人を中心にした“まちづくり”

音の力でまちの魅力を伝える〜ヤマハ おとまち〜

ヤマハが2009年にスタートした「音楽によるまちづくり(おとまち)」事業。現在は、全国の自治体や企業といったクライアントとともに地域の課題を共有し、公共ホールなど地域の資源を活用しながら、市民を巻き込んだ音楽によるコミュニケーションプログラムの開発をサポートしています。15年間にわたる取り組みの軌跡とその成果、各自治体や企業との連携などについて、株式会社ヤマハミュージックジャパン サービス事業戦略部音楽振興サービス課の増井純子さんにお話を伺いました。
(取材時期:2025年2月)

目次

「街中にもっと音楽を溢れさせていい」という発想

音楽を通じて地域活性化やコミュニティづくりをサポートする、ヤマハの「おとまち」事業。事業が本格的にスタートしたのは2009年ですが、ヤマハはそれ以前から、音楽をベースにさまざまな取り組みを行ってきたそうです。その足跡について、株式会社ヤマハミュージックジャパン サービス事業戦略部 音楽振興サービス課の増井純子さんは次のように振り返ります。

「日本ではバブル経済の後押しによって、全国的に公共ホールの建設が進みました。ヤマハはそれらホールの設計を行うほか、楽器や音響機器などの設備を手配したり、コンテンツの企画をしたりするなど、制作運営全般に携わってきたのです。しかし、当時のホールの稼働は土日がメイン。平日の昼間はほとんど利用されないという課題を抱える中で、より多くの方に足を運んでいただくために企画したのが、いまや当たり前となった観客参加型のコンサートや、市民バンドのステージでした」

ホールがアマチュアに開かれ、良質なステージも次々と生まれる中で、次に浮上したのは「音楽が閉ざされた空間でしか楽しまれていない」という課題だったと増井さんは話します。

「どんなにいい音楽が鳴り響いていても、ホールの扉を開かなければ、その音楽は外の人の耳に届くことはありません。街中にもっと音楽を溢れさせていいのではないかという発想から、屋外でのイベントやワークショップを開催するようになり、さらに音楽祭の立ち上げや、市民参加型のビッグバンドなど、コミュニティの形成にもつながっていきました」

“演奏する楽しみ”を分かち合うさまざまなプロジェクト

おとまち事業を通じて、さまざまな人と出会う中で、増井さんが気づいたのは「音楽を始めたいと思っている人が実はたくさんいる」ことだったと言います。

「音楽に憧れているものの、音楽教室に対してハードルの高さを感じていたり、仕事の忙しさを理由に始めることを後回しにしたりしている方が少なくありません。また、学生時代に部活やサークルで楽器に触れていたけれど、社会人になって辞めてしまい、再開のきっかけをつかめずにいる方もいらっしゃいます。おとまちを通して、そういう方々の背中をポンと一押しすることも、私たちの役割の一つだと考えるようになりました」

例えば、「ブラス・ジャンボリー」は、“演奏する楽しみ”を原点に、管楽器や打楽器愛好者が大合奏を楽しめる1日限りのイベント。プロによる合奏のコーディネートのもと、趣味として楽器演奏を始めたものの合奏の機会に恵まれない人や、しばらく楽器演奏から離れていた人でも、合奏を楽しめる貴重な場となっています。

「ブラス・ジャンボリーは、北から南まで全国各地で開催されていて、10代から80代まで幅広い年代の参加者が集まります。ブラス・ジャンボリーを目的に、津々浦々、演奏に出かける方もいらっしゃいますね。今年の3月には、神奈川県川崎市の市制100周年を記念して、『みんなのかわさき大合奏 ブラス・ジャンボリーinかわさき』というイベントが開催され合奏を行いました」

おとまちでは、2009年のスタート当初から「アンサンブル」を大事にしてきたといいます。その日初めて会った人同士でも、合奏することでお互いを知れたり、演奏について相談し合えたりするなど、深いコミュニケーションが生まれる……。ブラス・ジャンボリーでも、そんな“音楽の力”を目の当たりにする機会が度々あると、増井さんは笑顔で語ります。

