人を中心にした“まちづくり”

「幸せ人口1000万」をめざして、県民の幸福度を見える化。富山県ウェルビーイング指標が示す新たなまちづくりの方向性

「幸せ人口1000万~ウェルビーイング先進地域、富山~」というビジョンを掲げ、2022年2月に「富山県成長戦略」を策定した富山県。人口減少や新型コロナウイルス感染拡大による経済情勢の悪化などの課題に立ち向かうべく、「県民のウェルビーイング向上」を中心に据え、打ち出した戦略です。

ウェルビーイングとは、持続的な幸せの実感を表す言葉。2023年1月には、目に見えにくい「幸せ」を測るために、独自の指標「富山県ウェルビーイング指標」も公表しました。県民一人ひとりがどんなことで幸せを感じているのかを知り、それを事業に落とし込もうとしているのです。

SSPPの活動の1つ「SUGATAMI」と志を同じくした、富山県の取り組みについて、成長戦略室ウェルビーイング推進課長の牧山貴英氏、知事政策局長の三牧純一郎氏*、さらに県知事の新田八朗氏にお話を伺いました。

*三牧純一郎氏は、経済産業省に異動のため2023年3月末で退任されました。

目次

人が集まり、イノベーションが生まれるまちをめざして

成長戦略室ウェルビーイング推進課長の牧山貴英氏

県民の幸福度が高く、全国の幸福度ランキングでは常に上位にランクインしている富山県。その一方で、ピーク時の1998年には112万人を超えていた人口が、2022年には約101万人に減少している、といった課題も抱えています。

「人口減少は自然減の影響が大きいですが、社会動態で言うと、若い世代、特に女性の県外転出が増加しています。これは県としての持続性に黄色信号が灯り始めているとも言えるでしょう」。こう話すのは、成長戦略室ウェルビーイング推進課長の牧山貴英氏。こうした状況を打破しようと2020年に就任した新田八朗知事が打ち出したのが、次の6つの柱で構成された富山県成長戦略です。

  1. ウェルビーイング戦略
  2. まちづくり戦略
  3. ブランディング戦略
  4. 新産業戦略
  5. スタートアップ支援戦略
  6. 県庁オープン化戦略

ウェルビーイングの概念は、6つの戦略に共通して用いられています。「県内で暮らす人々のウェルビーイングが向上し、そこに魅力を感じて県外から多くの人が関係人口として富山に集まり、交流が活性化してくれたら。人口約100万人の県が『幸せ人口1000万』とうたっているのはそういう意味です。県民と関係人口の交流の中からイノベーションが起こって、新たな産業が生まれたり、経済成長が促されたりすることで、県民のウェルビーイングがさらに向上する。そんな好循環をめざしています」と、牧山課長は成長戦略にウェルビーイングが盛り込まれている理由を語ります。

県民のウェルビーイングの向上をめざすには、現在の状況を知らなくてはなりません。そこで2022年に実施したのが、「県民意識調査」です。性別、年代、家族構成、住んでいるエリアの環境、職業と年収、ペットを飼っているかなどの基本的な属性、そして、ウェルビーイングに関する県民の実感(心身の健康、経済的なゆとり、生きがい、自分らしさ、人とのつながり、将来への希望等)など、およそ100問もの質問を5,000人の県民に投げかけ、2,754人から回答を得ました。

意識調査の内容について、牧山課長は「人の幸せは定量的に把握するのは難しいと言われていましたが、近年は研究が進み、幸せを感じる要素が明らかになってきています。そのような要素を念頭に置き、意識調査には関連のありそうな事がらを網羅的に盛り込みました」と語ります。

年代に偏りが出ないよう、調査票の送り方にも工夫をし、10代、20代、30代……と、各年代からサンプルをバランスよく得ることができたそう。専門家の助言も得ながら、調査回答を分析し、体系的にまとめ上げ、独自のウェルビーイング指標を策定。県民のウェルビーイングをデータによって可視化し、政策に活かしていく体制を整えました。

