人を中心にした“まちづくり”

広島市皆賀・ミナガルテン。「ともにつくりあう」まちづくり

広島市中心部から車で約15分の住宅街、佐伯区皆賀に、全国から人が訪れる場所があります。園芸資材倉庫だった建物に、ベーカリー&カフェ、複数のメンバーが運営するシェア型のカフェスタンドやサロン、本屋さんなどが集まる「ミナガルテン」。「人と暮らしのウェルビーイング」をテーマに、地域の人たちが共同運営する次世代型コミュニティです。

ミナガルテン代表の谷口千春さんは、実家が営んでいた園芸用品卸売業の跡地をリノベーションし、2020年10月、佐伯区皆賀のまちづくりプロジェクトとしてこの場所を立ち上げました。ミナガルテンの取り組みを通して、新しいまちづくりのあり方、谷口さんが描く広島のまちづくりビジョンをご紹介します。

目次

働く人、訪れる人みんなでウェルビーイングを探求・実践する場

佐伯区皆賀は、1970年以降、広島市のベッドタウンとして発展した地域です。ミナガルテンがある場所にはもともと、谷口さんの祖父が50年前に創業した園芸卸売事業の「真屋農園(しんやのうえん)」がありました。30年前に谷口さんの父親が事業を継いでいましたが、2017年に閉業。温室や倉庫が建つ3000平米の広大な跡地が残され、その対応を担うことになったのが長女の谷口千春さんでした。谷口さんは2500平米を宅地化し、残った倉庫を再生することに。「土地の記憶を引き継ぎ、希望ある未来につなげる場所にしたい」との思いからです。掲げたコンセプトは「人と暮らしのウェルビーイング」。谷口さんはその意図を次のように話します。

「ウェルビーイングとは、心と身体、人とのつながり、すべてが良い状態にあること。まずは、私自身がそう生きたいと思ったのです」

高校卒業後は県外の大学に進学、東京で就職し、ハードに働く日々を送っていた谷口さん。実は長い間、心身のバランスを崩し、苦しんでいたそうです。

ミナガルテン代表の谷口千春さん

「自分を正しく理解できていなかったために、こうあるべきと思う自分と現実に大きなギャップがあり、いつも生きづらさを感じていました。ついには心身を損ね、身動きとれない状態になってしまったのです。そこへ突然の家業の閉業が重なり、大変な状況ではありましたが、これからは自分らしく生きていこうと思えるきっかけになりました」

ウェルビーイングとはどういうことか。どうすれば叶うのか。ミナガルテンは、仲間と一緒にウェルビーイングな生き方を探求・実践する場なのだといいます。

そしてオープンから3年。ミナガルテンは1日平均150人、年間5万人が全国から訪れる人気スポットに。「中心部から離れた住宅街にあり、目的がなければ来てもらえない場所」で、ミナガルテンはその価値をどのようにつくりだしているのでしょうか?

互いの個性を活かし合い、コミュニティの価値を高める

セラピストやバリスタ、クリエイター、毎月定期開催するマルシェの出店者など、さまざまな個人や企業、団体が活動するミナガルテンは、商業施設であるとともに、地域の人たちの活躍の場となっています。施設オーナーである谷口さんが大切にしているのは、地域の人たちがミナガルテンに関わることによって、なりたい自分を叶えることなのだといいます。

「ここで出会うのは、すでに事業が確立している人ばかりではなく、たとえば資格は取ったけど経験がない、何かやってみたいけど、どうすればいいかわからないという人も少なくありません。そんなときは、私が企画ディレクションしたり、ニーズがマッチする人とつないだりと、やりたいことを形にできるようにサポートしています。誰にも、個性や得意なこと、興味のあることなど、活かせるものが必ずあるので、それを掘り当て、ミナガルテンとの接点を見つけ出し、形にしていくんです。料金設定などのシステムも人に合わせて柔軟に対応し、やりたい・なりたいを叶えられる環境を整えるようにしています」

そしてもう1つ、谷口さんが大切にしているのは、お互いに支援しあうこと。たとえば、本屋さんの店番をしている人が「今日のカフェスタンドのバリスタはラテが得意なの。とってもおいしいから、ぜひ飲んでいってね」と本屋のお客さんにおすすめしたり、ベーカリースタッフがパンを買うお客さんに「3階にもお店があるので、良かったらのぞいてみてくださいね」と声をかけたり。ミナガルテンでは「お互いにお客さんを送り合う」ことが日常的に行われています。駆け出しのメンバーをみんなで応援することもあり、飲食業未経験のメンバーがモーニング事業を始めたときは、ご近所さんをモーニングに誘導すべく、ミナガルテンをあげて「ミナガルテンの朝活」をプロモーションしたそう。

「みんなが自分にできること、やりたいことを少しずつ持ち寄れば、ひとりではできないことができる。みんなが与え合うほどミナガルテンは豊かになり、それをみんなでわけあえば、みんなも豊かになります。今のミナガルテンを見ていると、そう実感するんです」(谷口さん)

そんなミナガルテンのスタッフとして、施設の企画運営全般を任されているのが坂光夏海(さかみつ なつみ)さん。どんな思いで働いているのでしょうか?

