人を中心にした“まちづくり”

人生100年時代におけるWell-beingの在り方を探る
「MEME OF PATCH ADAMS ~アイラブミー! パッチ・アダムスの思いに学ぶ 4日間~」開催レポート

米国の医師であり、Well-beingな社会の実現に向けて世界中で活動を続けるパッチ アダムス氏が来日し、イベント「MEME OF PATCH ADAMS ~アイラブミー!パッチ・アダムスの思いに学ぶ 4日間~」が2022年6月23日(木)~26日(日)に開催されました。このイベントは、株式会社Studio Gift Handsが率いるMeme of Patch Adams *が主催しました。4日間で250人以上が参加し、Well-beingの多様な解釈の一つとして、パッチ氏が掲げるWell-beingについて⽣きるヒントを学びました。

本記事では、プログラムの一部をレポートし、イベントを通じてパッチ氏が伝えたメッセージをご紹介します。

パッチ アダムス氏
1945年⽣まれ。本名ハンター ドーティ アダムス。医師。
学生時代に“愛とユーモアが人を癒やす”ことに気づき、自らクラウン(道化)となって患者に接する「ホスピタルクラウン(臨床道化師)」の活動を開始。医大卒業後、米国ウェストバージニア州 ポカホンタスに愛とユーモアを治療の根底に置いた無料診療施設「ゲズントハイト・インスティテュート」を設立。以降、50年以上にわたり世界中を回って、心や体に傷を負った人のケアや講演活動に取り組み、Well-beingの大切さを世に伝えている。
1998年公開の映画『パッチ・アダムス トゥルー・ストーリー』では、パッチ アダムス氏の半生を名優の故ロビン ウィリアムズ氏が演じている。

*Meme of Patch Adamsコアメンバー

三宅 琢氏
医師、産業医、眼科医専門医、社会医、株式会社Studio Gift Hands 代表、公益社団法人NEXT VISION理事

金本 麻理子氏
クラウンアンバサダーClown One Japan代表、株式会社OFFICE NEST代表

竹安 千香子氏
出る杭伸ばすコーチ 出る杭伸ばすコミュニティ主宰、Clown One Japan所属クラウン

諏訪 理恵氏
人事組織アドバイザー株式会社LCP代表取締役

山田 千佳子氏
公益社団法人NEXT VISION事務局長

目次

“自らの言葉”でWell-beingを語る力が求められる時代

近年、注目を集める「Well-being」とは、人生をただSurviveする(生き残る)だけではなく、幸福にAliveする(生き抜く)ための精神と身体の豊かさを意味します。⼈類が初めて経験する⼈⽣100年時代=幸せの定型がない時代を生きるわれわれは、“自らの言葉”でWell-beingを語る力が求められています。

イベント名「MEME of PATCH ADAMS」のMeme(ミーム)とは、「言葉による想いと理念の伝承=意伝子」を示す、ギリシャ語を語源とした造語です。

4日間のイベントでは「今を自分らしく生きる」を共通のテーマに、1日目は特別懇談会、2日目はクラウンツアー、3日目は講演&ワークショップ、4日目は中高生を対象とした対話会と、1日ずつ異なる対象者、開催形式でプログラムが実施されました。「今を自分らしく生きる」を体現するパッチ氏との交流を通じて、“⾃らの⾔葉(Meme)”でWell-beingを語るためのヒントを学びました。

『今を⾃分らしく⽣きる』をテーマにした体感型プログラム

4日間のイベントではさまざまなプログラムが実施されました。そのシーンの端々に、Well-beingを実践するパッチ氏の生きざまや、人生を自分らしく豊かに生きるためのヒントがちりばめられていました。

クラウンツアー

2日目に行われたクラウンツアーでは、10人の参加者がクラウンの格好で保育園、児童館、高齢者福祉施設をパッチ氏と共に巡り、パッチ氏が伝導する愛とユーモアを軸としたケアの本質を学びました。

訪問先は、東京・港区にある公立保育園、児童館、神奈川・藤沢市にある認知症の方を対象にした高齢者福祉施設「あおいけあ」です。

「あおいけあ」では、クラウンの象徴である赤い鼻に、カラフルな衣装、鳥の帽子を頭につけ、楽器を鳴らしながらパッチ氏が登場しました。同じく赤い鼻をつけた参加者のクラウンたちとともにパフォーマンスを始めると、施設内は一気ににぎやかな雰囲気に変わりました。施設の入居者や近隣の子どもたちと一緒になって踊ったり、歌ったり、楽器を演奏したりして触れ合い、心を通わせました。

入居者の方々は初めはあっけにとられた様子でしたが、クラウンたちの愛とユーモアのパワーが響き渡ると、次第に笑顔があふれ、明るい笑い声に包まれました。

パッチ氏が、一人一人の手を優しく握ったり、肩や頭のマッサージなどを行うと、曲がった腰がすっと伸び、生き生きとした表情になった入居者もいました。参加したクラウンたちは、クラウニングによって起こる変化を目の当たりにし、言葉が通じなくても心がつながる非言語的コミュニケーションを体感しました。

講演&ワークショップ

3日目に行われた講演&ワークショップは、「Love strategy(愛のための戦略)」がテーマです。学生、一般、医療、介護従事者、クラウン活動を行う人まで幅広い層の200人が参加しました。

講演の中でパッチ氏は、男性的でなかったことから学校でいじめに遭い、自殺未遂を繰り返した事や、精神疾患と診断されたことから3度入院した過去を告白しました。一方で、その経験から自分を愛することの大切さを学んだこと、また人を愛し、思いやることによって自分自身も安らぎを得られたエピソードなどを語り、“愛よりも大事なものはない”ことを訴えました。

