アドバイザー活動紹介

Withコロナ時代にデザイナーが描く「デザイン」と「未来」と「まちづくり」

アートやデザインをまちづくりに活用する事例が増えている。その先駆的な事例ともいえる、六本木ヒルズの再開発プロジェクトにクリエイターとして参画。革新的な作品を次々に世に送り出し、世界的に高い評価を受け続けているデザイナーがいる。アメリカNewsweek誌上で「世界が尊敬する日本人100」に選ばれた、吉岡 徳仁氏だ。Withコロナ時代を迎えた今、アートやデザインを活用したまちづくりは、どのような方向に向かうのか。吉岡氏が考えるデザインやまちづくりの可能性に迫ってみたい。

ほかとは違う新しい魅力がなければ、世の中の支持は得られない

「今、世の中にはデザインが溢れています。そのほとんどは1年程度で色あせてしまいますが、なかには、時代が変わっても古さを感じないデザインがある。時代を超えて人々を魅了するデザインを生み出すためには、リスクを顧みず挑戦することと革新的なアイデアが必要で、そこに美しさがプラスされることによって普遍性を獲得していく。未来につながるデザインとは、そういうものだと思うのです」 こう語るのは、デザイナーの吉岡 徳仁氏だ。

デザイナー/アーティスト 吉岡 徳仁氏

倉俣 史朗、三宅 一生のもとでデザインを学び、2000年吉岡徳仁デザイン事務所を設立。国際的なアワードを多数受賞。東京2020オリンピック・パラリンピックでは、聖火リレートーチのデザインを手掛けている。

だが、革新的なアイデアは追随者を生み、複製されたデザインが巷に溢れる。もちろん、まちづくりも例外ではない。再開発ブームが全国に波及すると、「個性を失ったまち」が、各地に林立することとなった。
「情報化社会では情報があっという間に拡散するので、『いいものとは、こういうものだ』というラインが見えやすく、それを評価する人の数によって価値が決まっていきます。その結果、デザインにせよ、まちづくりにせよ、次第に個性がなくなって均質化していくわけです。
学生の作品を見ても、皆、優秀ではあるけれど、新しさや魅力に欠けたものが少なくありません。全体的なレベルは低くはないのですが、自らの考えからではなく、情報からデザインされたものが多くて、ワクワクしないんです。しかし、ほかとは違う独自の魅力がなければ、世の中の支持を得ることはできません。これからは、“個性”や“特別感”がますます価値を高めていくのではないでしょうか」
それでは、どうすれば個性的で、特別感のあるデザインを生み出すことができるのか。それは「時にはリスクを選び、挑戦すること」だと吉岡氏は言う。
「挑戦するといっても、やみくもに挑戦すればいいというものではありません。デザインの表面的な部分ではなく根本的な部分で、今までの考え方やつくり方を180度変えるような提案をすることが重要です。ただし、そのためには革新的なアイデアが必要ですし、前例のないことに挑戦する以上はリスクがともなう。そこが難しいところであり、ワクワクするところだと思います」

人の関心は「モノ」から「時間をどう過ごすか」に移りつつある

ひと口にデザインといっても、その対象領域は幅広い。デザインの可能性を一気に広げたのが、近年の「モノ」から「コト」へという、消費者ニーズの変化である。バブル崩壊後、消費者の「モノ」離れが急速に進み、消費者の関心は体験を重視する「コト」消費へとシフトしていった。それにともない、デザインの領域も「モノ」から「コト」へと拡大。単にものの形や色を考えるのではなく、感覚を刺激し、ものの見方を変えるデザインが求められるようになった。
それを具現化したデザインの一例が、2009~2010年冬、吉岡氏が銀座メゾンエルメスで行ったインスタレーションだ。この展示では、ショーウィンドウに設置されたモニターに女性の映像が映し出され、女性が息を吹きかける仕草をすると、まるで吐息にあおられたかのように、スカーフがひらひらと舞う。仮想と現実を組み合わせることで、スカーフ本来の美しさとエルメスの繊細な美を浮き彫りにしたこの展示は、海外でも大きな反響を呼んだ。革新的なアイデアが、未来を手繰り寄せた瞬間だった。

Courtesy of Hermès Japon
銀座エルメスのウィンドウ・ディスプレイ「吐息」
女性が映像の中で息を吹きかける仕草をすると、ウィンドウに展示されたスカーフが風になびくという趣向だ

「デザイナーには、新しい価値観を表現し、未来への方向性を示していくことが求められています。これからは『時間』のデザイン、ひいてはライフスタイルのデザインが重要になると思います。なぜなら、人々の関心が、『モノ』それ自体から、『時間をどう過ごすか』に移りつつあるからです」と吉岡氏は指摘する。

