人を中心にした“まちづくり”

西千葉発、住民自身で暮らしを豊かにしていくプラットフォームづくり

JR西千葉駅周辺の千葉市稲毛区、中央区にまたがる「西千葉」エリアは閑静な住宅街で、千葉大学などの教育・研究機関が集まる文教地区でもあります。

この西千葉で、ものづくりのシェアスペース「西千葉工作室」、暮らしの実験広場「HELLO GARDEN」などを企画運営しているのが、株式会社マイキーの西山芽衣さん。「暮らしやその周辺を自分でアップデートする人を増やし、地域社会に変化を起こす」ことをめざして10年前から活動しています。

今回は西山さんと、その活動を支える千葉市の青柳太副市長に、西千葉での取り組みやビジョンについて伺いました。

目次

暮らしをクリエイティブに楽しむ人々の姿がヒントに

株式会社マイキーのディレクター、西山芽衣さん

群馬県出身の西山芽衣さんは、千葉大学進学を機に西千葉暮らしをスタート。卒業後は全国各地でまちづくりをプロデュースする東京の会社に入社しました。その会社では、千葉県出身の実業家から「千葉に地域貢献がしたいのでアイデアを一緒に考えてほしい」との依頼を受け、千葉の地域活性化プロジェクトを担当することに。そこで西山さんが提案した企画の一部が「西千葉工作室」と「HELLO GARDEN」でした。西山さんは、発案の経緯を次のように説明します。

「まちは個人の集合体で、一人ひとりが楽しく暮らせたら、自然と元気なまちになると私は考えています。みんなが笑顔で暮らせるまちにするには、お金だけでは不十分です。お金に頼りすぎると、資金が途絶えたときに、まちは元気を失ってしまいます。そこで、まちの人たちが自分の暮らしを豊かにするものを自分たちでつくりだせるようになればいいと気づいたんです」

西山さんに大きなヒントを与えたのは、海外視察で訪れたドイツやデンマークの光景でした。川辺にシートを敷いて、持ち寄ったワインを手に語らう人々、道端で表現活動をする人、お店同士で協力して通りをハックし、小さなイベントをひらく人々。まちという空間をクリエイティブに楽しむ人々の姿に、西山さんは衝撃を受けます。荒れ果てた市の所有地を、市民がDIYで美しいコミュニティガーデンに変えた事例なども目にして、「お金をかけなくても、自らの健やかな暮らしをイメージする想像力とその状況を自分でつくってしまえる創造力があれば豊かな暮らしは手に入る」と気づかされたそう。

「自分も地域の人たちと一緒に、暮らしを自分でつくることを少しずつやってみたい。そのための場が『西千葉工作室』と『HELLO GARDEN』なんです」

西山さんが西千葉を拠点として選んだ理由は「学生時代から住んでいて、自分自身の暮らしがあるまちだから」。「私にとって西千葉は、学生時代からつながりのある人たちがたくさん住む大好きなまちです。一方、当時の西千葉は住むのに不自由はないけど、学生街らしい活気もなく、暮らしを楽しむ要素が少ない場所でした。そんな西千葉がもっとおもしろいまちになれば、知人友人も喜ぶし、自分もうれしいと思ったんです」

その後、プロジェクトに関わり続けるためにまちづくり会社を辞め、株式会社マイキーに入社した西山さん。実際、どんな取り組みをしているのでしょうか?

住民が暮らしにまつわるモノ・コトづくりをするプラットフォーム

西千葉工作室では、木工、洋裁、電子工作など幅広いものづくりができる。ワークショップや講座も開催される

西千葉工作室は、「つくる」「なおす」「つくりかえる」で日常をもっと楽しく、をコンセプトにした地域密着型のものづくりスペースです。ものづくりのための道具とスペースを借りることができ、3歳から90代まで、年代も職業もさまざまな地域の人たちが訪れ、自由にものづくりを楽しんでいます。「買うだけでなく、つくることもできれば、暮らしの選択肢は大きく広がる」と西山さん。

