人を中心にした“まちづくり”

熊本県合志市のUDe-スポーツを使ったダイバーシティなまちづくり

「UDe-スポーツ(ユーディイースポーツ)」という言葉を聞いたことがありますか?これは「ユニバーサルデザイン(どんな人でも使いやすいデザイン)」と「eスポーツ(オンラインゲームを使ったスポーツ競技)」を掛け合わせた造語です。年齢や障がいの有無を問わず、誰もが気軽に参加できるeスポーツとして、熊本県合志市のUDe-スポーツ協会によって開発されました。

もしかしたら「ゲームは若者がやるもの」と思っている人もいるかもしれません。しかし、合志市を始め熊本県内では、高齢者や障がいのある方など、多様な人々が積極的にゲームを楽しんでいます。今回は、UDe-スポーツ協会と合志市、そして実際にUDe-スポーツをプレーしている人たちに、ゲームを活用したダイバーシティなまちづくりについて話を聞きました。
(取材時期:2023年8月〜10月)

目次

高齢者も楽しめる、オリジナルの脳トレゲームを開発

株式会社ハッピーブレイン代表を務める池田竜太さん

UDe-スポーツ協会が発足したのは、2022年の5月。熊本県合志市でeスポーツを用いたリハビリ支援などの事業を展開する株式会社ハッピーブレインと、同社の取り組みに賛同する協賛企業によって設立されました。ハッピーブレイン代表で、理学療法士の池田竜太さんは、UDe-スポーツ開発の背景を次のように話します。

「当社では3年ほど前から、高齢者の脳トレや異世代間の交流促進にeスポーツを活用してきました。当初は『ぷよぷよ』などの既存のゲームを使用していましたが、高齢者には難易度が高いと感じていました。同時に、高齢者施設や障がい者施設からも、我々が行っているeスポーツの活動をやってみたいという声をたくさんいただいていました。

それならば世代や特性を超えていろんな人が楽しめる独自のゲームを作ろうと考えたのが、UDe-スポーツ開発のきっかけですね。さまざまな企業がこの取り組みに賛同・協力してくださり、UDe-スポーツ協会が誕生しました」

4色のボタンを押すだけでゲームを楽しめるシンプルな設計

さらに2022年5月にUDe-スポーツ協会は、合志市や株式会社ハッピーブレインを含む5者によって組織された「UDe-スポーツ推進協議会」に加盟。この協議会は合志市が、高齢者の認知症予防や障がい者の社会参画・就労支援などにeスポーツの活用を推進するために設立されました。

市がこのような取り組みを始めた理由について、合志市市長公室 秘書政策課の村崎辰郎さんは次のように説明します。

「合志市は熊本市に隣接し、近年人口が増えている地域ですが、それに伴い、福祉や教育に関する予算の増加や、他地域と同様に高齢化の課題も抱えています。そのようななか合志市では、市民の心と体の健康の実現などをめざした『健幸都市こうし』をスローガンに掲げ、民間と連携しながら、健康寿命の延伸に向けたさまざまな取り組みを実践しています。その一環として、年齢や障がいの有無に関わらず取り組めるUDe-スポーツを、市内をはじめ広く普及させ、ユニバーサルデザインな社会を実現するための協議会を発足しました」

合志市市長公室 秘書政策課の村崎辰郎さん

対戦で競争心が、交流でコミュニティが醸成される

合志市内では、高齢者の交流の場「ふれあいいきいきサロン」が社会福祉協議会の主催で、公民館などの公共施設で定期的に開催されています。このサロンでは、体操や社交ダンスなど多彩な活動が行われており、最近ではUDe-スポーツにも力を注いでいます。上古閑(うえこが)公民館でも、近隣に住む60代~90代の方々が月に2~3回集まってUDe-スポーツを楽しんでいます。

大盛り上がりの3市町オンライン対抗戦。対戦相手に勝利すると全員、拍手喝采

2023年8月28日に上古閑公民館で行われたのは、合志市と同じく熊本県にある山鹿市、高森町の3市町によるオンライン対抗戦。ボタンを連打してゴールをめざす「徒競走」、画面に出てくる玉と同じ色のボタンを押して投げ入れる「玉入れ」など3競技で対決し、ナンバーワンを決める大会です。

パソコン画面を介して選手による自己紹介後、ゲームがスタート。開始と同時に選手はものすごい勢いでボタンを連打。観客側も「がんばれ!」「もう少し!」と大声援。オンライン対戦とは思えないほど、会場内には熱気があふれていました。

勝負の行方を見守る藤木悌一さん(中央)と参加者のみなさん

対抗戦に参加した83歳の藤木悌一さんは、夫婦で月2回、UDe-スポーツを楽しんでいます。「今までゲームの経験はなかったけれど、練習を通じて瞬発力がついた気がします。自然と競争心が刺激され、負けるともっとがんばろうという気持ちになる。いつも帰ったら夫婦で反省会をしています(笑)」

ハッピーブレイン代表の池田さんによると、UDe-スポーツは、ルールやプレー方法を分かりやすくするだけでなく、あえて勝ち負けがはっきりする仕様にしているそう。勝敗をかけて対決することによって、脳の血流量が上がりやすくなるといいます。

また最近では、家に閉じこもりがちな高齢者がうつになるケースも非常に多いといわれています。「サロンでの集合試合や、オンラインでの他者との交流は良い刺激になり、認知症予防だけでなく、うつの予防にも役立ちます。参加者へアンケートをとったところ、UDe-スポーツを始めたことで、日常生活での行動意欲も向上した人が多いことが明らかになりました」と池田さん。

