アドバイザー活動紹介

日本全国に眠るスポーツの可能性を広げ
地域コミュニティの形成に貢献したい

プロ野球やサッカーJリーグといったメジャースポーツだけでなく、テレビではあまり放映されないマイナースポーツを無料で観戦できるスマートフォンアプリケーション「Player!」。試合観戦の熱狂や感動を皆と共有できる点がユーザーの支持を集め、月間400万人以上が利用する人気アプリへと成長した。このPlayer!を世に送り出したのが、株式会社ookamiの創業者、尾形 太陽氏だ。オンラインとリアルをつなぐ次世代型スポーツエンターテインメントは、持続可能な地域コミュニティの形成にどのような形で寄与できるのだろうか。
(取材時期:2020年12月)

株式会社ookami 代表取締役
尾形 太陽氏

早稲田大学法学部卒。学生時代に世界放浪、ベンチャー起業を経験。卒業後、ソフトバンクに入社、11カ月で退職し、株式会社ookamiを創業。スポーツを軸に、オンラインコミュニティ運営など、幅広い事業を展開している。

日本中の試合を可視化し、そこにある感動を共有したい

10代のころ、ひたすらサッカーに熱中していた尾形氏。既に大学時代には「いつかスポーツにかかわる分野で起業しよう」と決意していたという。卒業後は、尊敬する孫 正義氏を代表とするソフトバンクに入社した。だが、憧れの人の背中を追って就職したものの、よくよく考えれば、「孫さんは会社勤めを経験していない」。失敗してもいいから、一日でも早くチャレンジして、起業スキルを磨いた方がいいのではないか――そう考えた尾形氏は、入社後11カ月でスピード退社。2014年4月、数名の仲間と共に株式会社ookamiを立ち上げた。

新会社の事業領域は「スポーツ×IT」。スポーツとモバイルインターネットを組み合わせ、これまでにない新しい体験をつくっていくことを事業ビジョンに掲げた。試行錯誤の末、同年9月、現在のサービスの原型となるアプリをリリース。最終的に「Player!」というサービス名とコンセプトを決定したのは、2015年4月のことだ。

「僕らがめざしているのは、『日本中の試合を可視化し、そこにある感動を共有すること』です。これまで、スポーツの隆盛はマスメディアによって牽引されてきました。ところが、テレビはチャンネル数が限られているので、テレビ放映されるかどうかで、その競技がメジャーになるかマイナーになるかが決まってしまう。しかし、マイナースポーツといわれる競技にも、選手やご家族、チームの本拠地がある地元の人たちなど、その試合を心待ちにしている人はいる。またメジャーなスポーツだったとしても、地方大会や学生の大会などは放映されない試合も多い。こんな風に埋もれてしまった試合も楽しめる世界を創造できるのがインターネットであり、そこに僕らのビジネスチャンスもあると考えたのです」(尾形氏)

同社が開発したPlayer!は、プロや社会人から大学・高校の試合に至るまで、多種多様なスポーツの試合速報や日程・結果、ニュースなどの配信を行うスマートフォンアプリである。取り上げる競技や試合の種類も幅広く、サッカーや野球といったメジャースポーツから、普段なかなか触れる機会のないマイナースポーツやローカルスポーツまで網羅している点に最大の特徴がある。

スポーツの「リアル」を体験できるスマートフォンアプリケーション「Player!」

このアプリの価値は、単なる情報提供にとどまらない。スポーツの「感動を共有」することで人々の絆を深め、競技を通じて「コミュニティ」が形成できるということも、このアプリが提供できる価値の一つだと尾形氏は言う。

「スポーツにはいろいろな良さがありますが、その一つが『ほかの誰かと感動を共有できる』ということ。スタジアムで観戦する人は、選手やサポーター、家族や恋人など、誰かと出会い、一緒に試合を楽しみたくて行くわけです。『その瞬間を誰かと分かち合う』ことがスポーツの潜在的な価値だとするなら、分かち合えるコミュニティをつくらない限り、既存メディアと差別化することはできません。その点、モバイルならいつでもどこでもアクセスできますから、その特徴を活かしてコミュニティをつくれるのではないか、というのが、僕たちが立てた仮説でした。僕たちは『試合の情報をライブで提供する』、『それを一緒に共有できる』という2つの価値を大切にしたい。情報と共有という二つの価値があるからこそ、Player!の良さと優位性が成り立つと考えています」

こうしたコンセプトが受け、Player!は着実にユーザー数を伸ばしている。現在の月間利用者数は400万人超(2020年12月現在)。今後、スポーツの世界でもデジタル化の動きが本格化すれば、約10倍の成長は可能だ、と尾形氏は見通しを語る。

Player!がめざす方向に時代がフィットし始めた

2020年4月に新型コロナウイルス感染症対策として緊急事態宣言が発出されると、スポーツの試合はことごとく中止され、Player!もまた開店休業を余儀なくされた。逆風が吹きすさぶ中、ookamiのスタッフは、選手のトークセッションをPlayer!で配信したり、チームとサポーターがつながる企画を立ち上げたりと、さまざまな形で試行錯誤を続けた。

しかし、コロナ禍はマイナスの影響だけをもたらしたわけではない。スポーツ観戦が“三密”の象徴とされたことに危機感を募らせたスポーツ関係者から、尾形氏のもとに「デジタルを使って何かできないか」という相談が次々に舞い込んだ。Jリーグでは鹿島アントラーズが先陣を切る形で、Player!を活用したサポーターのコミュニティづくりに着手。浦和レッズや川崎フロンターレも後に続いた。また、フェンシングや空手といったアマチュアスポーツの領域でも、全日本選手権大会の映像や速報をPlayer!で配信したいという依頼が相次いだ。

