アドバイザー活動紹介

地域の一人ひとりが本当の豊かさや幸せを
実感できるまちづくりをめざしていきたい

メディアアートと産業、企業とのコラボレーションにより、新しい価値を生み出してきたライゾマティクス。その活動領域は、アートや広告から都市開発、まちづくりにまで広がり、社会に大きなインパクトを与え続けている。現在、ライゾマティクス・アーキテクチャーの主宰として、国内トップクラスのクリエイター集団を率いるのが、齋藤 精一氏だ。地域の魅力を高め、真のスマートシティを具現化するために必要なものとは何か。まちづくりの分野で豊富な知見と実績を持つ齋藤氏に話を聞いた。
(取材日:2020年4月)

目次

「人の豊かさや幸せ」を強く意識することが、まちづくりのカギに

次世代のまちづくりに向けて、「スマートシティ」構想を掲げる自治体が増えている。ICT*の利用を前提としていることもあり、従来のスマートシティ構想は、テクノロジー先行で語られる傾向があった。
だが、「今回のパンデミックを契機として産業構造は大きく変わり、人にフォーカスした社会への移行が進む」と齋藤氏はみる。「今回のコロナ禍で否応なく気付かされたのは、『人を中心に考えなければ、幸福という概念自体が成り立たなくなる』ということです。僕らは、『人間って何だろう』と今一度問い直し、その答えを再定義する時期に差しかかっているのではないでしょうか。そうした意味でも、これからのまちづくりは、“地域に生きる一人ひとりがいかに豊かさ(Well-Being)や幸せを実感できるか”がより重要なテーマになると思います」。

*ICT: Information and Communication Technology(情報通信技術)

ライゾマティクス・アーキテクチャー主宰 齋藤 精一

建築デザインをコロンビア大学建築学科(MSAAD)で学び、2000年からニューヨークで活動を開始。2003年の越後妻有アートトリエンナーレでアーティストに選出されたのを機に帰国。フリーランスとして活動後、2006年株式会社ライゾマティクスを設立。2016年に社内で設立された3部門の中のひとつ、「アーキテクチャー部門」を率い、これまでに培ったノウハウを基に、まちづくりに向けたイベントや空間演出、コンセプト設計などに携わっている。

成功のカギは「データ共有のインフラ作り」と「共創」

それでは、「人の豊かさを意識したまちづくり」を行うためのポイントとは何だろうか。まず重要なことは、「豊かさを客観的に指標化するデータを収集・分析・共有するためのインフラをどう作るか」だと齋藤氏はいう。豊かさを実感するためには、一人ひとりをより深く理解して、個人のニーズに即したきめ細かなサービスを提供することが重要になるからだ。
「最初に定義する必要があるのは、全体的なプラットフォームの設計です。その際に不可欠なのは、『収集したデータをどのように活用して、人の生活にどのようなベネフィットをもたらすのか』という視点です。多くのケースでは、データを提供する見返りとして、住民が利益を享受する仕組みが設計されていない。データを収集・分析・共有するためのインフラを作るためには、まちづくり全体のシステム設計とベネフィットの設計を一緒に行う必要があるのではないでしょうか。」
とはいうものの、データ収集の見返りとして得られるベネフィットを数字で説明しても、住民の理解を得るのは容易ではない。そこで、齋藤氏が勧めるのが「エンターテインメントの活用」だ。例えば、ゲームや音楽などのイベントを通じて必要なデータを収集し、行動解析や市場分布などに活用していく。
「エンターテインメントのワクワクやドキドキ、楽しさを通じて、必要なデータを共有すること。それが、これからのまちづくりを考えるうえで重要なカギになると考えています。」と齋藤氏は語る。
もう1つのポイントは、まちづくりのプロセスにおいて、地域や産業、法人の枠を超えた共創を進めることだという。
「まちづくりの現場では、競合関係にある企業同士が牽制しあって連携がうまくいかないことも多い。もちろん健全な競争は重要ですが、それが強すぎるとまちづくりに必要な要件を十分に満たすことはできません。地域の理想像を実現するためには、地域や産業、組織の枠を超えてノウハウを持ち寄り共創することが必要なのです。」
例えばICT系の企業なら、ノウハウやデータの共有を進める意味でも操作のAPI化**やオープンソース化は欠かせない。住民一人ひとりが豊かさを実感できるまちを作るためには、「競争」を超えた「共創」を進め各社が互いに協力し合うことが大事、と齋藤氏は指摘する。

