人を中心にした“まちづくり”
資源循環を産学官で。長岡市のバイオコミュニティづくり(後編)
脱炭素社会への移行が迫られるなか、バイオマス(生物資源)やバイオテクノロジーを活用し、持続可能な産業を創出する「バイオエコノミー」が世界で注目されています。新潟県長岡市は全国に先駆けて、2021年に内閣府の「バイオ戦略」に基づく「地域バイオコミュニティ」の認定を受け、地域内資源循環をテーマにバイオエコノミーを推進。生ごみによるバイオガス発電やバイオ肥料の利用、米の地域内循環など、複数のプロジェクトが進行中です。記事の後編では、長岡市がどのようにバイオエコノミーを推進しているのか、産学官の連携のあり方やプロジェクトを生み出す場づくりの工夫、そして循環型社会に移行するためのヒントをご紹介します。
(取材時期:2023年9月)
目次
ゆるやかにつながるから持続する、長岡らしい産学官連携のあり方とは
バイオエコノミーを推進するエンジンとして、長岡市が2021年に発足したのが「長岡バイオエコノミーコンソーシアム」です。長岡市長が会長を務め、長岡市商工部産業イノベーション課が事務局として運営を担い、2023年11月現在、44団体が参加しています。その顔ぶれは長岡市をはじめ、酒蔵、バイオベンチャー、大学・高専、食品、機械、IT、金融、商工会議所、国の研究機関などバラエティ豊か。「多様な業種が集まって問題点を話し合えば、アイデアが生まれやすく、できることも広がる」と話すのは、長岡市役所の宮島義隆さん。
「1つの大企業が核となってバイオエコノミーを拡大させていく方法もありますが、地方都市の長岡は、産学官のいろんなプレーヤーがそれぞれの強みを持ち寄り、チームを組んで、小さなプロジェクトをいくつも立ち上げるスタイルが合っている気がします」
それには企業と企業がつながる場が必要です。そこで、コンソーシアムでは2022年秋から「バイオサロン」を開催。コンソーシアムの会員が参加し、企業と企業のマッチングや、それぞれが抱える課題を持ち寄って議論し、解決するプロジェクトの立ち上げにつなげています。これまで4回開催し、実用化に至ったプロジェクトに「低価格魚の商品化」があります。寺泊漁業協同組合では、知名度が低い、調理しにくいなどの理由から値がつかず、廃棄されている未利用魚や低価格魚の課題を抱えています。これを水産物加工会社が唐揚げ用に加工、ホテルが地場産品を使った料理としてバイキングで提供し、未利用魚の利活用を進めることができました。
「こうした動きをどんどん生み出していくため、プロジェクトの芽を出すためのコミュニティづくりに今後いっそう力を入れていきたい」と宮島さん。一方で「産学官の連携ももちろん大切ですが、ゆるやかにつながるくらいがちょうどいい」とも。
「がっちりスクラムを組むと、入りにくいと感じる企業さんや負担感を感じる企業さんも出てきてしまい、続かないと思うんです。企業さんが仲間を連れてくるのも、出ていくのも自由。そのくらい開かれた場にした方が、楽しいアイデアも共創も生まれやすいと思っています」
そして最も肝心なのが、資源循環の「エコノミー化」を意識すること。そもそも、企業はビジネスにつながらなければバイオサロンにも参加しなくなってしまうので、行政側でもビジネスの種を見つけて紹介するなど、企業の興味を惹くようにしているそうです。
こうした長岡バイオエコノミーの取り組みを、地元企業はどう見ているのでしょうか?
