アドバイザー活動紹介

技術を使う人間側のマインドセットが
スマートシティの成功を左右する重要な鍵に

エネルギーや交通、防災など、日本でもさまざまな分野で進みつつあるスマートシティプロジェクト。内閣府ではこれをさらに推し進め、IoTやAI、ビッグデータなどを活用した「スーパーシティ」構想を推進している。既に2020年5月には国会で「スーパーシティ法案(国家戦略特区改正法案)」が可決し、スマートシティの社会実装に向けて大きな一歩を踏み出した。今、世界のスマートシティ計画はどのような状況にあるのか。そして、日本型スマートシティはどのような方向に向かうのか。有識者懇談会の委員を務める秋山 咲恵氏に話を聞いた。
(取材時期:2021年2月)

株式会社サキコーポレーション ファウンダー

秋山 咲恵氏

京都大学法学部卒。アーサーアンダーセンアンドカンパニー(現 アクセンチュア(株))での経営コンサルタントを経て、1994年、株式会社サキコーポレーションを設立。産業用自動検査ロボットメーカーとして世界市場にブランドを確立。現在、ソニー(株)、日本郵政(株)、オリックス(株)、三菱商事(株)の社外取締役も務める。国家戦略特区諮問会議議員、産業構造審議会委員など公職多数。

海外で感じたスマートシティを推進する難しさとは

「『スーパーシティ』構想の実現に向けた有識者懇談会」では、2019年1月に、スマートシティ計画が先行する杭州(中国)、ドバイ、シンガポール、トロント(カナダ)の4都市を視察した。そのときに受けた印象を、秋山氏はこう語る。

「視察先で最も実現可能性を感じたのが、アリババグループが手掛ける中国の事例でした。中国のスマートシティ計画は政府主導なので、データ管理という点でも、国と企業との役割分担という点でも、建前上は線引きが明確です。その線引きの中で、企業も存分に技術を投入できるし、『誰がデータを所有・管理するか』も政府によって明確に定義されている。AIをスピーディーに高度化できるかどうかは、データの処理量によって決まります。その意味で、中国からは圧倒的なパワーを感じました」

上海の南西部に位置する歴史、文化に富んだ杭州市

一方で、民主主義国家でスマートシティを推進する難しさを痛感させられたのが、トロントの事例だった。当地ではGoogleの姉妹企業Sidewalk Labsがスマートシティの構築を進めてきたが、同社が膨大な個人データを収集することが明らかになると、住民の不信感が高まったこともあり、プロジェクトは頓挫した。

「Googleという巨大なパワーを持つ企業と住民の間で、コミュニケーションの不整合が生じ、ボタンの掛け違いで不安だけが先行してしまったのではないか。これは日本でも十分に起こりうることですし、こうした問題をどう乗り越えていくかは共通の課題です」

秋山氏が視察を通じて自他の差を痛感したのは、それだけではない。先行する都市と日本との間には、「技術の活用に対するマインドセットの違い」があることにも気付かされたという。

マインドセットをアジャイル型に転換する

例えば、従来のウォーターフォール型のシステム開発では、要件定義・設計・開発・テストと工程を分割して開発を行う。だが、最先端のアジャイル型開発では、小さな単位に分けて計画からテストまでの工程を繰り返すことにより、柔軟かつスピーディーに開発を進めていく。

「アジャイル型開発では、ある程度の完成度が得られた段階でリリースし、実際に使ってみて修正すべき点が出てくれば、バージョンアップして再リリースします。そのサイクルを繰り返すことが、競争優位につながるという見方も広まっています」

だが、こうした手法を活用するためには、「企業や自治体の責任者がマインドセットを変える必要がある」と秋山氏は指摘する。製品やサービスを“完璧でない”状態でリリースするため、ゴーサインを出すに当たっては、微妙な判断が求められるからだ。

「中国を視察中、『無人コンビニ』に案内されたときのことです。顧客が棚から自分で品物を取り出して、自動的に会計を済ませる仕組みなのですが、未完成な部分が多いシステムで、『万引きや計算間違いがあったらどうするのだろう』と思いました。しかし、中国ではその段階でリリースして、視察者にも見せるわけです。一方、日本はといえば、完璧な状態でないものをリリースすることへの抵抗が強いですし、企業や自治体の責任者に、そうした意思決定ができるかという問題もある。最先端のプロジェクトを進めるためには、マインドセットもバージョンアップする必要があるのではないかと感じました」

「地方型」のスマートシティ開発が日本の強みに

こうした世界の動きを背景として、日本のスマートシティはどのような方向をめざしていくのか。「スマートシティの日本モデルは、二つのパターンに分かれていくのではないか」と、秋山氏は言う。

その一つが、最先端技術を集積させた「都市型」のスマートシティだ。もう一つが、技術の実装により、人口減少や高齢化に伴う社会課題の解決をめざす、「中山間地型」もしくは、「地方型」のスマートシティである。

現在、日本の地方では過疎化と高齢化が加速し、さまざまな問題が顕在化している。人口減少で税収が不足し、住民1人当たりにかかる行政サービスの単価が上昇した。また、公共施設や道路、上下水道といったインフラの老朽化も進み、維持管理コストの増大が深刻化している。

