人を中心にした“まちづくり”

岡崎市立新香山中学校にて人体の理解を深めるべくデジタル技術を活用した授業を実施

GIGAスクール構想、STEAM教育など、教育のデジタル化が加速する昨今、日々の授業の中にもさまざまなテクノロジーが取り入れられ、学習効果を高めています。岡崎市立新香山中学校では、聴診器で拾った心臓音を振動としてリアルに再現するデジタルデバイスである「心臓ボックス」が、心臓の動きと人体について学ぶ理科の授業で活用されています。従来の授業では、心臓の動きは、聴診器で心音を聴いて聴覚で理解するものでしたが、心臓ボックスを使って鼓動を触覚として体感することが、同校がめざすオーセンティック教育(本物に触れることにより、理解や学びを深める教育)の実践に役立てられています。
(取材時期:2022年10月)

目次

Well-beingの基礎となる体験――「心臓ピクニック」とは

NTTコミュニケーション科学基礎研究所で触覚を通じたWell-beingに関する研究を行う渡邊 淳司氏は、「Well-beingな社会の実現は、多様な人同士が、互いにその存在を感じ、認め合うことから始まります。人と人とが関わり、結び付き、新しい物語を生み出すことによって、人々が生き生きと生きること、イコールWell-beingにつながっていくのです」と述べています。

渡邊氏らは2010年から、自身の心臓の鼓動を、触覚を通じて感じ合う体験型ワークショップ「心臓ピクニック」を行ってきました。「心臓ピクニック」では、心臓の動きをリアルな振動として再現する、「心臓ボックス」という装置を使用します。「心臓ボックス」とは、聴診器型のマイクと、振動スピーカーを内蔵した四角い箱です。心臓ボックスを片手に持ち、逆の手で聴診器を胸に当てると、その人の鼓動に合わせて心臓ボックスが振動します。生まれてからずっと、生命活動を支えるために休むことなく動き続けている心臓を、手のひらの上で生々しく感じることで、自分や他者の内在的価値(存在していること自体の価値)に向き合い、互いの価値観の尊重、人間関係の形成に役立てることをめざしています。

心臓ピクニックはこれまで美術館での展示や芸術祭でのイベントなどで発表されてきました。近年では、学校教育の現場でもデジタル技術の活用が進み、心臓ボックスを“学習教材”として使うことも検討されつつあります。

2022年8月に開催された「岡崎市中学生フォーラム」では、参加した中学生たちが心臓ボックスを自由に体験できるブースを設置しました。自分自身の鼓動を確かめたり、友達の鼓動に触れたりして、『生命』の実感や『生きること』への気づきへとつなげました。

人体の理解を深める理科の授業で、心臓ボックスを活用

岡崎市立新香山中学校では、岡崎市中学生フォーラムに参加したことをきっかけに「心臓ピクニック」のことを知り、人体のつくりと働きを学習する理科の授業の教材として心臓ボックスを採用しました。同校ではオーセンティック教育を推進しており、より本物に即した体感を生徒たちに提供するために役立てられました。

授業で生徒たちは、グループごとに配布された心臓ボックスを使って、自分の鼓動を感じたり、友達の鼓動に触れたりと、自由に体験しました。また、正常時の心臓と運動後の心臓の鼓動や血流の違いを比べるなどして、体の動きと心臓はどんなふうに連動しているのか、手のひらの上でじっくりと味わいました。

心臓ボックスは、心臓がドクン、ドクンと動く振動だけでなく、その後にさらさらと微細に血流が流れる感覚までもリアルに再現します。体験した生徒たちからは、「普段、心臓の鼓動は胸に手を当てて感じることしかできないけれど、実際に心臓を手で触れる感覚は新鮮でおもしろい!」、「自分の心臓と友達の心臓は、振動の速さや強さが違ってびっくりした。体の大きい友達の心臓は、振動が大きかった。体の大きさって心臓の大きさにも関係するんだなと思った」などの声が上がり、さまざまな発見や学びを得られたようです。

授業を担当した宇都宮 慎先生からは、「心臓がドクンと振動した後、少しの余韻の間に、静かに血流が流れる感覚までが手の上で分かる。心臓ボックスは、心臓の動きを忠実に再現しており、教材として優れたものだと感じました。従来の聴診器を当てるだけの授業よりも、より繊細な心臓の動きを理解でき、生徒たちにとってより深い学びにつながったと思います。また、人体は覚えることが多い単元ですが、心臓ボックスのようなワクワク感のある教材を採用することで生徒たちの興味を引くことができ、記憶にも残るので、授業が展開できると思います」という感想がありました。

学校教育の現場におけるデジタル技術活用へのチャレンジ

教育分野ではデジタル技術の導入が遅れていると言われてきましたが、昨今ではコロナ禍におけるリモート学習や、デバイスを使った授業をはじめ、デジタル技術や最新のテクノロジーを活用した教育が急速に推進されています。

従来、テクノロジーは無機質なものであるという印象が強くありましたが、心臓ボックスを通じた体験は、自身や他者の存在という有機的なつながりを確認できるものです。また、⼈のぬくもりや愛情を実感したり、互いの価値観や⼤事なものを尊重したりする心の醸成にもつながります。

また、コロナ禍において、人々の触れ合いが減ったことで人と人とのつながりが希薄になり、メンタルヘルスに影響が出るというケースも増えていますが、心臓ボックスを活用し、相手の存在感をより強く感じ、他者との新しい関わり方を見いだすこともできるでしょう。

テクノロジーは必ずしも無機質なものではなく、心臓ボックスのようなテクノロジーはむしろ人との結び付きを強固なものにしてくれます。教育現場においてデジタル技術が今後ますます有効的に活用され、未来を担う子どもたちのWell-beingの基礎作りに役立てられることを願ってやみません。

参考