CASE#1

秋田県 男鹿市
男鹿市からのまちづくりの挑戦

“稲とアガベ”岡住修兵と描く「酒特区男鹿」

秋田県男鹿市からスタートした「Co-design Program(以下CDP)」。第1回では、デザインファームKESIKI代表の石川俊祐さんを中心にワークショップを開催し、まちの人々とともに「10年後の男鹿の姿」について語り合いました。

第2回となる今回、男鹿市サイドのオーガナイザーとして、ともにまちづくりを進めている「稲とアガベ」代表の岡住修兵さん。彼の活動にスポットを当てながら、ワークショップで語っていた「酒特区男鹿」とはどういう構想なのかを紐解いていきます。

目次

誰もが手に取れる“クラフトサケ”を発信

みなさんは“クラフトサケ”というお酒の種類を耳にしたことはあるでしょうか。稲とアガベの活動を知る上で、まず”クラフトサケ”がどのようなお酒なのか、知る必要があります。岡住さんも会員を務める日本クラフトサケブリュワリー協会によると、「日本酒(清酒)の製造技術をベースとして、お米を原料としながら従来の『日本酒』では法的に採用できないプロセスを取り入れた、新しいジャンルのお酒」とクラフトサケを定義づけしています。

そもそも日本では、日本酒の醸造免許の新規発行が認められない、という現状があります。そのため、新しく酒造をつくること、日本酒づくりに新規参入することは、既存の蔵元を買収するもしくは継承するしかなく、非常にハードルが高いものとなっています。

クラフトサケは、そんな日本酒づくりへの障壁を乗り越えるために生み出されたお酒の新カテゴリーです。たとえば「どぶろく」もクラフトサケの一つです。このどぶろくを搾ること(お酒と酒粕に分ける)で、清酒=日本酒は生まれます。そのどぶろくに、時にはフルーツやハーブ、ホップなど、多様な副原料を加え、日本酒のルールに縛られない自由な発想で作られたお酒こそ、クラフトサケなのです。

そして伝統ある日本酒づくりの一端を学びたい、一から酒造業にチャレンジしてみたい、と志を抱く人もいます。岡住さんもその一人でした。

男鹿駅の至近にある「稲とアガベ」の醸造所兼オフィス。ショップとカフェも併設されており、クラフトサケの試飲やオリジナルの料理も楽しめる。

稲とアガベを立ち上げクラフトサケの醸造所をスタートした理由を、岡住さんはこう語ります。
「日本酒作りは醸造免許の発行という高い障壁があり、クラフトサケをスタートしました。作っていくうちにどんどんと製造の面白さや味わいの面白さに気づき、市場を開く可能性があると感じたんです。今はつくるのが非常に楽しく、若い世代を中心に多くのファンも生まれ、このクラフトサケを文化として定着させたいと考えています」

クラフトサケとともに、酒粕の価値も高める

岡住さんにお話を伺いつつ、稲とアガベの心臓部と言える醸造所の内部も見学させていただきました。もともとは男鹿駅の駅舎だった建物をリノベーションした醸造所で、その由来通り男鹿線の線路と並行して建っています。

そこには発酵タンクが並び、麹室や絞り機など、お酒造りに欠かせない設備が所狭しと並び、部屋全体が蒸気に覆われています。

「稲とアガベのクラフトサケの中心が、この醸造所です。ここで、試行錯誤を繰り返しているわけです。たとえば本来1ヶ月ほどかかるクラフトサケの製造工程を、商品開発に工夫を凝らすことで15〜20日に短縮しました。提供スピードを上げることで、商品の単価も抑えられるからです。私たちの製品づくりは、この場所で日々進化しているわけです」

発酵タンク内部の様子。上澄みの酒粕からはふつふつと呼吸しているように気泡があがり、タンクのまわりは蒸気に包まれている

そんなクラフトサケ作りですが、課題もあります。それは、酒造の過程で出る酒粕の処理問題。秋田県内の日本酒の酒蔵だけでも年間約400トンもの酒粕が廃棄されています。この酒粕は、クラフトサケの製造工程でも例外なく発生します。「お酒を好きになる入口としてのクラフトサケ」をめざす岡住さんにとって、この酒粕の廃棄問題もお酒を敬遠される理由のひとつになる、と考え解決のための創意工夫を重ねています。