「音楽をやっている人は仲間だという意識が参加者全員にあり、改まって自己紹介をしなくても、自然と会話が成立していくんです。1人で参加したけれど、1人ぼっちではなかったというお声もよく耳にしますね。音楽には、そんな風に、人と人がつながるスピードを速める力があると思うのです」

増井さんが携わったプロジェクトの中には、今やヤマハの手を離れ、独立で運営されているものもあるそう。その1つが、多摩六都を中心に活動している「ノーザンシックス・ビッグバンド」です。

「市町村合併によって西東京市が誕生する時に、文化事業の一環として、ビッグバンド養成講座を開催しました。この講座の修了生が母体となり、1999年に結成されたのがノーザンシックス・ビッグバンドです。メンバーを入れ替えながら、今年で27年目。毎年、定期演奏会を無料で開催していますが、超満員で入れないほどの人気ぶりです。まさに、事実は小説より奇なり。音楽を通じてこんなことが起こったらいい、ということが実現した代表例ですね」

地域の課題を深掘りし、持続的なコミュニティを育むために

現在のおとまちの顧客は、全国の自治体や企業が中心。それらの自治体や企業は、地域の活性化のために、にぎわいの創出や持続的なコミュニティの形成などを求めています。

「コロナ以降は特に、にぎわいの創出とコミュニティの育成が大きな課題となっています。おとまちでは“コミュニティの再構築”をめざし、音楽が持つさまざまな要素を活用して、人々を再びつなげることをテーマに取り組みを進めています」

2021年には、福井県と地域の活性化と交流人口の拡大を目的とした連携協定を結び、「おとまち@福井」をスタート。プロジェクトの旗振り役として、現地に3年間赴任した株式会社ヤマハミュージックジャパン サービス事業戦略部 音楽振興サービス課の上川重男さんは、これまでの歩みを次のように語ります。

「福井県に暮らす方々にとって、音楽をより身近なものにしていくために、まずは各市町や団体で楽器やジャンルを決め、音楽サークル部員を募集するところからスタートしました。かつて音楽に夢中だった人、楽器に初めて触れる人……参加者の誰もが音楽を楽しめるように、私たちは楽器のレンタルや譜面のアレンジ、講師の紹介など、ヤマハならではのノウハウとリソースでバックアップを実施。その結果、おとまち@福井では、7市町で誰もが参加できる音楽サークルが誕生しました」

おとまちには全国の自治体や企業から、「市民参加型のイベントを開きたい」「ホールの活用方法を考えたい」といった声をはじめ、さまざまな相談が寄せられるそうです。自治体や企業の課題を深掘りし、それを解決するためにどのような価値提供ができるかを明確にして、成果と改善点を振り返り取り組みを持続させていくことが、本当の意味での“音楽によるまちづくり”につながっていくのだと増井さんはいいます。

「おとまち事業では、音楽を通じて人々の心を揺さぶり、各地域の魅力を最大限に引き出すことをビジョンに据えています。しかし、市民一人ひとりが主体者になっていかなければ、活動は継続していかないと、私たちは考えています」

「おとまち@福井は今年で4年目を迎え、各サークルが自分たちで活動を運営する方向へと舵を切り始めています。楽器を揃え、毎週練習するグループが出てきたことで、公共ホールの稼働率が増えるなど、ポジティブな変化も生まれていますね。このように、市民の皆さんがボトムアップで自分たちの音楽活動の輪を広げ始めたことは、非常に大きな成果だと感じています」

音楽には、人と人とをつなぐ力があります。音楽が持つこのシンプルで大きな力は、世代を超えた交流を育み、やがてコミュニティ再生や、地域のブランド価値向上などポジティブな変化も生み出していくでしょう。音楽を通じて地域に寄り添い、そこに住まう人々の暮らしを明るく照らすおとまちの取り組みはまだまだ続きます。