また、全員で体を動かしながら五感を刺激するワークショップも実施されました。ワークショップの中で毎日10分以上、鏡に向かって「I love ME!」と自分を鼓舞する習慣をパッチ氏は提案しました。今の自分を愛することこそが、愛のある行動を起こせる人間になるためにもっとも大事なことだと説きました。

後半の質疑応答の場面では、自分自身の悩みや苦悩をカミングアウトする参加者もいました。「Come here」と言って参加者をステージに上げると、優しく抱擁し、直接向き合って話を聴いて、自分を愛する方法を伝授しました。

パッチの「言葉の処方箋」に涙する参加者も多く、まさに「愛のための戦略」について学ぶ時間となりました。

対話会

4日目は中高生を対象に、パッチ氏との対話会が実施されました。「自分とは何か?」、「将来、どんなことがしたいのか?」と、人生の選択に迷う10代の若者たちに向けて、パッチ氏が自身の経験を語り、未来の描き方のヒントを伝えました。

質疑応答の時間には、「自分に自信が持てない」、「進路に迷っている」などの相談が飛び出し、感情があふれ出して涙を流す参加者もいました。パッチ氏は、多くの葛藤や困難を乗り越えながらも無料診療施設の運営や、世界中でクラウン活動を50年以上続けてきたこと、また、現在も新たな医療施設の創設を計画していることなどを語り、自分の信念を貫くことの大切さを説きました。

また、対話会前に開催された事前ワークショップを通して、中高生たちは自分自身に向き合い、自分の希望する未来やありたい姿を「ビジョンコラージュ*」で丁寧に描きました。自分にとってのWell-beingを知り、自分の望む未来への期待と迷いを感じる良い機会となりました。

*ビジョンコラージュ:雑誌や写真を用いて、自分の目標や価値を1枚のコラージュとして表現することで、自分が大切にしている価値は何なのか、自分はどうなりたいのか、といった自分のビジョンを確認することができる手法のこと。心理療法としても取り入れられている。

パッチ氏が伝えた“Well-beingに⽣きるヒント”

4日間のプログラムを通じて、パッチ氏は、たくさんの“Well-beingに⽣きるヒント”を伝えました。中でも、特に声を上げて主張していたメッセージは「自分を愛すること」、「ユーモアをもって人をケアすること」、そして「孤独の人は作らない。共同体で生きること」でした。

自分を愛すること

誰もが自分のためにできる最大の改革は、幸福になることです。そして、幸福になる一番の鍵は、「自分を愛すること」だとパッチ氏は言います。自分を愛せるようになると、生きている実感が湧き、自分が幸せなるための行動をとったり、人のためにも愛のある行動をとれるようになります。

そのために、自分自身を否定しないこと。そして、心を開いて人の愛を受け入れること。そうすることで人は強く生きることができます。

ユーモアをもって人をケアすること

笑うこと、楽しむことは、愛することと同じくらい、人間の健康にとって大切なものです。人間は笑うことによって、アドレナリンやエンドルフィンなどの気持ちを活性化させる化学物質の分泌が活発になることが分かっています。

ユーモアは苦しみを上回り、健康と幸福をもたらします。ユーモアにあふれた人生は退屈しません。また、ユーモアにあふれた人間になると、周りに笑顔の友人がたくさん増えます。

個人だけでなく、地域社会や世の中もまた、ユーモアが必要です。社会そのものがさまざまな問題を抱え、不健全になると、人々の心も荒れて、争いが起きてしまいます。人々が笑い合って生きられる世界こそが、Well-beingな社会を作り上げるために必要です。

孤独の人は作らない

近年増えている「うつ病」とは、「孤独」を象徴したものです。孤独でいることの恐怖ほど人を苦しめるものはありません。

人間は元来、部族単位で人々が支え合いながら生きてきた動物です。昔の人たちは、集団で子どもを育て、外敵から身を守り、食料を確保するために互いに助け合って生きてきました。しかし、現代社会においては、核家族や1人暮らしが増え、周囲の人と支え合ったり学び合ったりしながら生きることができなくなっています。孤独になる人が増えています。

真剣な問題で相談相手が欲しい時にも、孤立感や寂しさにさいなまれ、自分という存在感を見失ってしまう人が増えていることは大きな社会問題です。人々が幸福に生きるためには、人間が元来そうしてきたように、共同体(コミュニティ)の中で支え合って生きることが必要です。

パッチ氏がめざすWell-beingな社会

パッチ氏は、本来あるべき人間同士のつながりを取り戻すために、教育を目的としたティーチングセンターを含めた彼の理想とする病院を、ゲズントハイトのスタッフと共に現在建設中です。その病院は、共同体として人々が交流を持ちながら生活することで、「困ったことを相談したい」、「知らないことを学びたい」、「子育てを手伝ってほしい」など、どんな時でも助け合うことができ、また、多くの人と友情を結ぶことで、孤独ではなくなり、幸福感は増大するというパッチ氏の信念が具現化された場になるそうです。

一人一人が自分を愛し、人をケアし、互いを尊重し合えるコミュニティの中で生きられる社会に。4日間のイベントを通じてパッチ氏が伝えた“Well-beingに⽣きるヒント”は、地域・住民の幸せの最大化によって未来のまちづくりをめざす「Sustainable Smart City Partner Program」の活動のヒントとしても生きることでしょう。