人を中心にした“まちづくり”

「地域の色・自分の色」研究会の「色」をテーマにした教育実践とは?

地域資源を「色」という視点から掘り起こし、地域教育や地域振興に活かそうと大分県を拠点に活動を行う「地域の色・自分の色」研究会。その具体的な取り組みとして、「色を活用したふるさと学習」を、県内の学校や幼稚園・こども園で展開しています。記事後編では、研究会の活動が実際の教育現場でどう活かされているのか。そして、地域の教育という観点から見た研究会の存在意義とはどのようなものなのか、教育現場での実践の様子を通してご紹介します。

目次

「色」から地域を深掘りする探究学習

「地域の色・自分の色」研究会が地域と連携して取り組む「色を活用したふるさと学習」は、大分県別府市から始まりました。別府市は温泉の湧出量、源泉数ともに日本一の温泉街。市内には赤や青、茶色、緑など、さまざまな色の温泉が噴出する「地獄」と呼ばれる源泉が複数あり、観光名所となっています。

また別府市の小中学校では、ふるさとの歴史文化を学び、郷土愛を育む「別府学」が展開されています。そうした別府学と、色という視点から地域に埋もれた資源を掘り起こす「地域の色・自分の色」研究会の活動が出会うことで、「色を活用したふるさと学習」が生まれました。

「色を活用したふるさと学習」の実践校の一つである別府市立鶴見小学校は全校生徒約450名の小学校。2020年から「色を活用したふるさと学習」を2つのクラスで実践し、現在は3つのクラスで授業を行っています。

取材に訪れた日も鶴見小学校では別府の“地獄”をテーマにした授業が行われていた

2020年度は、3年生が「血の池地獄」の赤い泥を中心教材として用いながら学習。この泥について調べるうちに、泥の色の正体が “ベンガラ(酸化鉄)”であることを突き止め、地元の古墳に塗られている赤い色との関連に気づくなど、子どもたちは新たな発見を得たといいます。伽藍岳という火山の石で作った絵の具や鬼石坊主地獄・血の池地獄の泥で絵を描き、血の池地獄の赤い泥で布を染めてみるなど、徐々に「自分の色」としていきました。

取材当日に行われていた授業で制作されていた鬼石坊主地獄の泥を用いた作品

2021年度は、3年生が「血の池地獄」のベンガラや温泉の性質について学習し、2022年度は、4年生が国東地域でしか生産されていない貴重な農作物、七島藺(しちとうい)を教材に学習。国東地域の農家が長い年月をかけて作り上げた七島藺の株を分けてもらい、大切に育て、その歴史や文化について丹念に調べました。

授業は子どもたちの「知りたい、やってみたい」という好奇心からどんどん発展・深化する探究型。科学的な考証は、研究会を通して地元の研究機関や専門家に依頼し、密な連携を行うことで専門性の高い学びを実現しているのも特徴です。授業を通して起こった変化は、子どもたちに限らないと鶴見小学校教員の山﨑朱実先生は次のように説明します。

鶴見小学校で「色を活用したふるさと学習」を主導する山﨑朱実先生

「授業をきっかけに、家族で初めて地獄めぐりをした、子どもと古墳見学に行ってみた、というご家庭もありました。子どもが別府の話をよくするので、親である自分も別府のことがもっと好きになった、と話してくれた保護者の方もいます。子どもたちだけでなく家族にも地域への興味関心が広がり、私たち教員も、知っているようで知らなかった別府のことをもっと知りたいと思うようになりました」

学校間の交流も仲立ちする研究会の存在意義

教育現場での実践活動を見守る鶴見小学校の田邉久教校長は、学校と地域がつながる学びの意義を次のように語ります。

別府市立鶴見小学校・田邉久教校長

「自分たちが住む地域のことをよく知らなかった子どもたちが、今では、地獄由来のベンガラや、七島藺にも詳しくなりました。別府の火山が生んだ別府石の鑑別ができるようになった生徒もいたのには、本当に驚きましたね。教室だけで学べることには限りがあるので、地域に出て体験する学びの意義は本当に大きいと感じています」

鶴見小学校と同じく、七島藺を育てるなど「色を活用したふるさと学習」を実践しているのが国東市立安岐中央小学校。別府市と国東市でエリアが異なる両校ですが、「地域の色・自分の色」研究会が間に入ることで、地域を超えた交流に発展。両校の子どもたちはオンラインで意見交換なども行いました。安岐中央小学校の河野智校長は次のように語ります。

国東市立安岐中央小学校の河野智校長

「本物に勝る教科書はない。私はそのように考えているのですが、七島藺の栽培や別府の地獄の泥の体験、今回の鶴見小との交流もまさにそれを体現した取り組みになりました。地域の本物にふれた体験、地域の垣根を超えた人との出会いは子どもたちの心に強く残ったはず。学校の中だけで完結していては、このような実体験を通した深い学びは、なかなか得られません。そうした意味で、間に入って仲介してくれる研究会の存在は非常に大きいものだと感じています」