**API: Application Programming Interface(アプリケーション連携)

スマートシティとはテクノロジーだけの話ではない

こうした考えのもと、現在、ライゾマティクス・アーキテクチャーでは学術的なリサーチやデザイン、幅広い実装技術を駆使して全国各地の自治体のまちづくりをサポートしている。
その事例の1つに、2019年秋の横須賀市のアートイベント『Sense Island -感覚の島- 暗闇の美術島』がある。
このイベントは、「ヨコスカ・ブランドの再構築」をめざして企画されたもの。横須賀は幕末以来の国防の要衝であり、戦後は首都圏のベッドタウンとして発展した。だが、造船業の衰退とともに高齢化が進み、ブランドイメージを高めて人口流出に歯止めをかけることが急務となっていた。
「地域ブランド再生のケースでは、ほかの自治体の成功事例を踏襲している例を見かけます。しかし、それではどこにでもある金太郎飴のようなイベントになってしまいます。そうではなく、横須賀ならではのブランドを実装できるイベントにしたいと考えました。」
幸い横須賀は、国内でも無類の“キャラ立ち”した町。市内には米軍基地や軍港があり、洋上には幕末の砲台跡が残る無人の要塞島・猿島が浮かぶ。なかでも齋藤氏を魅了したのが、スタジオジブリの映画「天空の城ラピュタ」を彷彿とさせる、猿島の奇観と豊かな自然だった。
「猿島には土地にまつわる物語があり、あそこでしか見られない固有種の植物もある。そんな横須賀ならではの自然や文化をフィーチャーしたいと考えました。横須賀ならではのブランドを求めて掘り続け、最後にたどり着いたのはテクノロジーとは無縁のイベントでした。島の入り口でスマートフォンを封筒に入れ、感覚を研ぎ澄まして夜の無人島を体験してもらう――テクノロジーを封印して“人間の感性を再定義する”イベントに行き着いたのです。」

Sense Island -感覚の島- 暗闇の美術
2019年11月3日~12月1日、東京湾に浮かぶ無人島・猿島で行われた夜のアート・イベント「Sense Island -感覚の島- 暗闇の美術島」。齋藤氏がプロデュースを担当した。

もう1つの事例は、2018年10月に大分県日田市で行われた文化イベント「日田の山と川と光と音」だ。日田市は2017年の九州北部豪雨で甚大な被害を受け、その復興事業としてイベントを計画していた。その企画・プロデュースを、日田市はライゾマティクス・アーキテクチャーに依頼。当初、市からは「プロジェクションマッピングをやりたい」という話もあったが、齋藤氏はあくまでも地域の独自性にこだわったという。
「九州北部豪雨では、日田市は川の氾濫により大きな被害を受けました。一方で、日田市が歴史を通じて、川から大きな恩恵を受けてきたのも事実です。日田杉の下駄も、水流を利用した唐臼で陶土を砕く小鹿田焼も、川の恵みによって生まれたもの。そこで僕が行き着いたのが、『川を憎み、川を愛す』という裏テーマでした。」
イベントでは大山ダムをステージにし、1kmにわたって川沿いにムービングライトを配置。「川がどれほど地域と深く結びついているか」を光と音で表現した。「その町ならではの魅力は、内部にいるとなかなか見えないところがあります。それを“よそ者視点”で見つけ出し、地域の価値を再定義するのが僕の仕事だと考えています」と齋藤氏は言う。

日田市水害復興芸術文化事業「日田の山と川と光と音」
2017年7月の九州北部豪雨で甚大な被害を受けた大分県日田市が、2018年10月27日に開催した一夜限りのイベント「日田の山と川と光と音」。この催しは、アートによる水害復興支援を目的としたもの。ライゾマティクス・アーキテクチャーが企画・演出を担当した。

先駆けとして、『サステナブル・スマートシティ・パートナー・プログラム』による複数分野のスマートシティソリューションの実装に期待

もちろん、スマートを追求する道のりは平坦ではない。齋藤氏は語る。
「『豊かさを具現化したいから、ICTを実装したい。それには100億円の費用がかかります』と言われても、資金を捻出してくれる自治体・企業は多くはないでしょう。日本でスマートシティ事業が進まなかったのも、コスト設計の難しさが1つの理由です。その点、横須賀や日田でやったようなエンターテインメント系のイベントには、楽しさや面白さというわかりやすいベネフィットがある。しかも、1回やると課題が山ほど出てくるので、そこから得られる経験値も高い。僕は、いわば“ドアノックツール”となり、スマートの世界に切り込みながらノウハウを蓄積してきました。そのノウハウを、人の豊かさにフォーカスしたまちづくり支援に活かしていきたいと考えています。」
現在、さまざまな自治体が未来のビジョンを描き、新たなまちづくりに乗り出している。
地域が抱える課題が深刻化する中、ほかの自治体との連携を模索する動きも拡大。「地域にないものは隣の県や市町村と共有し、それぞれの自治体が持つ固有の価値を磨いていこう」という機運も高まりつつある。
「スマートシティを事業として加速していくためには、実現性や実装性に優れ身の丈に合った設計に落としていくことが重要です。その意味で、『サステナブル・スマートシティ・パートナー・プログラム』は、スマートシティの概念を再定義する好機ともいえると思います。大切なのは、スマートシティを実装していくこと。最初は痛い目に合うこともあるかもしれませんが、覚悟を持って実装を進めていただきたいです。僕がプログラムに期待しているのは、分野横断した総合力です。エンターテインメントからインフラまでを一貫して作り、日本初の実例をぜひ作っていただきたい。そんな役割を期待しています。」