ミナガルテンスタッフの坂光夏海さん

「一番に心がけているのは、自分自身がウェルビーイングでいること。自分が豊かな気持ちでいられたら、お客さんや一緒に働く人たちにも笑顔で接することができますから。とはいえやっぱり、人と関わるとなれば、意見がぶつかることやイライラしてしまうこともありますが(笑)、そんなときミナガルテンでは、この状況をもっと良くするにはどうすればいいか、一緒に考えることができるんです。みんなでウェルビーイングになっていけること、ウェルビーイングな人を1人でも増やしていくことに、やりがいを感じています」

つながりを生む地域の交流拠点として

ミナガルテンは、住宅街に建つ温室のような鉄骨3階建ての建物。1階から3階に、ベーカリー&カフェや日替わりのバリスタがコーヒーを淹れるカフェスタンド、広島の個人書店などが営むシェア型本屋、プライベートサロン、アンティークショップが入り、他にも毎月マルシェが開催されるなど、まちに活気をもたらしています。シニアや若い人たち、一人客や愛犬連れなど、さまざまな人が集うなか、地域のつながりも育まれています。

「カフェスタンドに集まるコーヒー好き、マルシェの出店者とその馴染客など、お店ごとにコミュニティが形成されて地域交流の場になっています。コミュニティ同士の連携もあり、サロンでベビーマッサージが行われる日は、地元お母さんグループの絵本屋さんが「初めての一冊を選書」するサービスを、和がテーマのマルシェ開催日には、カフェスタンドも和の食材を使った限定メニューを提供したり。つながればつながるほど心も満たされ、この場所がみんなにとって大切なものになり、持続性も高まるので、つながりはとても大事」(谷口さん)

ベーカリーのプロデュース事業を手がけ、ミナガルテンに初の自社店舗、ベーカリー&カフェ「コンパニオン・プランツ」を出店した佐藤一平さんは、ミナガルテンのようなコミュニティ施設に出店するメリットを次のように話します。

ベーカリー&カフェ「コンパニオン・プランツ」のオーナー佐藤一平さん

「店舗事業として大きいのは拡散効果。ミナガルテンにはコミュニティがたくさんあるので、自社だけでなく、たくさんの人がいろんなところでベーカリーやミナガルテンのことを発信してくれるんです。この店舗を見て、ベーカリーを開きたいと言っていただけることも多く、プロデュース事業にもプラスになっています。それも、他にはないつながりだったり、気持ちいい雰囲気だったり、みんなで一緒につくりあげているミナガルテンの魅力があるからこそ。自分たちだけではつくり出せない価値を出せていると感じています」

ミナガルテンでは日々、さまざまなワークショップやイベントも行われ、そこもまた、地域につながりを生む場となっています。取材した日も、県立広島大学主催・ミナガルテン企画による「高校生対象アントレプレナーシップ講座」が開催され、広島県内の高校生18名とミナガルテンの先輩起業家たち7名が交流しました。講座のテーマは、自分らしい生き方「ウェルビーイング」とひろしまの未来を考えるというもの。県立広島大学の先生は「ミナガルテンは地域の起業家が活躍し、県内でも人気の素敵なスポット。こんな場所で学んだら、高校生の心にきっと響くはず。これからの生き方のヒント、いつか広島のまちで自分も活躍するきっかけにしてほしい」と話します。

高校生に囲まれて講義をする谷口さん

講座は、自分を知るためのワークや、ミナガルテンの先輩起業家へのインタビューなどの参加型。サロン経営者やグラフィックデザイナーなど、さまざまな起業家との交流を通して、高校生は「みなさん、自分の得意や好きなことで起業されている。自分も好きなことで何かできるかもしれないと思えた」「起業は一人で頑張らなければいけないと思っていたけど、ここではお互いに支え合っていて、こんなやり方もあるんだと気づいた」など、自分らしい生き方を考えるきっかけを得たようです。

この日、初めて顔を合わせた高校生たちですが、帰る頃にはすっかり仲良しに。世代を超えた交流もあり「こんな若い人たちとふれあうチャンスをいただけて、私も楽しかったです」と、出版社経営者でシェア型本屋書店主の平木久恵さん。「50代で起業した経験と、雑誌発行にかける思いをお話しすることができました。この場を借りて一番に伝えたかったのは、自分が本当に大切だと思えるものを伝える精神。若い人たちの心に、少しでも残ってくれたらうれしいです」と笑顔で話してくれました。

高校生たちに起業と雑誌発行への想いを語る平木久恵さん

ともにつくりあう「平和文化」を瀬戸内全域に

谷口さんは2023年、官民が一体となって広島のまちづくりを推進する広島都心会議のプロジェクト「都市toデザイン」企画ディレクターをつとめるなど、広島のまちづくりにも活躍を広げています。その中で感じる課題を、次のように話してくれました。

「広島は戦後、原爆投下の壊滅的な被害から、強い行政主導のもとに復興を遂げてきた歴史的な背景があり、まちづくりにおいて今もどこか市民が置き去りにされ、市民もまた、権利を手放してしまっている側面があると感じています。戦後は強い主導も必要だったかもしれませんが、これからは、広島の人たちが自分たちでめざすまちをつくっていかなければ」

谷口さんが思い描くのは、広島の人たちがつながり、それぞれの地域の魅力を持ち寄り、みんなで「ともにつくりあう」まち。実現に向け、谷口さんは動き出しています。

「人口流出が進む広島ですが、実はここ2、3年、広島から一旦出た30代、40代の人たちが戻ってきて、地域を活性化する動きがあちこちで生まれているんです。そうした地域のプレイヤーが集まり、つながって、一緒に広島の魅力をつくりだしていく。いわば大きなミナガルテンのようなコミュニティの交流拠点を、2025年春に開業予定のJR広島駅・新駅ビルにつくる計画を推し進めています」

谷口さんはさらに、次のように続けます。ともにつくりあうとは、AかBかで対立したときに、AもBも内包する新たなCという価値をみんなでつくりだしていくこと。それこそが、これからの広島が体現していくべき平和文化なのだと。谷口さんがめざすのは、広島だけでなく、瀬戸内全域が「平和文化共創都市圏」となる未来。佐伯区皆賀の地から始め、より多くの仲間とつながりながら、ともに叶えようとしています。