アドバイザー活動紹介
スマートシティの本質は「デジタル社会において、人々を自由にすること」にあり!
人口減少や感染症リスクといった社会課題が深刻化する中、地方自治体のあり方もあらためて問い直されている。こうした中、デジタル技術を活用して地域課題を解決する方法の一つとして注目されているのが、スマートシティだ。2021年4月、内閣府・総務省・経済産業省・国土交通省は、スマートシティに取り組む地方自治体を支援するため、スマートシティの意義や導入効果、進め方などをまとめた「スマートシティ・ガイドブック」を公開した。その作成にあたり、法学者としての立場から関与したのが、宍戸 常寿氏だ。地域が大きな転換期を迎えた今、これからのスマートシティには何が求められるのか。宍戸氏に話を聞いた。
(取材時期:2021年5月)
目次
- 近くのまち同士が連携することで、地域課題を解決する
- スマートシティの普及に向け、基本理念と基本原則を定義
- 情報リテラシーがスマートシティの成否を左右する
- デジタル技術で格差を解消、多様で寛容な社会をめざす
- スマートシティに求められるのは「住民に向き合う姿勢」
近くのまち同士が連携することで、地域課題を解決する
時代の変化によって日本の地域が大きな変化の波に洗われている。それによって、自治体の運営はどのような課題に直面しているのか。宍戸氏はこう指摘する。
「人口減少により、財政や人材などの資源制約が全国的に進む中、国が資金などのさまざまなリソースを地方に配分できなくなりつつあります。一方、地方自治体でも、議会・長・首長部局・住民を均一の組織パッケージとして運営を考える、これまでのやり方が通用しなくなっています。今後、全国的に過疎化が進行すれば、地域課題は多様化の一途をたどるでしょう。例えば、世代を問わず人口減少が進む地域もあれば、現役世代が減る一方で、後期高齢者が増えていく地域もある。対応すべき課題が分化する中、各自治体は自ら問題を見いだして、その解決のために運営のあり方を見直し、選択できるようにする必要があると考えています」
こうした中、新たな自治体運営のあり方として注目されているのが、各地域のつながりだ。2014年度から総務省を中心に全国展開を行っている「連携中枢都市圏構想」はその代表例である。これは、地域の中核都市が、近隣の市町村と連携してコンパクト化・ネットワーク化を進めることにより、地域の経済成長や高次都市機能の集積、生活関連機能サービスの向上を実現しようというものだ。
「人間の行動範囲がかつての市町村を超えて広がり、私たちは環境や交通、インフラなど、地域をまたいで解決しなければならない課題に直面しています。しかし、資源制約が進む中、一つの自治体だけでフルパッケージの行政サービスを提供することは難しくなりつつあります。こうした課題を解決するためには、複数の自治体が課題をシェアし、連携して取り組むことが有用です。そのための施策として打ち出されたのが、連携中枢都市圏構想に代表される地域連携の取り組みです」
その一例として紹介したいのが、広島県・備後圏域での取り組みだ。これは、福山市と周辺自治体が協力して、中小企業に向けて「福山ビジネスサポートセンターFuku-Biz」を開設したほか、「備後圏域ワインプロジェクト」を発足させたり、子どもの発達支援や認知症対策などを行うなどの取り組みを推進し、圏域全体の共存共栄をめざしている(図1)。
「このような地域構想は、あくまで自発的な連携であるとともに、中心となる自治体があることが前提となっています。また、中心となる自治体と周辺自治体との情報格差や意識のギャップ、国からの補助金交付のあり方については議論も多い。このため、国としてはより公平かつ効果的な連携を可能にするための施策を考えているところです」
スマートシティの普及に向け、基本理念と基本原則を定義
とはいうものの、連携中枢都市圏構想のすべてが、成果を上げているわけではない。市町村合併により、自治体内部での合意形成が難しくなったことに加えて、周辺の自治体が連携のメリットを実感できていないケースもあるからだ。
「歴史的・地域的なまとまりのない自治体が、さらにほかの自治体との連携を進める必然性があるのかどうか。その点は大きな課題ですが、一方で、連携中枢都市圏構想は、住民や自治体が『地域として一つにまとまっていこう』という思いを持つきっかけにもなり得る。さらに、デジタル社会経済の中で住民の生活圏が重なり、地域のOS(オペレーティングシステム)ともいえるインフラの共有が進めば、それも地域連携を加速させる一つの要因になるのではないかと思います」