「利用者はものづくり初心者もたくさんいます。つくるものは多種多様ですが、多くの利用者に共通しているのは、心地よい暮らしや、自分のやりたいことを叶える“手段”としてものづくりを活用していること。家具や洋服をつくったり、リメイクしたり、レーザー加工機で自分のお店の看板をつくったり、オリジナルのクッキー型を3Dプリンターでつくったり。部活で卓球をしている中学生が、自主練習のために配球マシーンを自作したこともありますよ」

利用者の姿を見て、西山さんが強く実感することがあります。それは「つくる」ことがゴールではなく、そのプロセスやその先にこそ豊かなものがたくさんあるということ。

「ものづくりをすると、失敗してもやり直せばいいとポジティブになれたり、ものの仕組みから社会の仕組みを少し知ったりと、学べるものがたくさんあります。また、ものづくりを通じて助け合ったり共に考えたりすることで、いろんな人が関係性を生み出しています。工作室でキッチンカーをつくってお店を始めた人、工作室の講座でデザインのスキルを身につけて、イベントやお店のチラシを自分でつくれるようになった人など、つくることで活動の幅を広げる人もたくさん見てきました。『つくる』を通して、今よりもっと楽しい暮らし、やりたいことができる暮らしを自らの手で実現していく。そこに大きな意味があると考えています」

利用者をサポートするスタッフも地域の人たちで構成され、元エンジニアやデザイナー、学生、主婦など多彩なバックグラウンドを持つ25名ほどの人々が、それぞれの得意分野を活かして活動しています。

「どんなスキルを持つ地域の人がチームになってくれたかによって、提供するサービスが変わるのも西千葉工作室の魅力の1つ。ものづくりというテーマは利用者同士が教えあったり、アイデアを一緒に考えあったりする関係も生まれやすく、コミュニティが自然発生するおもしろさもありますね」

西千葉のまちなかにある「西千葉工作室」。ガラス張りでものづくりをしている様子が外から見える

住宅街の一角にある「HELLO GARDEN」。最初は何もない空き地から、地域の人たちと、土を耕して木を植え、家具をDIYしてと、少しずつ手を加えて今の形に

一方、「西千葉工作室」から歩いて約5分の住宅街にある「HELLO GARDEN」は、「新しい暮らしをつくる実験広場」がコンセプトのオープンスペース。地域の人たちが「こんなことやってみたいな」と思うことを気軽に何でも試せる場所です。

西山さんたちが地域の人たちと一緒にイベントを企画開催することもあれば、地域の人が場所を借りてイベントを開催することもあり、これまで上映会や音楽フェス、ファッションショーなど、たくさんの「やってみたいこと」が行われてきました。

小さな商いを始めたい人を応援する「HELLO MARKET」(2024年3月で終了)も定期的に開催され、パン屋やアクセサリー、ネイルアートなどさまざまな店舗が出店。出店者のなかには、マーケットを足がかりとして実店舗をオープンさせた人も。「HELLO GARDEN」はオープンな空間なので、偶然通りかかった人もその場で楽しむことができます。そこで偶発的に生まれる出会いや交流も、HELLO GARDENが地域に提供する価値のひとつです。

「HELLO GARDEN」は株式会社マイキーの所有地ですが、24時間365日開放されており、イベントがないときも近隣住民が集ったり、学校帰りの子どもたちが菜園の世話をしたり、野菜や果物をつまみ食いしたりと、地域の人たちの居場所にもなっています。

「HELLO GARDEN」には、土を耕すところから地域の人たちとつくった菜園「実験ガーデン」も。住宅まちの中で鳥などの生物と共生することを考えるきっかけにもなっている

ここ数年、西千葉の取り組みに他地域からも関心が高まり、「自分たちの地域でも同じように展開したい」との問い合わせが増加。西千葉で蓄積した知見やノウハウを全国に広めたいと、西山さんたちも精力的に取り組んでいます。ただ、「そのままコピー&ペーストのようにはいかない」とも言います。

「私たちのプラットフォームは“レシピ”のようなもの。例えば外国の料理を日本でつくるとき、材料は日本で手に入るもので代用するので、レシピ通りにつくっても現地とは別物になります。私たちの活動も同じで、レシピは大事ですが、その地域にどんな人がいて、どんな思いで臨むかによってつくられるものは変わるんです。私たちの取り組みの神髄は“人”にあって、だからこそおもしろいんです」

公民連携で公共空間を使い倒す!