安岐中央小学校で子どもたちが実際に栽培する七島藺

河野校長と同じく、鶴見小学校の田邊校長もまた、学校と地域、そして学校と学校をつなぐ「地域の色・自分の色」研究会の存在意義を次のように語ってくれました。

「地域ぐるみの学習は、やりたくても学校単体ではなかなか難しいのが現状です。今回のように他校と交流したいと思っても、相手校との調整に難航したり、教材となる七島藺のような地域資源も簡単には入手できなかったりもする。研究会の存在があるからこそ、実現できる学びだと思います」

こうした研究会の活動には、別府市の教育委員会も大きな期待を寄せています。別府市教育委員会の寺岡悌二教育長は、研究会の活動はこれからの教育に不可欠なものになってくると、次のような期待を語ってくれました。

別府市教育委員会 寺岡悌二教育長

「今、教育現場で問題となっているのが不登校児の増加です。それはつまり、学校や地域から切り離されてしまう子どもが増えているということでもある。そんな中で、地域の歴史や文化、先人の生き様を知り、ふるさとと自分のかかわりをあらためて知ることは、子どもたちの生きる力につながると考えています。もちろん時間は要しますが、『色を活用したふるさと学習』が今後さらに広まることで、将来的に不登校児の減少などにもつながっていく部分があるのではないかと期待しています」

研究会の活動が地域の観光活性につながる側面も

血の池地獄での「子ども色博物館」展示の様子

「地域の色・自分の色」研究会は、2023年6月までに授業の中で子どもたちが作った制作物を展示する「子ども色博物館」を4回に渡って開催。地獄の泥を使った絵や泥染め、七島藺のしめ縄などの展示のほか、来館者が感想を記入するポストイットコーナーも設け、450件以上の感想が寄せられてきました。

「子ども色博物館」が開催された血の池地獄の赤い熱泥

会場を提供するのは、別府市の「血の池地獄」と「鬼石坊主地獄」。国内外から多くの観光客が訪れる両施設ですが、観光施設が研究会と連携して地域教育に協力する理由を、血の池地獄・専務取締役の工藤昌文さんは次のように話します。

血の池地獄の専務取締役を務める工藤昌文さん

「血の池地獄の泥を教材に提供するというのは例のないことでしたが、私たちが持つ資源を地域の未来を担う子どもたちの教育のために提供するのは“義務”だと考えました。また、色を通した地域再発見の取り組みは、地域振興にもつながるもの。今後の展開が楽しみで、これからも研究会と密に連携していきたいと考えています」

同様に、鬼石坊主地獄・担当取締役の柳川智哉さんは研究会への期待をこう語ります。

「地域の自然に関心を持ち、色の仕組みを調べ、作品を作る。こうした一連の取り組みは子どもたちにとっても良い体験になるはず。コロナ禍では自由な行動が制限され、マイクロツーリズムが提唱された時期があり、地元の良さを見直す流れが起きました。研究会の取り組みがその一環となり、地域の観光活性にもつながるのではと期待しています」

鬼石坊主地獄での「子ども色博物館」展示の様子

展示には各施設のスタッフも全面的に協力。血の池地獄に勤める甲原利江子さんは、業務の合間にポストイットコーナーの付箋をこまめに整理するなど、展示・運営を積極的にサポート。「地獄の泥を使った子どもたちの作品が本当に素晴らしく、血の池地獄のPRにもつながっているので、私たちスタッフも感謝しています」と語ってくれました。

血の池地獄スタッフの甲原利江子さん

関係者が一丸となって主体的にかかわることから、地域ぐるみの教育や地域資源の再発見という大きな流れにつながっていく。「子ども色博物館」の展示は、そのような「地域の色・自分の色」研究会が掲げる理想を体現する好例となっています。

地域を飛び出し、大分の魅力をさらに多くの人に伝えていく

研究会はこれまでに5冊の教材を制作

「色を活用したふるさと学習」の実践校は現在、大分県内の10カ所以上に広まっています。教材もこれまでに5冊制作し、実践校の子どもたちをはじめ、県立図書館や関係市町村の図書館、別府市の全市立幼稚園や全小中学校、国東市の関係幼稚園や関係小学校、大分県認定こども園連合会などにも配布。さらに、多くの人に活用してもらえるよう「地域の色・自分の色」研究会のWebサイトでも公開されています。

今後もWebサイトやメディア、学会などでの発表を通じて研究会の活動成果を積極的に発信し、実践校を増やしていきたいと話す研究会代表の照山さん。最後に、研究会の今後のビジョンについてこう語ってくれました。

「地域の色・自分の色」研究会代表の照山さん

「今後は、これまで作成した教材や研究会のホームページを活用しながら、学校と地域、学校と地域資源、さらに、地域と地域をつなぐ“中間組織(リエゾン)”としての機能を強化していきたいと考えています。また、次の教材づくりについても、私たちの想いがあります。テーマは『こぎだす』、『とびたつ』です。子どもたちが、ふるさとから広い世界にこぎ出し、飛び立ち、広い世界からふるさとを振り返ることで、ふるさとの良さを、確かなものにしていく。そのような願いを込めてみたいと考えています。道のりは長いのですが、研究会のメンバー、そして地域のみなさんと一緒に少しずつ、前に進んでいければと思います」

これからも、よりたくさんの地域の宝物が掘り出され、ますます輝いていくことが期待される「地域の色・自分の色」研究会の取り組みに要注目です。



研究会ホームページは以下から
「地域の色・自分の色」博物館にようこそ
https://museum.o-iro.jp/