そんな中、日本の社会課題を解決する手段の一つとして期待を寄せられているのが、デジタル技術の活用だ。現在、政府はスマートシティをSociety 5.0*の総合ショーケースと位置付け、国を挙げてその取り組みを推進している。スマートシティに取り組む地方自治体の支援に本腰を入れつつある。
*Society 5.0:サイバー空間とフィジカル空間を高度に融合させたシステムにより、経済発展と社会的課題の解決を両立する、人間中心の社会(Society)。狩猟社会(Society 1.0)、農耕社会(Society 2.0)、工業社会(Society 3.0)、情報社会(Society 4.0)に続く、新たな社会を指すもので、第5期科学技術基本計画において我が国がめざすべき未来社会の姿として初めて提唱された。
スマートシティを一言で表現すれば、「デジタル技術を駆使して、住む人たちの自由を実現する空間」だと宍戸氏は語る。
「現代の社会や法・政治のあり方は、古代ギリシア・ローマにおける都市国家の成立と切っても切り離せません。また、中世ドイツでは『都市の空気は自由にする』という格言が生まれました。中世ドイツの農民は領主や支配層に抑圧されていましたが、都市では自由民としての地位を保証された。都市での自由な議論や生き方が、近代民主政治のベースとなり、現代の民主主義国家の原型となったわけです。同様にスマートシティもまた、デジタル技術によって人々に利便性や快適さを提供し、抑圧や格差を解消する可能性を秘めています」
宍戸氏は、スマートシティの意義や導入効果、進め方などをまとめた「スマートシティ・ガイドブック」の作成にあたり、検討会・分科会のメンバーとして参画した。法学者としての立場から、スマートシティの理念や原則について意見を述べた。
このガイドブックでは、スマートシティの「3つの基本理念」として、「市民(利用者)中心主義」「ビジョン・課題フォーカス」「分野間・都市間連携の重視」を定義している。さらに「5つの基本原則」として「公平性、包摂性の確保」「プライバシーの確保」「セキュリティ、レジリエンシーの確保」「相互運用性・オープン性・透明性の確保」「運営面、資金面での持続可能性の確保」を掲げている(図2)。
これらの理念と原則は、「スマートシティの根幹をなす前提条件」だと宍戸氏は述べる。
「もし、住民の個人情報を誰かが勝手に利用して利益を上げたり、まちづくりが住民不在で進められたりするようなことがあれば、スマートシティの普及は進まないでしょうし、スマートシティの目標にも反することになる。『スマートシティの推進者は、きちんと市民に向き合うことが大事』というガイドブックのメッセージは、検討会・分科会のメンバー全員が共有する思いだと感じています」
情報リテラシーがスマートシティの成否を左右する
一方で、デジタル化の急速な進展は、想定外の被害をもたらすリスクもはらんでいる。その一つが「情報の暴走」だ。ソーシャルメディアの普及により、世の中にはフェイクニュースがあふれ、情報の信頼性は揺さぶられつつある。そんな中、デジタル時代に対応した情報リテラシーの向上が、スマートシティの成否を左右すると言っても過言ではない。
「インターネットなどにおけるフェイクニュースの流通は避けがたい事実であり、むしろ『いかにレジリエント(弾力性を持った)な社会をつくっていくか』が重要になってきます。これまでもデマや誤報はありましたが、思想の自由市場の原理が働くことによって排除されていった。歴史を顧みれば、特異な情報を『フェイクニュースだ』と決めつけ、公権力が情報統制を行うことの方が危険だったわけで、それはデジタル化が進んでも変わらないと思います」
だが、2021年の米国連邦議会乱入事件*の例でも明らかなように、フェイクニュースを放置すれば、大きな混乱を招きかねない。それでは、デジタル化されたスマートシティにおいて、誤情報やデマがもたらすリスクを回避し、情報リテラシーの向上を図るためにはどうすればいいのだろうか。
