人を中心にした“まちづくり”
食で未来のまちづくりを――立命館大学 食マネジメント学部による「GSPⅡ」と、丸亀市の取り組み
立命館大学 食マネジメント学部は、食の未来を支える人材の育成をめざして開設されました。食マネジメント学部では、国内の各地と連携し、課題解決型の学習を行う「ガストロノミック・スタディ・プロジェクトⅡ」(以下、GSPⅡ)を通年授業として採用しています。その一環として、うどんで有名な香川県丸亀市で、「食と観光まちづくり」をテーマにフィールドワークを続けています。2022年10月30日(日)には、試食会と報告会を開催し、丸亀市が計画する「城泊(しろはく)*」の宿泊者に提供する朝食や滞在中の過ごし方について提案しました。また、旅の思い出となる土産やアメニティーなどを活用した、丸亀市の魅力の発信やこれからのまちづくりについても提案しました。
*城泊(しろはく):観光客らを城内に宿泊させる試みで、日本文化が体験できる場所として滞在型観光の誘致を強化するほか、文化財保護のための資金調達につなげる。丸亀市では、2024年度から丸亀城内にある延寿閣別館に観光客を宿泊させる予定。
目次
- 立命館大学「GSPⅡ」とは?
- 1泊2日のフィールドワークで感じた「対面でしか育めない温かいつながり」
- 食べやすくてSNS映えする――さまざまな試作を経て完成した「城泊」の朝食
- 「GSPⅡ」で得た成果とは
立命館大学「GSPⅡ」とは?
丸亀市と立命館大学の取り組みがスタートしたのは2020年です。担当教員である高田 剛司教授は、本授業の狙いについて「学生がまちづくりに関わるきっかけになればいいと考えています。地域のさまざまな方と意見を交換し、その地域にしかない魅力や課題を発見して、課題解決する力を養ってほしいのです」と話します。
丸亀市もこのような狙いを理解し、観光協会や、まちづくり市民団体のWillMs丸亀(うぃるみすまるがめ)をはじめとする地元の多くの団体がフィールドワークに協力しました。丸亀市の歴史や文化をレクチャーするほか、食を生かした観光まちづくりについて学生と一緒に検討してきました。
「観光において、食は大きなウェイトを占めます。食をきっかけに滞在や宿泊につながれば、地域経済に反映されるだけでなく、地元の歴史や文化を知っていただく機会も増えるでしょう。丸亀市には、うどんや骨付鳥、煎茶などさまざまな食文化が根付いています。学生の皆さんにはこれらを深く知り、若い方の視点でアップデートしていただきたいと思っています」と話すのは、GSPⅡと学生の活動に対して全面協力を行ってきた丸亀市観光協会の山田 哲也事務局長です。
「地域の魅力をアピールする上でも、旅と食は切り離せません。アスパラガスや茄子などの特産物を通じて、豊かな自然や気候の穏やかさなど、丸亀市のいい部分を知っていただくこともできますね」と、高田教授もこれに賛同します。
丸亀市の「食」と「観光まちづくり」に関わるテーマの課題解決にチャレンジするGSPⅡは、今回が3回目の実施です。過去2回は、どのような取り組みが行われてきたのでしょうか。
コロナ禍とともにスタートした1回目は、丸亀市が新郷土料理として打ち出す「月菜汁」をテーマにレシピを開発しました。月菜汁とは、歌手のさだまさしさんが旧丸亀市の市制100周年を記念したときに作った歌「城のある街」に登場する架空の料理です。「月を模した丸いもの」と「菜のもの」を入れることが条件で、雑煮のように各家庭で食材や味付けが異なります。
学生たちは、この月菜汁が地域でどのくらい知られているかアンケート調査を実施しました。また、月菜汁をお月見のときに食べる定番料理にする方策について検討し、スイーツに仕立ててみてはどうかなど、ユニークな発想を交えて提案しました。
2回目は、美食都市として有名なスペイン・バスク地方のサンセバスティアン市と丸亀市が姉妹都市提携を結んでいることに着目しました。地域商社OIKAZEや地元シェフの協力を得て、オリジナルの「まるがめピンチョス*」を複数考案しました。
*ピンチョス:小さく切ったパンに少量の食べ物がのせられた軽食のこと。
農協や農家などにもインタビューし、最終的に、丸亀市で育った「ふわとろ長ナス」を土台にしたピンチョスや、柿を使用したデザートピンチョスなど、若者らしい感性あふれるレシピを考案しました。丸亀市長をはじめとする関係者を招いて試食会も開催しました。
1泊2日のフィールドワークで感じた「対面でしか育めない温かいつながり」
3回目のテーマは「丸亀城の城泊における食とアクティビティの提案」です。丸亀市が進める「城泊」事業に合わせ、さまざまな提案を行いました。
授業を受講した20名の学生は「朝食レシピの開発」、「城内でのより魅力的な過ごし方」、「宿泊客向けに地域をアピールする商品」、「城外(市内)の周遊観光を促すコンテンツ」を考案するグループと、フィールドワークで取材した情報や提案レシピから「食の魅力をパンフレットで発信する」グループの五つに分かれ、調査や企画提案を実施しました。そのほかに、ブログやインスタグラムを利用した情報発信にも取り組みました。
1泊2日のフィールドワークでは、城泊の宿泊施設となる丸亀城延寿閣別館の視察や、讃岐うどん店の取材、丸亀港からフェリーで約35分の場所にある本島(ほんじま)のまち歩きをしました。