新田知事は、県独自のウェルビーイング指標策定について、「『政策を進める上で、GDPを代表とする量の指標は必要条件だが、果たして必要十分だろうか?』との思いのもと、客観的な指標だけでなく、主観的な指標を政策に取り入れていこうと大きく舵を切ることにした」と語ります。

県民一人ひとりの解像度を上げ、多様性に寛容な県に

県民意識調査を経て策定された富山県独自のウェルビーイング指標は、富山県という土壌に咲いた1輪の花のビジュアルでも表現されています。この指標は、一人ひとりのウェルビーイングを構成する次の10指標で構成されています。

【なないろ指標(分野別指標)】

  1. 心身の健康実感
  2. 経済的なゆとり実感
  3. 安心・心の余裕実感
  4. 自分らしさ実感
  5. 自分時間の充実実感
  6. 生きがい・希望実感
  7. 思いやり実感

【つながり指標】

  1. 家族、友人、職場・学校等、地域、富山県とのつながり実感

【総合指標】

  1. 総合実感(過去・現在・未来)
  2. 生活の調和とバランス実感

同じ年代・性別でも、その人がどう感じているかによって、全く異なる花の形ができあがります。牧山課長は、このようにウェルビーイング指標から浮き上がってくる県民一人ひとりの暮らしぶりや幸せの実感を目の当たりにして、「われわれはこれまで県民を漠然と捉え、ステレオタイプ化してきたのではないか、と気づきました。指標を用いることで、県民一人ひとりの解像度が高くなりました」と話します。

高齢者とひと口に言っても、住んでいる地域の環境や、同居家族の有無などによって抱える課題は違います。そう考えると、一律の高齢者支援施策を講じても、その恩恵を受ける人はほんの一部かもしれません。また、子育て世代でも近くに親族などの頼れる人が住んでいるかなどによって、必要なケアが異なります。

「子どもの具合が悪くなった時に、頼れる先のない方々のニーズをちゃんと切り出して、ケアできていただろうかなど、これまでの施策を顧みる機会になりました」と、牧山課長は多様な県民のニーズにどう対応していくべきかという、これまでになかった視座を得たと語ります。

県民に分かりやすく、感覚的に受け入れられるようにと、指標それぞれに「そくさい(健康・元気という意味)」「ぴんぴん」といった富山弁やオノマトペを使用

とはいえ、人々の個別の課題に目を向けて政策を検討することは、自治体が頭を悩ませる種が増えることとイコールであるとも考えられます。県民を年齢や性別、年収など分かりやすい指標で一括りにして行政サービスを提供する方が、楽だからです。しかし、富山県はあえてそこにチャレンジをする。その意義を、牧山課長はこのように語ります。

「選ばれる県になるためには、多様性に対する理解があり、一人ひとりが自分らしく、いきいきと生きることのできる環境づくりが必要です。それに、産業においてイノベーションを起こすには多様な視点が欠かせません。これからの富山県には、多様性への寛容さがなくてはならないのです」

客観指標だけではなく、主観指標を用いて政策を検討

第19回地域創生委員会での三牧局長による講演の様子

実際に政策へ活かすことで初めて、ウェルビーイング指標は本来の役割を果たします。これまでは政策を検討する基準として主に「客観指標」が用いられてきました。客観指標とは、例えば、人口や県民所得などの統計や、道路の総延長、イベントを実施した回数、設備を増やした数など客観的な数値で示されるもの。

しかし、この数値をクリアするだけで、県民の幸せを向上させるのは難しいと牧山課長は語ります。そこで富山県では従来の客観指標に、主観に基づくウェルビーイング指標を加えて政策に活かそうとしています。

3月27日に地元の経営者ら約70名が集まって開かれた、富山経済同友会第19回地域創生委員会に講師の1人として招かれた、富山県知事政策局長の三牧純一郎氏は、講演の中で2023年度にウェルビーイング指標の活用を試行する30事業を選定したと話しました。

