人を中心にした“まちづくり”
長野県上田市「はたらクリエイト」。子育てとキャリアの両立を実現
長野県東部に位置する人口16万人のまち、上田市。ここにグループ全従業員129名のうち9割が女性、その8割が小学生以下の子どもを育てながら働く女性、という企業があります。その名は、株式会社はたらクリエイト。「働きたいのに働けない」子育て中の女性が働ける場をつくるため、2018年に創業しました。時間制約がある子育て中のスタッフが中心となって、オンラインによるアウトソーシングサービスなどの事業を展開し、年平均成長率16%の成長を遂げています。
地方における女性活躍推進のモデルとして注目される、はたらクリエイト。その誕生の背景や、地方の女性が抱えるキャリア課題を解決する独自の取り組みをご紹介します。
(取材時期:2024年1月)
目次
- 地方で子育てをする女性が抱えるキャリア課題とは
- 女性の社会復帰モデルを事業として確立
- 子育てをしながらでも、未経験からでもキャリアを形成できる仕組み
- 「働きたいのに働けない」人をなくし、誰もが生き生きと働けるまちに
地方で子育てをする女性が抱えるキャリア課題とは
地方で、女性が子育てをしながらキャリア形成するのは容易ではない。そう話すのは、はたらクリエイト創業者の井上拓磨さんです。
「結婚や出産により退職すると、子育てで時間制約がある時期に正社員として復帰することは難しく、キャリアが途絶えてしまうケースが多い。加えて、地方ではさらに復帰へのハードルが高くなります。多様な企業がある都市部に比べて、地方は職種が少なく、子育て中の女性が選べる仕事は限られるからです。とくに上田市の場合、製造業と建設業が主産業なので現場仕事が多く、女性が子育てをしながら働くのは難しい。パートタイマーの求人も、主産業でもある製造業でのライン作業や接客業など、マニュアル通りに行う仕事や、パソコンを使わない仕事がほとんどで、キャリア形成にはつながりにくいんです」
井上さんは愛知県出身。福岡県での会社勤務を経て妻の実家がある上田に移住し、市内でコワーキングスペースを運営していました。そこである女性会員がつぶやいた「街中に、キッチンと託児所があるコワーキングスペースがあったら最高なのに」という一言をきっかけに、2015年、上田市の商店街にキッチンと託児所併設の女性向けコワーキングスペースを開設。女性利用者を増やすためにプロモーション活動を行う中、地域の女性から「子育てをしていると、働きたくても働けない」という声を多く耳にし、彼女たちが抱えるキャリアの課題に気づいたといいます。
「私は子どもの頃、母が予備校講師として生き生きと働く姿を見て育ち、女性が結婚出産後も楽しく働き続けるのは当たり前のことだと思っていました。それだけに、子育て中の女性が働けないのはおかしい、この状況を何とかしたいと思ったのです。当時は、地方創生のカギとして女性活躍に目が向けられ始めた頃。『女性が社会復帰できる仕組みは今後、地域にとっても不可欠になる』という考えもありました」
女性の社会復帰モデルを事業として確立
井上さんたちがまず取り組んだのは、子育て中の女性が働ける場を地域につくること。コワーキングスペースが地元企業から仕事を受託し、登録メンバーに業務委託する形から始め、2年後には登録スタッフを全員雇用。2018年、「はたらくをクリエイトし、仕事を楽しむ人を増やす」をミッションに掲げ、株式会社はたらクリエイトを設立しました。
「女性の社会復帰モデル」を事業として確立した経緯を、井上さんは次のように語ります。
「はたらクリエイト設立後は、営業先を製造業中心の地元企業から東京の企業にシフトしました。より付加価値が高く、女性のキャリアアップにつながりやすいIT系の仕事を増やすためです。地道に各企業へ営業をかけ続けて2年経った頃、私たちの取り組みの意義に賛同し、協力してくれる企業が現れ、それをきっかけに取引先を少しずつ増やしていくことができました。ちょうど東京でも人材不足が顕在化し始めた時期で、リモートで業務代行する地方の女性人材がマッチしたのも良かったと思います」
最初は「仕事にブランクがある人や未経験者ばかりの素人集団」でしたが、依頼された仕事に対して一生懸命取り組むうちに、スタッフのスキルが高まり、できることも増えていったそう。こうして形作られたのが「banso.」です。クライアント専属チームをつくり、SEOライティングやSNS運用、採用・営業サポートなど多様な業務を代行するサービスです。
「banso.」の業務を通して、DXやマーケティング分野の専門人材も育ち、IT推進事業、マーケティング事業をそれぞれ分社化。長野県佐久市にもオフィスを開設するなど、スタッフの活躍の場はさらに広がっています。
子育てをしながらでも、未経験からでもキャリアを形成できる仕組み
現在グループ全体のスタッフは129名。そのほとんどが子育て中です。時間制約のあるスタッフが活躍し、成長できる環境を、はたらクリエイトはどのように構築しているのでしょうか?