学部3回生の久保田 夏菜さんは「インターネットで調べるだけでは、その土地に住む方々の人柄は伝わってきません。対面でしか育めない温かいつながりがあることに、今回改めて気付くことができました」と、フィールドワークを振り返ります。
同じく3回生の堀 里菜子さんも「讃岐うどんのお店に取材させていただいた際、店長さんが私たちの気付きをおもしろがって、こだわりを詳しく教えてくださいました。地域に積極的に関わることで得られる情報が増え、その土地に生きる方々の人柄も分かります。ただ調べるだけでなく、実際に会うことが大切だと思いました」と、フィールドワークの感想を語ってくれました。
コロナ禍で旅が制限される今、学生が地域と関わる機会も減っています。学生の皆さんはこのフィールドワークを通じて、地域の人や文化に直接触れるという貴重な経験ができました。
食べやすくてSNS映えする――さまざまな試作を経て完成した「城泊」の朝食
2022年10月30日(日)に、香川県丸亀市の保健福祉センターにて開催された試食会および報告会には、丸亀市長をはじめとする多くのゲストが出席しました。学生たちは、当日の朝早くから丸亀市に集合して準備を進めました。
「城泊」のターゲットは、海外の富裕層です。学生たちは、これを念頭に朝食を考案し、5種類の手まりずし、2種類のおかず、1種類の汁物からなるメニューを完成させました。
「海外からいらっしゃる方にどのような食事がふさわしいかを、まず考えました。食べ慣れていない食材もあるでしょうし、麺をすするのが苦手な方もいらっしゃると思います。相手の文化も尊重しながら、食べやすく日本らしい形を考えた末にたどり着いたのが、手まりずしでした」と話すのは、学部3回生の園部 大祐さんです。レシピの試作は3回にわたって行われ、学内で試食会を行い、アンケートも実施したそうです。
錦糸卵を使用した「鶏めし手毬おにぎり」、ネギトロに見立てたアボカドをきゅうりで巻いた「ネギトロ風アボカド軍艦」など色鮮やかな手まりずしは、SNS映えも考慮した見た目になりました。
また、香川県の特産品である茄子を使った「茄子の野菜寿司」や、アスパラガスとひき肉で丸亀名物の骨付鳥を模した「アスパラつくね骨付鳥風」、小豆島のそうめんを使用した「梅おろしにゅうめん」など、地域の食文化や素材の良さも伝えられるメニューに仕上がりました。
今回の提案は、見栄えの良さやおいしさだけでなく、麺をすすらなくても食べられるようレンゲを添えるといった心配りについても、ゲストから高く評価されました。
試食会後の意見交換では「ターゲット層に合わせて高級感を出すなど、ここからブラッシュアップしていきたい」、「観光客の中には和食の味に慣れていない方もいる。調味料などで調整できる余白がほしい」など、前向きなアドバイスも飛び交いました。
「GSPⅡ」で得た成果とは
今回の報告会では、朝食のほか、滞在中の過ごし方や、旅の思い出となる土産・アメニティ、周辺観光などについても提案しました。丸亀城をVRやARで楽しみながら散策する「歴史体験アプリ」や、地図や観光ガイドをあえて巻物風のレトロなデザインにするといったアイデアは、空間や体験を重視する若者世代ならではのものといえるでしょう。
旅の思い出となる土産・アメニティは、「個包装のもの」、「その土地にちなんだもの」、「デザイン性のあるもの」がうれしいといった自身の経験も踏まえて考案しました。丸亀市の名産品であるうちわやおいり(あられの一種)柄の箸を朝食と一緒に提供し、そのまま持ち帰ってもらうといったアイデアには、ゲストの一人であるOIKAZEの相原 しのぶ代表も感心していました。
「学生の皆さんに初めてお会いしたとき、OIKAZEが考える“地域の力”についてお話しさせていただきました。OIKAZEでは、人が地域を思う力が長期的な意味での地域の力になる、という考えのもと、人と地域をつなぐきっかけづくりを行っています。周遊観光班の提案にもあったように、丸亀市だけで完結するのではなく、周辺地域と広域連携した観光振興が、これからのまちづくりの大きなポイントになってきます。皆さんの提案を心に刻み、丸亀市を好きになってくれる人を増やしていきたいですね」と、相原代表は話しました。
丸亀市の松永 恭二市長からも「学生の皆さんの報告を伺い、丸亀市の新たな魅力や可能性が見えてきました。今回のご提案を参考にして城泊事業を進め、より多くの方が丸亀市を訪れていただけるよう心を尽くしていきたいと思います」とお言葉をいただきました。
今回の試食会および報告会を振り返り、参加した学生からは「観光客だけでなく、地域の生活を豊かにすることまで含めた提案ができた」、「企画から試作までさまざまな作業をこなすのが大変だったが、やりがいがあった」といった感想がありました。
自ら歩き、人と対話することでしか見えてこない地域の魅力があります。「フィールドワークの際に、『アスパラや茄子などの農産物は、風が吹いて葉が実に当たるだけで傷がついてしまい、それだけで卸値が下がってしまう』といった現状を目の当たりにしました。消費者として何ができるか、食品の規格は必要かといったことも考えさせられました」と、園部さんは話します。そのような日常生活に根付いた気付き、そして地域と食の課題を同時に検討し、その解決策を具体的に提案できるという経験こそ、学生にとっての一番の成果といえるのではないでしょうか。