、駅西地区にさらなる活気をもたらすことが期待されています。
さらに、北辰工業の田島尚幸さんからは、「AILERON WEST VILLAGE」の現状、館内に設置するトランポリンや遊具に関する現状報告も。その後も意見交換、参加者からの挨拶があり、2時間に及ぶ会議は幕を閉じました。
行政・地元企業・地域住民がそれぞれ当事者意識持ってまちづくりに取り組む
「八戸駅かいわいで盛り上がり隊」を代表してプレゼンテーションを行った中心メンバーの箱崎真也さんと彩英子さん夫妻は、2017年に家族で八戸駅西地区に引っ越してきたそう。ワクワクすることが大好きな彩英子さんが「盛り上がり隊」募集の告知を見つけ、参加を決めたとのことです。これまで「FLAT HACHINOHE」でラジオ体操、ヨガなどを実施し、彩英子さんはラジオ体操指導者の資格まで取得したほどの熱の入れよう。真也さんは、まちづくり活動は「楽しみながら参加することが大事」だと話します。
「私たちにとって、まちづくりはビジネスではありません。だからこそ、参加メンバーが楽しくワクワクしなければ活動が続かないと思っています。もう一つ大事なのは、巻き込む方々にもメリットがあること。例えば、『東北フリーブレイズ』にイベントに参加していただくにも、ネームバリューをただ借りるだけでは彼らに何のメリットもありません。企画を考える時には、お互いがWin-Winの関係になれるよう意識しています」
今後のまちづくりについては、彩英子さんが次のような展望を語ります。
「八戸駅周辺には、駅を挟んで東西に小学校があります。卒業後はどちらの生徒も駅西地区にある中学に入りますが、小学生のうちは保護者の同伴なしでは学区外に出られません。つまり、駅東地区の小学生は、駅西地区の『FLAT HACHINOHE』に子どもだけで遊びに来ることができないんです。そのため、今は東西の小学生が一緒に楽しめる活動ができないかなと考えているところ。出張ラジオ体操を行ったり、東地区の方々にもまちづくり会議に出席してもらったりすれば、八戸駅周辺がもっと活気づくのではないかと思います」
地域住民に支えられ、着々と前進している八戸市のまちづくり。八戸駅西地区に残された保留地の売却先を見つけることが喫緊の課題ではあるものの、田鎖さんや田村さんはさらなる未来を見据えています。
「何もなかった駅西地区に『FLAT HACHINOHE』ができ、来年『AILERON WEST VILLAGE』が完成すれば、街はさらに活気づくでしょう。住民の皆さんも熱心にまちづくりに取り組んでいらっしゃり、明るい未来しか見えません」(田村さん)
行政だけでなく、地元企業や地域住民も当事者意識を強く持ち、ここ数年で大きなにぎわいを生み出した八戸駅周辺エリア。今後どのように発展していくのか、この地域から目が離せません。