まちをあげたバイオエコノミーの取り組みがビジネスの推進力に
長岡バイオエコノミーコンソーシアムのメンバーでもある株式会社プラントフォームは、2018年に長岡市に創業したバイオベンチャー。持続可能な食料生産モデルと、有機野菜を誰もがいつでも選べる社会の実現をめざし、「アクアポニックス」という植物工場を全国展開しています。
アクアポニックスとは、魚の養殖と植物の水耕栽培を同時に行う循環型農業のこと。ハウス内の水槽で養殖している魚の排泄物を微生物が分解し、それを養分として野菜が吸収することで水が浄化。きれいになった水を魚の水槽に戻すシステムです。農薬や化学肥料を必要とせず、通常の農業に比べて水の使用量が1/10以下に抑えられるなど、持続可能な食料生産システムとして注目されています。プラントフォームではチョウザメの養殖とレタス栽培を行い、キャビアも出荷。企業や自治体などの視察は年間100件にのぼるといい、注目度の高さがうかがわれます。
そんなプラントフォームの代表取締役CEOの山本祐二さんは、長岡市のバイオエコノミーの取り組みが自社の事業に大きな追い風となっているといいます。
「私たちがやろうとしていることと完全にマッチしているのと、何より長岡市が率先し、本腰を入れて取り組んでいるのが大きいです。行政のトップから現場まで一貫してバイオエコノミーを盛り上げる姿勢なので、コミュニケーションが早いし、私たちの事業も支援してくれる。こんなふうに、バイオ産業に特別に力を入れることに市民のコンセンサスを得られるのは「発酵醸造のまち」という下地があるからだと思います」
長岡バイオエコノミーコンソーシアムの存在も後押しになっていると語る山本さん。コンソーシアムがあることでバイオと親和性の高い企業や人材、研究機関が市内外から集まりやすくなり、会員同士の協業による相乗効果も生まれているといいます。プラントフォームも会員企業の食品加工会社と協力し、チョウザメの身を商品化したほか、現在は大学と共同で高効率な濾過システム、高専と共同で農業ロボットの研究開発にも取り組んでいるそう。
「コンソーシアムを主導する行政は、バイオという大きな括りのなかで、参加する企業全てを支援するというスタンス。私たちのような新参者も温かく迎えいれてくれるし、例えば発酵醸造系などに分野が限定されることもなく、企業としては非常にやりやすいです」と話す山本さん。
山本さんは、長岡バイオエコノミーが最終的にめざすべきは「人材の循環」だと強調します。そこにあるのは、人材流出に対する危機感。4大学1高専がある長岡市には全国から学生が集まり、多様な人材を多く育成していますが、学生は卒業すると首都圏へ出てしまい、若い世代が大幅に減少しています。「地元に若者が働きたいと思える企業が少ないのが大きな原因。これは⾧岡市に限らず全国の地方都市が抱えている大きな課題です」と山本さん。
「次世代を担う人材がいないまちは、持続可能ではありません。だから雇用をつくりだすことが最重要なんです。それも一刻も早くやらないといけない。今こうしている間にも就職活動は進んでいます。私たちが今やるべきは、資金を投下してバイオエコノミーを加速し、企業の発展スピードを上げ、若者が働きたい、面白いと思えるビジネスを早くつくること。それができれば、バイオエコノミーを機に長岡市が地方創生のモデルケースとなる可能性は十分にあると思っています。一端を担う企業として、私たちもがんばっていきたいですね」
循環型社会への移行に必要なのは「現状を見直してみる」こと
脱炭素化や清掃工場の老朽化などを背景に、循環型社会への移行は、長岡市に限らず多くの地域に共通の課題となっています。では、循環型社会への移行には何が必要なのか。長岡バイオエコノミーに携わるメンバーにヒントを聞いてみると「特別に新しいことをやろうとしなくても良いのでは」と、N.CYCLEプロジェクトを推進する長岡技術科学大学の志田洋介准教授。
「まずは現状を見直してみるところから始めるといいと思います。すると、実はもうリサイクルに取り組んでいたとか、これってSDGsだったというのはよくあること。既存の取り組みを高度化すればいいだけかもしれないし、課題が見つかったなら、その解決策を見つけることがバイオエコノミーにつながるかもしれません」
また、「そもそもバイオエコノミーは日本向き。日本中どの地域でもできる」と話すのは、長岡技術科学大学の小笠原渉教授。
「温暖湿潤な日本は発酵に適し、昔から発酵を利用したものづくりが盛んに行われてきました。その技術は世界トップレベルです。優れた発酵醸造産業は全国いたるところにあり、発酵で地域資源を活かす取り組みは、日本中に広げることができるはず」
一方、バイオエコノミーは1社、2社だけで取り組めるものではなく、また、1社だけが利益を上げられるようなものでもありません。ホーネンアグリの小林さんは、「地域のために」という共通の目的を持ち、地域の人たちが協力して取り組むことが大切だと強調します。
長岡市役所の宮島さんは、長岡バイオエコノミーの今後の展望をこう語ります。
「費用をかけて廃棄しているもののなかには、未開拓の有用な資源がまだまだたくさんあるはず。それを開拓し、新しい地域のなりわいをどんどんつくっていきたいです。全ての資源循環が大きな利益を生み出すわけではないかもしれませんが、資源循環がたくさんある、いたるところでいろんな資源が循環している、そんなまちは素敵だと思うんです。あわよくば、長岡から日本へ循環の輪を広げていけたらと、密かに大きな夢を抱いています(笑)」
バイオエコノミーは、人口減少、少子高齢化など、多くの地域が抱える課題の克服にも役立つ可能性を秘めています。長岡らしさを大切にしながら、着実にバイオエコノミーを前に進めている長岡市の姿は、これからのまちづくりの大きなヒントになりそうです。