アドバイザー活動紹介

『プロジェクトGenZAI(ムーンショットR&Dプログラム)』誰一人取り残さないスマートシティの創造に向けて

(寄稿:2021年3月)

目次

ジュネーヴで開催された国連ITU主催「AI for Good」グローバルサミットにて。

早稲田大学文学学術院・AIロボット研究所教授
ハーバード大学「インターネットと社会」研究所ファカルティ・アソシエイト
ケンブリッジ大学「知の未来」研究所アソシエイト・フェロー
高橋 利枝氏

お茶の水女子大学理学部数学科卒。東京大学大学院社会学研究科修士課程修了。同大学院人文社会系研究科博士課程単位取得満期退学。英国ロンドン・スクール・オブ・エコノミクス(LSE)大学院博士課程修了Ph.D.取得。現在は早稲田大学文学学術院教授。人工知能やロボット、スマートフォン、SNSなどを人文・社会科学の立場から分析している。専門はメディア・コミュニケーション研究。未来のAI社会の創造に向けて、ハーバード大学やケンブリッジ大学などと国際共同研究を行っている。主な著書『デジタル・ウィズダムの時代へ 』(新曜社, 2016年, テレコム社会科学賞入賞)。総務省情報通信審議会委員。東京オリンピック・パラリンピック競技大会組織委員会テクノロジー諮問委員会委員。

「誰一人取り残さないスマートシティ」とは

2020年、世界は一転しました。新型コロナウイルス感染症のパンデミックによって、日本ばかりでなく、世界中の人々が外出制限を受けました。自由を束縛された中で、これまで気づかなかった自分の住む街の大切さに気づくことができました。街の持つ自然や人の優しさに触れるたびに幸せを感じると同時に、コロナ禍におけるテクノロジーの活躍にもあらためて気づかされました。

今まで10年かかると言われていた「デジタル・トランスフォーメーション(DX)」やAI化が、コロナ禍によって急速に推し進められています。IEEE (Institute of Electrical and Electronics Engineers) が実施したアンケート調査の結果では、2020年最も注目されたテクノロジーは 「AI技術」。さらに2021年以降、成長を期待するテクノロジーも、5G通信などの「高速通信技術」(30.0%)に次いで「AI技術」(28.8%)が挙げられています。DXを推進するために新設されるデジタル庁は「誰一人取り残さないデジタル化」を基本理念としています。

「誰一人取り残さないスマートシティ」を創るためにAI技術は、どのように貢献できるのでしょうか?「誰一人取り残されない社会」に必要な要件は、多様性と社会的包摂(インクルージョン)です。AI技術の発展によって、人種や性別、年齢、階級などを超越し、多様な人々がつながり、インクルーシブな街や社会を創ることが期待されています。

「ムーンショットR&Dプログラム」

私は現在、IEEE会長の福田 敏夫教授をPD(プロジェクト・ディレクター)とした「ムーンショットR&Dプログラム」に参加しています。PM(プロジェクト・マネージャー)の早稲田大学理工学術院の菅野 重樹教授の元、尾形 哲也教授、村垣 善浩教授と共にサブ・プロジェクト・マネージャーとして、「一人に一台一生寄り添うスマートロボットAIREC(AI-driven Robot for Embrace and Care)」の開発を行っています。

IEEE福田会長(右)と高橋氏(左)

このプロジェクトでは、子どもの見守りから、学習、家事、仕事、健康管理、介護、看護、医療に至るまで、一人一人に合わせたサポートをしてくれるAI搭載型のスマートロボットを開発しています。例えば、超高齢化に伴い、人手の足りないスーパーマーケットでは、店員と一緒にロボットが棚卸しを手伝ってくれたり、一人では歩行が困難な高齢者を介助することによって、気軽に外出し、コミュニティに参加できるようになったり。2050年のAI社会は、スマートフォンのように、自分のスマートロボットを持ち、ローカルあるいはグローバルのさまざまな活動やコミュニティに参加し、新たな価値観や人生の生きがいを見つけられるような、インクルーシブな社会になるかもしれません。

スマートロボットのイメージ
ボディが柔らかい素材でできていて、人にやさしく、寄り添うロボット

「プロジェクトGenZAI」

しかしながら、このようなAI社会の実現には、技術的な課題ばかりでなく、超えなければならない社会的な課題が多く存在しています。また、日本と西欧では、AIやロボットに対する意識や受容が大きく異なります。 そのため、AI技術開発には、倫理的・法的・社会的な課題(Ethical, Legal and Social Issues, ELSI)から、多くの国際的な批判が投げかけられています。