酒粕を使った発酵マヨと発酵ケチャップ。ほのかな酒粕の風味とコクで人気を博し、ECサイトでも品薄の状態が続く

そのひとつが、酒粕を使った食品加工事業です。これまで稲とアガベでは、酒粕を使ったマヨネーズ(発酵マヨ)やケチャップなどを販売してきました。そのテイストや製造背景が反響を呼び、クラフトサケと並ぶ看板商品となったのです。

「お客様の評判もあり発酵マヨだけで、私たちが出す酒粕をある程度賄えるようになりました。ただ、私はそれだけじゃなく、秋田県内の酒蔵で捨てられる酒粕にもしっかりと価値あるものにしたい、と考えています。

秋田の日本酒業界全体の下支えができるようになりたい、と。酒粕事業が、日本酒浸透の次の一手になっていくような取り組みにしていきたいですね。
たとえば今、酒粕を使った肥料づくりや美容製品の開発など、食べるだけではないさまざまな活用法を模索するプロジェクトが進行しています。」

岡住さんの考える新たな事業は、ひいては新たな雇用を生み出し、まちの特産品を増やし、男鹿全体の活性化にも繋がっていきます。その理想を叶えるため、まずどんなまちを作りたいか、石川さんを交え意見交換がスタートしました。

「酒特区男鹿」を描く

前日のワークショップで岡住さんは「酒特区」のあるまちを作りたい、と語っていました。

「『酒特区』というのは、日本酒やクラフトサケを自由に作ることのできる特別なまちです。男鹿を『酒特区』にする、それが私の10年、いやもっと早く実現したい夢なんです。実現すれば、男鹿だけが日本で唯一日本酒を作ることのできるまちになります。日本酒を作りたい若者たちが男鹿に集まり、メインストリートの空き家が少しずつ醸造所になる。私たちだけじゃなく、たくさんのプレイヤーが出てきて、『新興の酒蔵がいっぱいあるらしいよ』と話題になる。10年後そういったムーブメントを、このまちに芽吹かせたいんですよね」

「じゃあ、そんな岡住さんのイメージするまちを、マッピングで描いてみましょう」
岡住さんの話を受け、石川さんが取り出したのはホワイトボードと建物や人物を模した付箋。石川さんのチームが、まちをデザインする時に必ず行う作業です。

(ここに学校のキャンパスを作りたいですね、農業や食に関することが学べる学校。稲とアガベで学生研修を受け入れて、酒造について学んでもらう。ゆくゆくはその子が男鹿で酒蔵を立ち上げたり、レストランを経営したり…….いっそまち全体をキャンパスにするのはどうですかね?)
(若者のためのレジデンシャルプログラムと、それを実現する施設なんかもあるといいですね。のアーティストレジデンスの酒造版のようなものがあると交流の場にもなりますよね)
(病院や介護施設、金融機関などは必須の施設。アクセスのよい立地にしましょうよ)

石川さんチーム、稲とアガベのスタッフ、その場にいる全員の意見が飛び交い、『酒特区男鹿』がだんだんと形作られていきます。

「ここにみんなで描いたまちは、一つの理想の姿です。じゃあ、私たちはこのまちを具現化するためにどうするのか。まずはこの地図に説得力を持たせて、この場にいない住民や市の職員など多くの人にビジョンを共有する必要があります。マッピングをよりイメージしやすくするため、グラフィックに起こすんです。次のフェーズは、このマップをデザインに落としこみ、みんなの共通理解を深めることです」

石川さんが語るとおり、CDP男鹿の第3回のテーマはまちのデザイン。このマッピングをもとに制作されたグラフィックと、『酒特区』に込められた想いについてレポートします。

酒造りの命とも言える水。岡住さんの案内で、男鹿の名水として知られる「滝の頭湧水」の地を訪れた