「こうした問題を解決する方法の一つに、“コンパクトシティ”という考え方があります。行政サービスをよりよい形で提供するため、特定のエリアに集まって住んでいただく、というのがコンパクトシティの考え方ですが、実際にはなかなか実現しない。理由の一つは、従来のコンパクトシティが物理的な移住を前提としており、それが高齢者にとって高いハードルとなっているからです。しかし、新しい通信技術とテクノロジーを使えば、物理空間に縛られないサイバー・コンパクトシティをつくり、従来とは異なるアプローチで社会課題を解決することも可能となる。こうした『地方型』のスマートシティを、超高齢化社会のソリューションとしていち早く成功させることは、日本におけるスマートシティの方向性として注目すべきポイントだと思います」

現在、過疎化の問題を解決するため、MaaS (Mobility as a Service) や自動運転、オンライン診療など、さまざまな実証実験が行われている。とりわけ注目されるのが、リモート・テクノロジーの活用だと秋山氏は言う。

「例えば、5Gをはじめとした新しい通信の仕組みを活用すれば遠隔教育、遠隔医療や遠隔服薬指導など、さまざまなリモートサービスが可能になる。その場合、受益者側のITリテラシーがボトルネックになるので、ヒューマンインターフェースを高度化できるかどうかが大きな鍵となります。『音声認識』のようなテクノロジーなどを、ひとり暮らしの高齢者が使えるようにすることも一つの方法ですし、AR技術*を活用して、あたかも人と接しているかのように、パソコン画面のキャラクターやロボットと会話できる技術も登場しています。この辺りに注目していきたいと考えています」

*AR技術:拡張現実(Augmented Reality)。そのとき周囲を取り巻く現実環境に情報を付加・削除・強調・減衰させ、人間から見た現実世界を拡張するもの。

インクルーシブな設計思想でITリテラシー格差を解消

とはいえ、課題も少なくない。最大の問題は、最先端技術を実装したまちづくりを進める一方で、すべての住民がデジタル化のメリットを享受できる仕組みをいかにつくり上げるか、という点だ。これはトロントの事例を通して露見した問題であり、民主主義国家でスマートシティを推進する鍵となるという。

「スマートシティ計画を住民の方たちに受け入れてもらうためには、“インクルーシブ(包括的)ファンクション”という設計思想が欠かせません。『誰一人取り残さない』というSDGsの考え方を、スマートシティに最大限、実装していくことが重要です」

現在進められているスマートシティには、二つのタイプがある。トロントや中国の雄安新区のように、ゼロから未来都市をつくり上げる「グリーンフィールド型」と、ドバイやシンガポールのように、既存の都市をつくり変える「ブラウンフィールド型」だ。

特に後者の場合、新旧の住民が混住するため、ITリテラシーのレベルによって格差が生じがちだ。スマートシティの利便性やメリットを享受する上で、ITリテラシーが低い住民が不利にならないようにするためには、住民全員をデータで把握しながら、必要に応じて支援を行っていく仕組みづくりが欠かせない。

「例えば、デジタル上でアクティブに活動している住民には、自発的にツールを利用してもらい、システム上で全くレスポンスがない住民だけを抽出して、行政が集中的にケアするという方法もある。そうした行政サービスを実現するためには、システム側でも“インクルーシブ”という設計思想を採り入れておく必要があります」

成功のポイントは、何度頓挫してもやり続けること

コロナ禍で人々の暮らしが一変し、デジタル化が加速する一方で、ITリテラシー格差による分断も顕在化しつつある。今後、インクルーシブな設計思想に基づくスマートシティの実現に向けて、企業や自治体が留意すべきポイントとは何だろうか。

「一つ目は、失敗を恐れず、やり続けることです。有識者懇談会のヒアリングで印象的だったのが、『先進プロジェクトの成功事例に共通するのは、何度頓挫しても、仕切り直してやり続けたことだ』というお話でした。『これをやればうまくいく』という正解があるわけではない。うまくいかない前提で取り組み、失敗したら軌道修正して、リスタートすることが大切です。リスクを取って先行したスマートシティ計画が、仮にうまくいかなかったとしても、『ハードルの高いことにチャレンジする以上、失敗はつきもの』という前提で考える。失敗から学んだことを、価値ある情報として正々堂々と共有する、そんなオープンなカルチャーをリードしていただきたい、と強く思います」

二つ目は、幅広いスキルを持った、多様な人材を集めることだ。スマートシティを成功させるためには、テクノロジーから行政、法律、文化に至るまで、幅広い知見とスキルが必要となる。このため「自前の人材」にこだわらず、組織の枠を超えて人を集めることが肝要、と秋山氏は言う。

「幅広い人材をプロジェクトに集め、その経験を別のプロジェクトにも活かせるような、人材のオープン・プラットフォームをつくっていく。このオープンなカルチャーこそが、新しいものを採り入れ、失敗から学ぶ文化の醸成につながると思いますし、多様な人材を巻き込むことによってマインドセットも変わっていくのではないかと期待しています」

その意味で、今後のスマートシティ計画の成否の鍵を握るのは「若い世代」の活用、と秋山氏は指摘する。デジタルネイティブな人材への権限委譲がいかに重要かは、35歳で台湾政府のデジタル担当大臣となり、新型コロナウイルス対策で目覚ましい成果を上げたオードリー・タン氏の例を見ても明らかだ。

「これからは、若い世代のマインドセットに学び、私たちの世代が後方支援に回って、彼らにドライビング・フォースとして活躍してもらうという発想が必要になる。いずれにせよ、スマートシティの社会実装を実現するために重要なのは、自ら行動し、周りの人たちの行動を誘発するリーダーシップです。組織やプロジェクトだけでなく、コミュニティにおいてもリーダーシップは欠かせない。私自身も経営者としての経験を活かし、リーダーとしての役割を担う人たちを、できるかぎり応援していきたいと思います」と今後の抱負を語った。