青柳太副市長。国土交通省でまちなかウォーカブル推進事業の立ち上げなどに従事したのち、2020年千葉市役所に着任。2022年より現職

活動を続けるうちに、行政との協力関係も少しずつ築かれています。2023年4月には、「HELLO GARDEN」の向かいにある緑町公園で、市と協力してパークマネジメント(民間による公園の維持管理)に取り組みはじめました。これは「HELLO GARDEN」の取り組みをさらに広げる大きな一歩です。

千葉市の魅力向上や都市づくり計画を担う青柳太副市長は、西山さんとの出会いや連携について次のように語ります。

「千葉市では、遊休空間を活用し、補助金に頼らずにそのまちならではのコンテンツ創出や地域課題の解決をめざす『リノベーションまちづくり』を推進中です。その一環である『リノベーションスクール』では、受講生が地域課題の把握や、エリア再生のための事業計画を提案するプログラムを実施しています。西山さんは『HELLO GARDEN』や『西千葉工作室』での知見を活かして講師を務められているのですが、そこでお会いしたのが最初ですね」

リノベーションスクールで初めて西山さんの取り組みを知った青柳副市長は、千葉市がめざすまちのモデル像を体現する活動だと感銘を受けたと言います。

「私は常々『公共空間を使い倒そう!』と言っているのですが、こんなにも実践されている方がいると知って衝撃でした。広場や公園はつくるだけでは意味がなく、いかに使うかが大事。まちの空間が人々の活動の場として積極的に利用されることで、より暮らしやすいまちになるはずですから。それには、公共空間を最も多く所有する行政と、西山さんのような活用のノウハウやアイデアを持つ民間との協力が不可欠です。現在、さまざまなトライアルを実施中で、その一環として、西山さんたちにパークマネジメントを協力いただいています。いろんな意見を取り入れながら、一緒に公共空間の活用を広げていきたいですね」

まちの人が自分で暮らしを豊かにしていく仕組みづくり

青柳副市長をはじめ行政の方々が自分たちの活動に興味を持ち、応援してくれる姿にいつも励まされていると話す西山さん

「プロジェクトを始めた10年前の西千葉は、週末が一番閑散としていました。住宅街にはお出かけ先となるような目的地がないので、みんなお家で過ごすか、外のまちに出かけてしまうからです」と西山さんは振り返ります。それが今ではまちの人出が増え、西千葉の外からも人が訪れるように。「HELLO GARDEN」のイベント目当てに訪れる人もいれば、最近では西千葉にカフェやクラフトビールの店などの飲食店が増え、まち巡りを楽しむ若い人たちの姿も見かけるようになりました。また、西山さんのもとには「西千葉にお店を出したいからいい物件を紹介してほしい」という相談も増えているのだとか。

「うれしい変化ではありますが、私たちはまちのにぎわい創出をめざしているわけではないんです。大切なのはあくまでも、一人ひとりの暮らしが健やかであること。まちの景色や、まちに流れる時間が豊かになるのは、まちの人たちが思い思いに自分の暮らしを楽しんでいる結果だと思うのです。私たちの取り組みは、まちの人たちが楽しみながら自分の暮らしの試行錯誤を繰り返すことと、そういった一人ひとりの活動がまちの中に表出してくることを生み出す「仕組みづくり」。自分の暮らしを創造する人々がまちの中で出会い自然と影響しあった先に、みんなが笑顔で暮らせる健やかなまちが実現すると思っています」

「暮らし」を一人ひとりの手に取り戻していくことで、まちに変化を促している西山さんの活動。地域が抱える課題に圧倒されることもある中、個々の暮らしや、「つくる」という人間の根源的な営みに立ち返る西山さんのアプローチは、これからのまちづくりの大きなヒントになることでしょう。

「HELLO GARDEN」の菜園で育つイチジク。菜園の野菜や果物は地域におすそ分けしたり、イベント時にみんなで食べたりする