「第一に、地域の基本的な情報がオープンデータとして公開され、パブリックにアクセス可能な状態が確保されることが重要です。第二に、皆がオープンデータにアクセスし、情報を加工しながら自由に議論を戦わせることのできる環境づくりも重要です。情報を基に意見をつくり上げていくプロセスを追体験すれば、『この意見はおかしいのではないか。ちょっと調べてみよう』と考えるきっかけになる。重要なのは、公共的なデータが流通するプロセスに参加して、経験値を上げること。スマートシティの中でこうした取り組みを行い、住民の情報リテラシーを向上させることが重要だと思います」
デジタル技術で格差を解消、多様で寛容な社会をめざす
それでは、高度な情報リテラシーと発信力を併せ持つ都市を実現するために、デジタル技術にはどのような貢献ができるのか。
「スマートシティでは、デジタル技術を活用して、フィジカル空間の改善をめざします。その前提として欠かせないのが、都市のさまざまなデータを収集することと、データに基づいて分析・判断していくことです。それを実現しない限り、住民はお仕着せのスマートシティを押し付けられ、地域の実情に合わない仕組みを我慢して使う羽目になる。各地域のニーズに合ったスマートシティをつくり上げていくためには、膨大な都市データを収集した上で、AIを活用して処理し、『どんな人がどんなことに困っていて』『今後何が必要なのか』を判断する材料として活用することが有効だと考えています」
デジタル技術の活用がもたらすメリットはそれだけではない。それは、多様で寛容な社会をつくるという意味でも、大きく貢献できる可能性があるという。
例えば、スマートフォンは左利きの設定ができるので、わざわざ右利きに矯正しなくとも、左利きのままで使いこなすことができる。このように、「デジタル技術が進歩すれば、さまざまな違いをニュートラルなものに変え、格差を解消する効果が期待できる」と、宍戸氏は言う。
もう一つは、デジタル技術を活用することで、マジョリティがマイノリティの経験を共有し、相手の立場に対して理解を深めることができるという点だ。
「例えば、高齢者が都市の歩行でどのような困難を感じているかということを、若い世代が理解することは難しい。でも、VR技術を使えば、高齢者の歩行をバーチャルに体験して、バリアフリー設計や都市計画に役立てることができる。これまでのデジタル技術は、どちらかといえば、人々を“分断”するために使われることが多かった。しかしこれからは、相互理解に基づく寛容な社会をつくるために、デジタル技術が役立てられることを期待しています」
スマートシティに求められるのは「住民に向き合う姿勢」
近年、SDGsの第8の目標として「働きがいも経済成長も」が掲げられ、「Well-Being(幸福)」という新たな価値が脚光を浴びている。今後はスマートシティにおいても、Well-Beingという考え方をまちづくりに取り入れることが重要、と宍戸氏は話す。
「都市とは常に変化する存在であり、それ自体が有機的な生き物です。人は必要に応じて、より住みやすい町に移動していくわけですから、できるだけ『住みやすい町だ』と感じてもらい、住み続けてもらう必要がある。従って、中長期的には、豊かで住みやすい生活基盤を提供することが重要ですし、それが都市間の競争における一つのポイントになると思います」
それでは、豊かで住みやすい生活基盤とはどのようなものか。スマートシティを単なるデジタル技術のショーケースで終わらせないためには、Well-Beingの観点から、「人間としての幸せや豊かさとは何か」をもう一度問う必要がある、と宍戸氏は言う。
「従来のフィジカル空間では、枠にはまった画一的な生き方を人間に強いることで、非常に合理的な社会システムをつくり上げてきました。しかし、デジタル技術によって働き方や生き方の変革が進み、人間がもっと自由に生きられる時代が到来しつつあります。一人一人の幸福は、自らが主人公となって選び取っていくもの。その選択と実現をサポートすることが、デジタル技術の役割だと思うのです」
「スマートシティの推進にあたって重要なのは、『住民に向き合う』姿勢です。多様性に富む一人一人の住民にしっかり向き合い、対話を繰り返しながら、『この町で何をやりたいか』を一緒に考えていく。もう一つ重要なことは、スマートシティに関わる企業自体が、消費者とともに、従業員の生き方や思いも尊重することです。それが、巡り巡ってサービスを受ける住民につながり、スマートシティを豊かなものにしていくのではないでしょうか」
宍戸氏は、本プログラムのアドバイザーとしてこのように自治体や企業への期待を語った。