「指標を公表したのが今年の1月でしたから、次年度の予算に盛り込むことは厳しい状況でした。しかしまずは走り出して、課題が出ればブラッシュアップして改善するというスタンスでやろうと、民間出身の新田知事らしい意向で30事業を試験的にスタートさせることにしました」と三牧局長。具体的には、私立高等学校授業料減免補助金(1億4,058万円)、未来のDX人材育成事業(1,300万円)、元気高齢者による介護助手マッチング支援事業(640万円)、男性の育児休業取得緊急促進事業(2,540万円)など。10指標でバランスよく事業を展開していく計画です。

また、三牧局長、牧山課長がともに、ウェルビーイング指標の導入で変えていきたいと語るのが、県職員の意識や縦割りによる政策実行です。「市区町村などの基礎自治体と比べて、県庁は職員と県民との距離が遠かった。ウェルビーイング指標によって明らかになる細かな課題を解決するには、当事者の声を聞く必要があるため、県庁職員が現場へ足を運んで主体的に物事を考えるきっかけになるでしょう。また、これまでは県庁起点で各課が政策を展開してきましたが、県民の課題ありきとなると、課を横断して解決にあたる体制に変えざるを得ません。県政のリソースを効果的に配分して、フル活用していきたいと思います」と三牧局長は今後の展望を述べました。

富山県知事政策局長の三牧純一郎氏

住民主体のまちづくりには、想いの可視化が欠かせない

県民のウェルビーイングへの認知向上をめざしてSNSを活用した取り組みも

三牧局長が招かれた第19回地域創生委員会には、NTTでSSPPファウンダー&シニアディレクターを務める松村若菜氏も講師として参加。SSPPの成り立ちやアクション、ウェルビーイングを軸にまちの豊かさを可視化する「SUGATAMI」などについて説明しました。さまざまな指標から都市機能を割り出し、住民へのアンケートによって、満足度や幸福度を可視化してまちづくりに活かす「SUGATAMI」は、富山県のウェルビーイング指標の取り組みとも合致する部分が多いもの。三牧局長の講演を受けて、松村氏は次の4点が共通点だと語りました。

「1つ目は、われわれがSSPPを始めた理由と同じく、これからは地域と住民を主役としたサステナブルでウェルビーイングなまちづくりが重要だと考えておられる点。2つ目は、政策が本当に市民の幸福につながっているのかを検証しようとされている点。3つ目は、個別分野の課題解決だけでなく、地域に対して全体最適化することが必要だと考えておられる点。最後に、指標を住民が自らまちづくりを考えるきっかけにしようとされている点。データを政策に落とし込むだけではなく、幸せや暮らし方、地域との向き合い方などを見直すツールとして広く活用することが、本当の意味での住民主体のまちづくりにつながると思います」

NTTでは、まちづくりを担う人材の育成にも力を入れており、それについて三牧局長から質問も。さまざまな意見が交わされ、今後NTTと富山県それぞれの知見を持ち寄って、協力体制を築いていこうと話し合いました。

富山県知事の新田八朗氏

県独自のウェルビーイング施策について新田知事に伺ったところ、2023年3月末に発表した、関係人口の推計値は約350万人に達し、目標に掲げる「幸せ人口1000万」への手ごたえを感じ始めているとのこと。「豊かな自然、立地の良さ、盛んな農業や漁業、多くの歴史遺産、江戸時代の薬産業から発展して生まれたさまざまな産業など、富山県にはたくさんの魅力があふれています。これらをしっかりとアピールし、ブランド力を高めてこれからもっともっと、幸せ人口を増やしていきます」と語る新田知事。

2023年2月に開催した、ウェルビーイング施策について国内外の識者から意見や助言を求める会議『ウェルビーイング富山セッション』では、オックスフォード大学、OECD(経済協力開発機構)をはじめとする海外の専門家などから、非常に先進的な取り組みであると評価されたそう。「行政として前例のない取り組みですし、道半ばですが、試行錯誤しながら少しずつでも県民の声をダイレクトに政策へ反映していきたいと考えています」と新田知事は今後の意気込みを熱く語りました。

県民の幸せを起点としたまちづくり施策が、どのようにまちを変え、人を変えていくのか。ウェルビーイング先進地域、富山県の今後の取り組みから、目が離せません。