プレー前には参加者全員で体操を行う

また、同公民館でサロンの取りまとめをしている74歳の櫻井京子さんは、UDe-スポーツが地域の高齢者にとって日々の刺激となり、コミュニティの活性化にも貢献していると話します。

「普段は多くの高齢者が家でテレビを見るだけの生活だけど、UDe-スポーツのために公民館に集まるときは、おしゃれして来るんですよ。誰かと顔を合わせるのは、とても大事なこと。みんなと話せる機会ができてうれしいですね」

上古閑公民館でサロンの取りまとめをしている櫻井京子さん。サロン後はいつも参加者の家をまわって感想を聞いている

パソコンの操作スキルが向上し、障がい者の就労にも寄与

UDeスポーツは、高齢者だけでなく障がい者の社会参画のきっかけにもなっています。鹿児島県に住む有村夕記さんは、脊椎性筋萎縮症、後縦靭帯骨化症を患っており、肘の屈曲や、腕の上げ下げが難しい状況です。しかし約2年前、リハビリの先生からUDe-スポーツを紹介されて取り組み始めたところ、指が動かしやすくなるなど、身体機能に改善が見られ、パソコンも操作できるように。2022年からは熊本市内の企業とパート契約を結び、SNSの代行業務などの在宅業務を行っています。

「週4回、1日2時間ほど、SNSのリサーチ業務やインターネットを検索して企業の取引先候補をリストアップする仕事をしています。これまでは働いたことがなく、家でテレビやインターネットを見るだけの生活でしたが、今は毎日やるべきことができて、やりがいをもって過ごしています」と顔をほころばせる有村さん。

「パソコンが使えるようになって、家族以外のいろんな人と話せるようになったことがうれしい」と話す有村夕記さん

また、有村さんは現在、熊本県と東京の企業が合同で実施している事業に参加し、WordやExcel、プログラミングのスキルも勉強中。すでに、WordとExcelは使えるようになり、プログラミングもアプリの作成スキルまで習得したとのこと。「今後は、新たに学んだスキルも仕事に活かせていけたら」と目標を語ります。

こうした障がい者向けのUDe-スポーツを用いたリハビリや就労支援について、ハッピーブレインの園田大輔さんは次のように説明します。

「重度の障がいがある人に対して、その人の体の動かしやすい部分にあわせて、福祉用具などをセッティングし、UDe-スポーツをプレーできる環境を作っています。障がいの種類や個々の能力にあわせてゲームをカスタマイズするんです。例えば、視線の動きを読み込む装置を設置すれば、目を動かすだけでゲームすることも可能なんですよ」

また、有村さんのようにUDe-スポーツを入り口としてそこから発展し、就労までめざす人が増えてほしいとも語る園田さん。

「障がい者施設では働いてもらえる報酬は低額な場合が多いですが、一般企業で働けば最低賃金額が支払われます。『自分の子どもが給料をもらえると思っていなかった』と喜ぶご家族も多いです。プログラミングのスキルを身に付けたら、仕事の幅はさらに広がることでしょう」

ドクターが「一度も笑った顔を見たことがない」と話していた人が、UDe-スポーツを始めて笑顔を見せるようになったケースもあるとのこと。UDe-スポーツが障がい者の生きがいづくり、意欲向上のきっかけに大きな役割を果たしていることがよく分かります。

課題は資金とデータ活用。UDeスポーツで日本中の垣根を取り払う

UDe-スポーツ協会では、ゲームを活用したオリジナルの「認知機能検査」も行っている。この検査で集まったデータの活用方法も課題の1つ

今後UDe-スポーツを推進していくにあたり、抱いている課題について合志市役所の村崎さんは次のように話します。

「現在、この事業は県からの補助金を使って実施していますが、いつまでも頼ったままではいられません。補助金がなくても運営できる持続的な体制づくりが必要です。また、高齢化やコミュニティの希薄化は合志市だけの問題ではありません。そのため多くの地域と連携して、UDe-スポーツを取り入れた活動を広めていきたいですね。また、UDe-スポーツのようなデジタル技術を用いた施策は、リアルとの融合が欠かせないと思います。まずはじめに現場でのアナログな取り組みがあって、それを補う手段としてデジタルを活用する。そのバランスを大切にしていきたいですね」

池田さんがめざすのは、あらゆる人がUDe-スポーツを通してつながる「ごちゃまぜの世界」。ゲームには、異なる背景の人々同士が触れ合いやすくなり、自然と地域コミュニティの形成を促進する力があると池田さんは語ります。

「高齢者と若い人が、何の接点もない状態で会話するのは難しい。でもゲームで一緒に遊ぶと、そのハードルは一気に下がります。障がい者と健常者も同じです。多様性を大事にしなさいと言われても、触れ合うきっかけがなければ、どうしていいか分からないですよね。我々は障がい者と健常者が対戦する大会も開催していますが、ゲームをしながら双方の間に自然と会話が生まれるんです。そうした機会をきっかけに、普段街で会ったときにも話せる間柄になると思います。

日本中でUDe-スポーツが行われたら、日本はもっと活気づくのではないでしょうか。多様性とは何かを語る前に、まずはぜひ試してみてほしいですね」

ゲームという枠を超えて、地域コミュニティの形成やダイバーシティなまちづくりの促進など、さまざまな成果を上げているUDe-スポーツ。多くの社会課題を解決する手段の1つとして、今後の広がりがますます期待されます。