人を中心にした“まちづくり”

大津の菓子文化の豊かさを未来へつなぐ。立命館大学の「菓都大津再興プロジェクト」

「大津の町には、京都と同じように素晴らしい菓子屋がある」。約300年前の書物に、そのような記述があるといいます。滋賀県大津市は昔から菓子文化が発展し、現在も住民に愛される菓子店が多数存在する街。その文化を再評価し、地域資源として伝えようという取り組みが立命館大学の「菓都大津再興プロジェクト」です。食マネジメント学部の鎌谷かおる准教授が中心となり、大津市歴史博物館などと産官学連携のプロジェクトとして進めています。地域に根付いている食文化を再評価し、改めて伝えるその意義と、同プロジェクトの成果発表展示「木型で誘う(いざなう)菓都大津」の模様をお届けします。

目次

なぜ、大津の菓子文化を伝えるプロジェクトが立ち上がったのか

食マネジメント学部が設置されている立命館大学びわこ・くさつキャンパス

「菓都大津再興プロジェクト」は、2022年5月にスタートしたプロジェクト。地域の課題解決に取り組む草の根型の研究を支援する、立命館大学の「グラスルーツ・イノベーションプログラム」のサポートのもと、プロジェクトを展開しています。プロジェクトの発起人となったのが、食マネジメント学部の鎌谷かおる准教授。歴史学を専門とする鎌谷准教授ですが、滋賀県大津市の菓子文化の歴史に着目したことが、プロジェクト立ち上げのきっかけだったそうです。

「今から約300年前、江戸時代に編纂された『近江輿地志略(おうみよちしりゃく)』を紐解くと、大津の町には京都と同じように素晴らしい菓子屋が複数あると記されています。また、日本の饅頭は京都が一番だと当時言われていたようですが、大津の菓子はそれに次ぐものだと賞賛する記述もあるのです」

立命館大学 食マネジメント学部 鎌谷かおる准教授

大津市で菓子文化が発展した理由はいくつか考えられますが、「大津が江戸と京都をつなぐ主要街道にあり、しかも京都のひとつ手前の宿場町だったことが大きい」と鎌谷准教授は説明します。人の往来が多い場所は自然と食文化も栄えるため、行き交う人向けに質の高い菓子が作られた歴史的な背景がそこにはあるようです。

「木型」を用いた図柄が特徴的な大津の和菓子。画像は「木型で誘う(いざなう)菓都大津」の展示会場にて砂粘土で制作したもの

加えて、大津に寺社仏閣が多かったことも理由のひとつ。祭礼や参拝で菓子や餅を奉納したり、参詣者にふるまったりする風習の影響も大きかったと考えられます。

そのような歴史を知る中で、鎌谷准教授の中にある課題意識が芽生えてきたといいます。それは、大津の豊かな菓子文化が現代の人に強く認識されていないこと。「長く受け継がれてきた大切な地域資源が埋もれていくのは寂しいことですし、将来的にはそれが担い手や文化継承の断絶を生む可能性もあります。そこで、大津の菓子文化の実態を具体的に調査し、次の世代につなげることを目的に始まったのが今回のプロジェクトです」と鎌谷准教授はプロジェクトの意義を説明してくれました。

加えて、外部への発信はもちろん、地元の方々にも大津市の菓子文化の貴重さを伝えることも重要なテーマだと続ける鎌谷准教授。地域に根付く豊かな文化が存在していたとしても、そこで暮らす当事者自身はごく当たり前のものとして受けとめているため、その価値を実感していないケースもあるからです。そんな時に、歴史を紐解くことの有効性があると鎌谷准教授は語ります。

「うちの地域のお菓子ってすごいんだな、明日買いに行ってみようかな、と地元の人々に思ってもらえたら本プロジェクトは成功と言えるかもしれません。そのためには、大津の和菓子をもっと食べましょうとか、菓子文化継承のために何かしましょう、とただ言うだけでは続かない。重要なのは『なぜ大津で菓子文化が発展したのか』というそもそもの理由の部分。そうした根本を学問的に押さえて発信することができれば、私たちの研究を社会に還元することにもつながると感じています」

地元の菓子店へのインタビュー調査を経てわかったこと

こうして始まった菓都大津再興プロジェクトでは「菓子文化への理解(菓子文化の基礎的調査)」「菓子文化の継承」「担い手の育成」という3つの軸を設定し、それに沿った活動を段階的に行っていきます。

1つ目の「菓子文化への理解(菓子文化の基礎的調査)」では市内菓子店へのインタビュー調査や、市内祭礼行事における祭礼食の調査、さらには各家庭の菓子作りを調べていきます。2つ目の「菓子文化の継承」では、上記の調査を踏まえて、市内で親しまれている菓子の作り方を写真・動画・レシピによって記録し、継承のための材料を蓄積。そして3つ目の「担い手の育成」では、大津の菓子文化を理解し、未来へ伝えていく担い手を育成することを目的とします。

2022年度は「菓子文化への理解」をメインにプロジェクトを展開し、大津市内の菓子店へのインタビューや祭礼行事の調査を実施。鎌谷准教授のほか、鎌谷研究室で研究補助を務める上田朋佳さん、食マネジメント研究科 博士課程前期課程の三浦加帆さんが中心となり、食マネジメント学部の学生たちもプロジェクトに参加しました。