このような社会的課題を解決するため、私は、ムーンショットR&Dプログラムでは、世界に通じるAI搭載型のスマートロボットの実用化方策を担当しています。これまで日本は、国内市場をメインターゲットとしてきました。しかし、スマートフォンに変わる次のメディアとして、スマートロボットを開発するときには、最初からグローバル市場をターゲットとした戦略が必要なのです。例えば、インターネット接続できる携帯電話は、iモードとして1999年、日本で誕生しました。しかしながら、20年たった今、アメリカのApple社のiPhoneや韓国のSAMSUNG社のGalaxyが、スマートフォンにおける世界のシェアを占めています。また、AI技術開発においても、膨大なデータを持つGAFAなどアメリカ企業や中国が2強となっており、日本は世界から後れを取っていることが指摘されています。

さらに、社会人類学者の中根 千枝さんが指摘した「ウチとヨソ」のように、同質で閉鎖的で、絶えず「空気」を読むことを求められてきた日本社会において、多様性をもったインクルーシブな「誰一人取り残されないスマートシティ」を創るためには、私たちはもっとグローバル社会から多くのことを学ばなければならないのでしょう。

そのため私は、AIスマートロボットのグローバル戦略として「プロジェクトGenZAI」を立ち上げました。プロジェクトGenZAIでは、ハーバード大学、ケンブリッジ大学、スタンフォード大学とともに、次世代を担う欧米・アジア8カ国10,000人の若者(Z世代*)を対象とした国際ニーズ調査を実施します。次世代を担う現代の若者は、Z世代と呼ばれ、近年注目を浴びています。このプロジェクトでは、Z世代のAIやロボット、未来社会に対する意識やニーズについて探ります。そして、調査対象国の研究者と協働で、世界に受け入れられるスマートロボットとするための要件について、文化の違いにおける受容性を把握し、グローバル戦略(デザイン、機能、位置づけなど)を提案していきます。

*Z世代:10代の頃からスマートフォンやソーシャルメディアを使いこなしてきたソーシャルネイティブ世代。プロジェクトGenZAIでは1996年-2010年生まれが調査対象。

また、プロジェクトGenZAIでは、これらの調査結果を踏まえ、ハーバード大学やケンブリッジ大学などと共にELSIに関する国際シンポジウムを行います。そして、「誰一人取り残さないAIロボット社会」の実現に向けて、多様性と社会的包摂、人権を考慮した、具体的なガイドラインや指標などを作成する予定です。

「ヒューマン・ファースト・イノベーション」

人は衣食住などの基本的欲求が満たされたとき、最後に追い求めるものは、「自己実現」に関する欲求だと言われています。AIは、自己実現のために、個々人に適した新たなチャンスをもたらすことでしょう。しかしながらその一方でAIがもたらす最大のリスクは失業問題と言われています。歴史学者のユヴァル・ノア・ハラリ氏(Yuval Noah Harari)は、膨大な「無用者階級」の創出の危険性を指摘し、 AI時代において「人間が取り残されないためには、一生を通して学び続け、繰り返し自分を作り変えるしかなくなるだろう。」と述べています。

そのため、私たちが暮らす街や社会は、一人一人が自己を創造し続けるためのさまざまな支援や機会を与えなければなりません。そして私たちも、AI環境に適応しながら、これまで以上に自己をクリエイティブに創造し続けるための力を身につけることが必要になるでしょう。

プロジェクトGenZAIでは、国際調査の結果を踏まえて、ハーバード大学やケンブリッジ大学とともに、AI社会を生きる力(AIリテラシー)を身につけるための教育マテリアルなども作成していきたいと思います。特に西欧では、AIやロボットは、フランケンシュタインやターミネーターなど、小説や映画などのマスメディアによって人間を滅ぼす恐ろしいイメージが与えられてきました。AIやロボットを利活用したスマートシティに対する信頼の獲得のためにも、今後AIリテラシーを身につけることは必要不可欠となるでしょう。

ケンブリッジ大学AIセミナーにて。ロボットJerryとCFI研究員Robinson(右)と高橋氏(左)

最後に、スマートシティの主役は、デジタル技術やAI、ロボットなどのテクノロジーではなく、その街に暮らす人々です。この街に暮らして良かったと、みんなが幸せを感じ、笑顔あふれる街を創るためには、AIファーストではなく、「ヒューマン・ファースト」なアプローチが必要です。またデジタル化は、私たちの街や社会を、時空を超えて、今後ますますグローバル世界と稠密につなげていきます。私たちが暮らす街が持続可能となるためには、自国だけの利益を追求する「ネーション」ファーストではなく、地球規模において全ての人類のためという意味での「ヒューマン」ファーストでなければならないでしょう。

2050年に向けて、プロジェクトGenZAIでは、次世代を担う世界の若者達と一緒に『現在(Genzai)』から、『未来』のAI社会を創造していきたいと思います。

ケンブリッジ大学との国際シンポジウム(GAIN Tokyo*)を早稲田大学で開催した時のゼミ生と高橋氏
*GAIN Tokyo:Global AI Narratives Tokyo 2018年9月12日 開催