人の心を揺さぶるデザインを生み出す原動力とは

吉岡氏の代表作の1つに、「ガラスの茶室 − 光庵」がある。これは、2011年の第54回ヴェネチア・ビエンナーレ国際美術展で発表されたもの。2015年には京都・将軍塚青龍殿の大舞台でも披露され、大きな話題を呼んだ。
「ガラスの茶室は光そのものでできていて、茶室に生ける花まで太陽の光で表現されています。伝統的な日本の茶室空間とは真逆のものですが、光を使って表現することで、より自然に近い、自然と対話できる空間をつくり上げることができました」
太陽は時間とともに移ろい、降り注ぐ光が茶室にさまざまな表情を与える。そして、午後のある時間になると、クリスタルプリズムの彫刻から虹色の光が放たれる。生け花ならぬ「光の花」が現れるという趣向である。

©Yasutake Kondo
ガラスの茶室 − 光庵
第54回ヴェネチア・ビエンナーレ国際美術展で発表された。空から降り注ぐ光の移ろいにより、茶室の表情は千変万化する。日本人の自然観を表現した作品だといえるだろう

この作品では、「日本人の自然に対する特別な感覚」を表現したかった、と吉岡氏は言う。 「海外でインスタレーションの仕事をしていると、逆に日本のよさが見えてくるんです。それがきっかけで、日本文化の美しさや不思議さ、日本人特有の考え方について思いを巡らせるようになりました。日本人は、自然に対して特別な感覚を持っているのではないか――その疑問をひも解くためにつくったのが、この作品です。それは、自分とは何かを問い直す作業でもありました。作品をつくるということは、自分を知ることでもあるわけです」
こうした作品を観ると、吉岡氏は常に自身の“感覚”や“個性”を研ぎすまし、いかに新しい挑戦を続けているかが理解できる。しかし、吉岡氏が重要視しているのは、それだけではない。それを観る人や受け手側の想いを常に想像しながら、作品のあるべき姿を考え抜いていくのだという。
「創り出す作品は、デザイナーだけのものではありません。プロだけがわかる、プロにしかわからない、そうした領域があって良いとは思いますが、その背景にあるいろいろな方の想いを汲み取り、それを観る方の笑顔や喜びを想像し、1つのカタチとして紡いでいく。それもデザイナーに与えられた大事な役割だと感じています。そうした意味でも、アートやデザインは、深い部分で考え方の“強さ”が必要です。日本のアートはとてもきれいで上手いのですが、アメリカのアートと比べるとストーリーの強さに欠ける傾向がある。でも、アーティストの人生やストーリーが作品の価値を決めるわけですから、ストーリー性はとても大事だと思うのです」
その点はまちづくりも同じ、と吉岡氏は言葉を続ける。
「『このまちはこういう場所です』というキャッチフレーズが、人の心を揺さぶるようなものであれば、聞いた人はワクワクして『そんなまちなら住んでみたい』と思うようになる。そのまちならではのストーリーを感動的な言葉で伝えることが、そのまちの価値を高めるのではないでしょうか」

均一化された社会から、より自由で多様な社会へ

今、吉岡氏は銀座のまちづくりにかかわっている。地下鉄の銀座駅に常設のアートワークを置くプロジェクトが進行しており、2年がかりで作品制作に取り組んでいるという。
訪日観光客が多い銀座という立地を考慮し、「世界を意識しつつ、銀座に通う人が毎日見ても飽きない、ワクワクするような作品にしたい」と吉岡氏。地球全体が新型コロナウイルスの脅威にさらされている状況を踏まえ、「世界が1つになって、希望の未来をつくり出すような作品にしたい」と思いを語る。
「今回のことで、今一度、いろいろなことを考え直す時代が来たと感じています。僕らは今が特殊な状況だと思っているけれど、もしかすると、コロナ禍に見舞われる前の方が特殊だったのかもしれない。僕らは、常に進化し、常に成長し続けなければならないと思い込んでいたけれど、そういう考え方が本当に正しかったのかどうか。これまで正しいとされてきたことが、今回のことでいったんゼロベースに戻るのだとしたら、それは自然なことなのかもしれません。情報化社会の中で均一化され、正しいとされてきた基準が崩れつつある。もしかすると、人間の生き方は、もっとピュアになっていくのかもしれません。自分にとって働く喜びとは何か、自分にとって本当に必要なものとは何か。そうしたことを自問しながら、本来の“個”に従って生きる時代が来る。より自由で多様な社会に変わっていくのではないかと感じています」
多様な価値観が共存する社会で、互いに助け合いながら、一人ひとりが自分らしく生きる――。それが来るべき未来の姿だとするならば、その実現をテクノロジーでサポートしながら、コミュニティのあり方をリデザインし、持続的なまちづくりを進めていくことが企業の役割でもある。
「世の中が危機に直面した時には、企業の考え方が鮮明に表れます。大勢の人が困っている時だからこそ、本プログラムにご賛同いただいた企業の皆さんには、1つの軸を持ってまちづくりに取り組んでいただきたい。それが社会にもたらすものは、大変に大きいと思います」と今後を見据えた。