鎌谷研究室で研究補助を務める上田朋佳さん

菓子店へのインタビュー調査では、1日の作業内容や菓子作りのこだわり、地域との関わり方などをリサーチ。上田さんは、「お店の方々が想像以上のこだわりや思いを持って菓子作りに取り組まれていることがわかった」と振り返ります。

「最初は『ウチの店は特にこだわりなんてないよ』とおっしゃる方が多いのですが、いざ深堀りして聞き出すと、たくさんの工夫が出てきました。お店の方が当たり前と思って発信してこなかったこだわりや思いがたくさん眠っていると感じましたし、それを伝える機会もやはり必要だと改めて思いました」

大学院生の三浦さんも、お店の調査に参加する中で「1つの菓子に各菓子店の考えやこだわりがふんだんに込められていることを実感した」と振り返ります。

食マネジメント研究科 博士課程前期課程 三浦加帆さん

「人の一生に寄り添う和菓子屋になりたいとおっしゃる方もいれば、地域の材料にこだわって菓子を作りたいという方、地元の風習を残すために菓子で貢献したいという方もいました。こういった作り手の思いは、実際にお話を伺って初めてわかったことでしたね」

食べ物を作るプロセスや、関わる人の思いを知ると、食べ物の味わいも変わる。それは菓子店の話を聞く中で、3人が共通して強く感じたことでした。

さらにこの調査から派生して、小豆の生産を行なっている菓子店の協力のもと、小豆収穫体験も実施。実際に収穫に参加した学生たちからは「収穫までの地道な行程がわかり、農家の方への感謝の気持ちが強まった」「自家栽培で採れる良い小豆だけを菓子に使うというこだわりに感動した」といった声が上がりました。

プロジェクトの成果発表として、企画展を開催

現時点でのプロジェクトの成果発表として、2022年12月1日〜16日に企画展「木型で誘う(いざなう)菓都大津」が立命館大学びわこ・くさつキャンパスで開催されました。

会場には、先述した収穫体験や大津市の菓子に関わる祭礼行事などの調査結果も展示。中でもとりわけ目を引いたのが、菓子を作る際に使う「木型」の展示です。展示に至った経緯として、「調査をする中で菓子店の所有する数々の木型を見せていただいたことがきっかけ」と上田さんは説明します。

会場で実際に展示されていた「木型」の数々

調査を行なった菓子店にはたくさんの木型があり、すでに使っていないものや季節的に使用していないものを100個ほどお借りし、その中から選定したものが展示されました。実際に一つひとつの木型を見ると、その模様に趣向が凝らされていることがわかります。たとえば同じ「桜」をモチーフにした木型でも、その描かれ方はさまざまであることが見て取れます。

同じ花を描いた木型でも、紋様などの細かな意匠に違いがある

数々の木型を実際に目にしてみると、大津の菓子文化や作り手のこだわりが雄弁に伝わってきます。鎌谷准教授は「大津の菓子にはいろいろな要素がありますが、今回は第一弾の企画展示となるので、若い人も楽しみやすく、エントリーしやすい木型を選びました」と、展示の意図を語ってくれました。

会場では木型を用いた砂粘土での菓子作り体験も

実際に木型の貸し出しにご協力してくれた菓子店からは「お店ではもう出番のない木型も多いので、この展示によってみなさんに『こういうもので菓子を作っていたんだ』と改めて知っていただけるのはうれしい」と、喜びの声も聞かれたようです。

プロジェクトのゴールを、あえて設定しない理由とは

菓都大津再興プロジェクトは産官学連携の取り組みとなっており、大津市歴史博物館や地域のまちづくり委員会と一緒に進めています。「大津市歴史博物館のバックアップがあることは、住民の方々の理解や賛同を得る上で非常にプラスになった」と鎌谷准教授は語ります。まちづくり委員会との連携については、今後、一般家庭で作る菓子を調査する際などに協力を行なっていくそうです。

まだ初期フェーズにある本プロジェクトですが、鎌谷准教授は「この取り組みによって大津の菓子文化を発信し、定着させることができれば、他の地域が地元の食文化を再考する際の良いモデルケースになるのでは」と、今後の期待を口にします。

「大津市は決して大きな町ではありませんが、良い意味で同じような規模感・課題を抱える地域の参考にもなりやすいのではないでしょうか。古くからの食文化が根付いている場所は日本各地にあります。菓都大津再興プロジェクトをわかりやすい事例として発信することで、『うちの地域にも魅力的な文化があるのでは』と考えていただくきっかけになるかもしれません」

そのような意味で今回のプロジェクトは、大津市に限らない「日本の食文化再興プロジェクト」として育っていく可能性を秘めているとも言えるでしょう。一方で、プロジェクトのゴールはあえて設定していないと鎌谷准教授は言います。そこには、研究者として地域と向き合う上で大切にしているスタンスが関係していました。

「地域のことを一番知っているのは、その地域で暮らす方々です。あくまで私は教えていただく立場であり、学ばせていただくことばかり。最初から自分でゴールは決められません。むしろ教えていただいた内容をもとに、軌道修正していくことが大切なのだと思います。地域に深く入り込むプロジェクトにおいては、一方的にゴールを描くより、地域の方々と一緒にゴールを考え、共感を得ながら進めていくに越したことはないと考えています」

大津の菓子文化を発信し、地域の人々に改めてその価値を認識してもらうこと。そして地域の人々の共感を得ながら、次世代に文化を継承していくこと。菓都大津再興プロジェクトには、地域の文化を歴史から見つめる意義、そして、地域と深く関わる上で大切な姿勢やヒントが詰まっているのではないでしょうか。