「一番の特徴は、一定の範囲内であれば月の稼働時間を自分でコントロールできることです。月毎に稼働時間を申請するので、たとえば、子どもが入園入学する4月や夏休みの7月8月は時間を減らすなど、フレキシブルに働くことができます」
フレックスタイム制を導入し、学校行事や子どもの送迎時間に合わせて出退社の時間や休みを調整することも可能。雇用形態も「パートタイマー」「契約社員」「正社員」と多様な選択肢を用意、正社員でも短時間労働制度を活用できるようにするなど、ライフステージに応じた働き方を選べるようにしています。
こうした柔軟な働き方を可能にしているのが、サポートし合う体制です。業務をチーム制で進行し、子どもの体調不良などによる急な休みや時間制約を、メンバー内で補い合っています。また、働き方を柔軟にするほど、勤怠管理や生産管理などの管理業務は煩雑になりますが、はたらクリエイトは管理業務をITで自動化し、効率化をはかっています。
この他、オフィスには自社運営の託児所を併設。子連れ出社制度もあります。学校や保育園、幼稚園が長期休暇に入ると、毎日子どもがやって来ることもあるのだとか。子どもが会社に来ることについて「子どもが見ていると思うと親は背筋が伸びるし、親が働く姿を見ることは子どもにとっても良いキャリア教育になります。双方に良い影響があると思いますよ」と井上さん。
1歳〜3歳の子どもを受け入れられる託児所をオフィスに併設
さらに特筆すべきは、採用率が50〜70%という数字。はたらクリエイトでは未経験者を多く採用し、入社後に育成しているのです。未経験でも、フルタイムで働けなくても、働く意欲があればキャリア形成していける。それが、はたらクリエイトがめざすことなのだと井上さんはいいます。
では実際、はたらクリエイトのスタッフはどのように働き、キャリアを形成しているのでしょうか?
現在、小学5年生と保育園年中の子どもを育てながら正社員として働く千野佳代子さん。子育てをしながら働くことの難しさを痛感していたところに、はたらクリエイトと出会ったそう。第1子が5歳のときに入社し、webライターとして未経験からスタート。OJT(On the Job Training)でSEOライティングなどのスキルを身につけ、マーケティングの専門性を高めていきました。第2子の産休・育休を経て、現在は子会社であるマーケティング事業会社のマネージャーとして事業を推進。グループ全体の体制整備にも携わっています。
「前提として基本的な働き方は決まっていますが、園や学校行事があれば勤務時間を調整できるのはとても大きいです。急に子どもが体調を崩したときも、周囲に気を遣ってストレスを抱えることもありません。社内における役割が増した今も、フレックスタイムを活用して時間をやりくりし、子育てと仕事を両立することができています」(千野さん)
一方、「入社前は専業主婦。就職経験もありませんでした」と話すのは、小学6年生、5年生、1年生の3人の子どもを育てながら働く早坂さやかさん。第3子が1歳のときに入社し、社内の託児所に子どもを預け、キャリアの第一歩を踏み出しました。プログラミングへの興味から社内システムの構築に携わり、それを機にプログラミングを学び始め、エンジニアの道へ。新規ITサービスの立ち上げなどを経て、現在は子会社であるIT導入サポート事業会社のマネージャーとして活躍中です。
「入社時はまさか自分がエンジニアになり、マネージャーとして会社の事業計画を作っているとは思いもよりませんでした。これからの可能性を重視し、新しいことにどんどん挑戦させてもらえる環境に、大きなやりがいを感じています」(早坂さん)
今後のキャリアについて、2人は次のように話します。
「今は、さまざまな面で会社をより良くしていきたいという思いが大きい。マーケティング人材の育成に留まらず、一緒に働く仲間がビジョンを持ってキャリアを築いていける環境づくりに力を注いでいきたいです」(千野さん)
「入社後、エンジニアとしての知識をつけながら新しい領域を開拓してきた。想像もしていなかったキャリアを楽しく築いていける会社になるよう、仲間へのサポートや働きかけにも取り組んでいきたいです」(早坂さん)
「働きたいのに働けない」人をなくし、誰もが生き生きと働けるまちに
創業から5年。地域に仕事を楽しむ人を増やし、時間制約があっても、未経験からでも人材育成が可能なことを証明できた一方で、新たな課題も見えてきたと井上さんはいいます。
「結婚出産後も働き続ける女性は増えてきていますが、ジェンダーペイギャップ(男女賃金格差)の解消には至っていません。背景には、女性は非正規雇用や付加価値の低い仕事に就くことが多く、そこから抜け出しにくい社会的な構造があります。また、はたらクリエイトの取引先は東京の企業が9割を占めており、地方創生の観点から見ると、人材流出していることになります。そこには、デジタル人材やマーケティング人材を育成しても、地域に活躍する場がないという課題があります」
これらの課題を解決するため、はたらクリエイトは新たな取り組みを始めています。めざすのは「女性の経済的自立によるジェンダー平等の実現」、「地域のデジタル人材育成とデジタル人材が活躍できる場づくり」です。
「女性の経済自立に必要なのは、誰もが、いつからでもキャリアの階段を登っていける仕組み。まずは社内に、パートタイマーから正社員、役員までつながる人事制度を構築中です。2023年からは佐久市との連携により、地域に必要なデジタル人材を未経験から育成し、自治体や地元企業との人材マッチングをめざすプロジェクトもスタートしました」
こうしたはたらクリエイトの取り組みは今、全国の自治体や企業から注目されています。他の地域から「事業を展開してほしい」などの要望もありますが、「その地域の熱のある人が主体となってつくっていくのが、まちづくりの本質。私たちがやるべきは、『女性が経済自立できるモデル』『地域で人材が活躍できるモデル』をつくり、ノウハウを提供し、取り組みを全国に広めること」と井上さんのスタンスは明確です。
最後に、井上さんに今後のビジョンを聞いてみました。
「子育てや介護をしている人、高齢者、病気や障がいのある方たち。さまざまな事情で、働きたいけど働けない人たちが今もたくさんいます。誰もが活躍できるまちを、このまちの人たちと一緒に、楽しみながらつくっていきたい。そうすれば、上田市も佐久市も、今よりもっと良いまちになるはずですから」
少子高齢化や人材流出などを背景に、地方で働き手不足が深刻化する中、その解決策として女性活躍の推進が注目されています。はたらクリエイトの取り組みからは、多くのヒントを得られそうです。
取材先:
株式会社はたらクリエイト
https://hatakuri.jp/