コロナ禍によって試合のチケット収入が“蒸発”した今、無観客を前提にしてコミュニティづくりに本腰を入れなければ、チーム運営そのものが成り立たなくなる。チケット収益に依存しない新たなビジネスモデルを創出するためには、デジタルシフトを進め、潜在的な顧客層やマネタイズの手法を開拓しなければならない。そんな危機感が、スポーツ界のデジタルトランスフォーメーションを一気に加速させたのである。

「スポーツ観戦にデジタルの力を付加させるというのは、もともと僕らがやりたかったこと。僕らがめざしている方向に時代がフィットし始め、その動きが新型コロナウイルスによって加速されたというのが実感です。人に会うことが現地観戦の醍醐味だとすれば、現地観戦できない人や、情報を得たい人が利用するのがストリーミングです。現地で観戦する体験と、デジタルで試合を観る体験とでは提供価値が全く違うので、今後はリアルとデジタルのハイブリッド化が進むでしょう。『リアルとデジタルをどうミックスさせるか』が、各チームやリーグの戦略上のポイントになっていくのではないかと思います」と尾形氏。この流れは不可逆的なものであり、今後はスポーツ界でもリアルとデジタルの「ハイブリッド化」が進むと予測する。

バーチャルからリアルへの送客を促す効果も

その先鞭をつけたのが、2020年9月に公益社団法人日本フェンシング協会と連携して行った「第73回全日本フェンシング選手権大会」の映像配信だ。完全無観客で行われたこの大会では、試合の映像とともにスポンサーの動画広告もPlayer!上で配信。まさに、従来の大会モデルのデジタルシフトを実現した先駆的な事例となった。

「無観客試合に限らず、有観客試合もデジタルで配信すれば、大会の価値は一層高まる。今後は、現地とオンラインの両方で試合が観戦・配信できる施策を推進していきたいと考えています」(尾形氏)

とはいえ、Player!が提供できる価値とは、KPIに反映される定量効果にとどまらない。バーチャルからリアルへの送客支援という点でも、Player!は貢献できる可能性があると尾形氏は言う。

「実は、ある大学の女子ソフトボール部の選手から、お礼を言われたことがあるんです。その選手のお母さんが、東北の実家でPlayer!をダウンロードして試合速報をチェックしていたら、娘の名前が出てきたのでうれしくなり、『今度は、娘の試合を見に行こう』と言い出した。『大学4年目にして初めて、母が東京まで試合を見に来てくれた』と、彼女はとても喜んでいました」

ユーザーはPlayer!上で試合を観戦するうちに、「今度は生でも観戦したい」と思うようになる。自分たちの介在価値は、インターネットを使った送客支援にもあると気付かされた。「今後は、試合のリコメンドや定期的なお知らせを利用者に届けることで、人の移動を促すような体験を提供していきたい」と、尾形氏は語る。

スポーツという“資産”を活かしてコミュニティを形成

現在、全国でスマートシティの計画が進められているが、このスマートシティにおいても、「地域コミュニティをいかに構築するか」が重要なポイントとなっている。持続的なまちづくりとコミュニティの活性化に向けて、Player!はどのように貢献できるのか。尾形氏は持論を語る。

「僕らはこれまで、『地域の試合情報を可視化することで、スポーツを中心とした地域のコミュニティをつくる』という仕事に取り組んできました。例えば、高校野球の県予選をモバイルで配信すると、母校や地元を応援する人たちが集まってきます。こうした事業特性を活かし、日本中の地域に眠っている試合情報を掘り起こして全国に発信することで、地域に貢献したいというのが僕らの思いです」

そのモデルケースともいえるのが、山口銀行を傘下に置く山口フィナンシャルグループとの業務提携だ。現在、同グループとookamiの間では、山口県の試合情報をPlayer!で配信し、地域のオンラインコミュニティを構築する取り組みを進めている。

「コロナ禍の影響もあって、地方では『いかにデジタルを活用して地域振興を行うか』が共通の課題となっています。そんな中、各地で定期的に行われているスポーツの試合は、いわば地域の“現有資産”。例えば、山口県の試合情報をPlayer!でフォローすれば、東京にいても、毎週のように山口県と接触できるわけです。この利点を活かし、スポーツを起点として地域のコミュニティをつくっていく取り組みを拡大していきたい。それを、今後の僕らの注力領域にしたいと考えています」

業務提携の仕組み
山口県の試合情報をPlayer!で配信し、地域のオンラインコミュニティを構築する

Player!のインフラを活用して共創を進めたい

「スポーツ×IT」という独自の事業ドメインを開拓し、スポーツのデジタルシフトの先導者として未踏のチャレンジを続ける尾形氏。その実績と経験を活かしてまちづくりに貢献したいとの思いは強い。

「スポーツとは、コミュニティをつくる上でとても馴染みやすいコンテンツですし、オンラインでつながる仕組みがなければ、地域から離れた土地で暮らす“関係人口”にリーチすることは難しい。その意味で、僕らができる貢献とは、まさに『スポーツを通じて、定期的な接触ポイントをつくること』だと考えています」

とはいえ、Player!でつくったコミュニティを自社で独占するつもりは毛頭ない、と尾形氏は言う。「僕らはスポーツを活用したコミュニティづくりに注力するので、それ以降のところは、多様な企業の皆さんとも共創していきたい。それは、Player!上で地域の観光や特産品の情報を提供することかもしれないし、地域に移住した人々のコミュニティづくりをサポートすることかもしれません。Player!というインフラを活かして、いろいろな分野をつなげることで、スポーツの価値を最大化する新しい取り組みができれば。それこそが、僕らにできる貢献だと思うのです」と尾形氏は熱く語った。