人を中心にした“まちづくり”
大分発スタートアップ「HAB&Co.」が挑む、地元の雇用を盛り上げる取り組み
大分県出身の森祐太さんが2017年に大分市で創業したスタートアップHAB&Co.(ハブアンドコー)は、地方の中小企業でも最短5分で自社採用サイトを作れるHRサービスを展開するほか、県や市と連携し、就職支援や起業支援を行うコミュニティスペースの運営なども行っています。地方発スタートアップとして大分の雇用をサポートするHAB&Co.の取り組みと事業にかける森さんの思い、そして連携する行政の方々にもお話を伺いました。
目次
変わりゆく地元の姿を目にして起業を決意
大分県出身の森祐太さんは、大学進学を機に福岡県へと移住。就職後も福岡を拠点に大手人材紹介会社でコンサルティング業務などに携わっていました。そんな森さんが地元での起業を考えたのは30歳に近づいた頃。変わりゆく故郷の風景を目にする中で、次のようなことを考えたといいます。
「帰省するたびに感じていたのが地元の経済が年々厳しくなっているな、ということ。商店街がシャッター通りになったり、顔馴染みのおばあちゃんが長く営んでいたお店がなくなっていたり。そのような光景を見て、地元のために微力でも何かできることはないかと考えたとき、心に浮かんだ選択肢が“地元での起業”でした」
こうして森さんがHAB&Co.を大分市で創業したのが2017年。創業当初はITシステムなどの受託開発メインで事業を展開していたHAB&Co.ですが、創業から2年ほど経った頃から人事・採用系のHRテックサービスを自社開発。現在では同社のメインビジネスとなっています。
「HRテックサービスの自社開発をスタートした背景には、地方の中小企業の採用活動に感じていた課題感があります。東京など大都市圏の企業は、採用情報のSNS発信や採用コンテンツの制作・運営に力を入れているところが多いですが、地方の中小企業が同じことを行うにはコスト的なハードルが高いのが実情です。そこで、地方企業の採用面における課題を解決するようなサービスを作れないかと考えたのです」
こうして生まれた同社の代表サービスが「SHIRAHA(シラハ)」です。プログラミングなどの知識がなくても誰でも簡単に自社採用サイトを作れるサービスで、最短5分で作成が可能。自社の業種や採用したい人材像などの情報を入力すると、AIがそれらを分析しておすすめのサイトデザインや文章を提案してくれます。
派生サービスの「SHIRAHA WORK(シラハワーク)」では、ハローワークの求人番号を入力するだけで求人票の情報を取得し、それをもとに採用サイトを自動作成。ハローワークとのAPI連携は全国的にも珍しい取り組みということで注目を集めました。これらのサービスは大分県を中心にこれまで全国5,000社以上の企業が活用しています。
大分県で働くきっかけを作る“場”を福岡市に開設
HRテックで中小企業の採用支援を行うHAB&Co.ですが、「顔を付き合わせたリアルなコミュニケーションも重要な地方において、テクノロジーというタッチポイントだけでは限界がある」と森さんは次第に感じ始めます。そこで取り組み始めたのがフィジカルな場づくりでした。
ちょうどその頃、大分県側でも雇用に関連したあるプロジェクトが構想されていました。そのプロジェクトとは、福岡市の中心街に大分県内への就職やUIJターンのきっかけを生むコミュニティスペースを作ること。なぜ大分から離れた福岡市にそのような施設を作るのか。その理由を大分県庁の前野辰弥さんは次のように説明します。
「大学進学などを機に大分から県外へ出る若者のうち、圧倒的に多い行き先が福岡です。一方、大分から福岡にたくさんの若者が出ていくものの、福岡から大分に帰ってくる人は圧倒的に少ないという現状があります。そこで、一度県外に出た人が大分に戻る、あるいは県外出身の方が大分に移住するきっかけとなるような場所を福岡市に常設しようと考えました」
こうして2020年6月に誕生したのが、福岡市中央区にあるコミュニティスペース「dot.(ドット)」です。学生や求職者が集うほか、大分県の企業も法人会員として多数参画しており、キャリアに関するイベントやキャリアアドバイザーへの相談会なども開催されています。
この施設の運営を担っているのがHAB&Co.ですが、施設運営の中で森さんが心がけたのが、通常の就職説明会や就活イベントとは異なる雰囲気の場を作ることでした。
「かっちりしたリクルートスーツで説明を聞くような場ではなく、肩肘張らず気軽に若者が訪れる場にしたいと思いました。一般的なカフェやコワーキングスペースのように使ってもらっても良いですし、開催するイベントもバラエティ豊かなラインナップにしています。企業が参加するイベントであっても、学生と担当者がフラットに会話できるような、双方向なコミュニケーションをめざしています」
dot.の施設責任者を務める池辺繭子(まゆこ)さんは、さまざまなイベントを開催する中で、企業側からの反響の声も多く寄せられていると話してくれました。
「今まで知らなかった“学生のリアルな声”を聞くことができた。そのように言ってくださる企業さんも多いです。通常の就職説明会では出てこない学生の本音を吸い上げる場としても、dot.が機能していることを実感しています。現在dot.で働いている学生スタッフも元々はここのユーザーだった人が多いんです。実施するイベントの多くがスタッフ発信の企画で、参加感も非常に高いものとなっています」
dot.の運営スタッフの1人である久留米大学3年生(2024年1月現在)の首藤なつみさんもまた大分県の出身であり、ユーザーとしてイベントに参加したことをきっかけに、運営にも携わるようになりました。
「大学1年生の頃から漠然と就活に対する不安があって、ある時大学にキャリア相談に行った際にdot.を紹介してもらったんです。初めて参加したイベントはクリスマスパーティーだったのですが、企業の方と学生がすごくフラットにコミュニケーションをとっていて驚きました。想像していた就活イベントとは全然違うなって。私自身、dot.の運営に携わる中で自分の好きなこと、やりたいことが明確になってきましたし、キャリアや就活についてもポジティブに受け止められるようになりました」
“地元が大分“という共通項があるため、dot.で知り合った学生同士の交流も深まりやすく、ユーザーだった学生が社会人になってからOBとして遊びに来てくれることも多いと語る池辺さん。「今後は学生と企業をつなげるだけでなく、学生さんたちの挑戦と成長を応援していくような、そんな場所に育てていきたいですね」と今後の抱負を語ってくれました。
“なぜこの土地で起業するのか?”という使命感が重要
自社サービスの展開やdot.の運営の他、HAB&Co.が大分市と共同で取り組んでいるのが大分駅からほど近い場所に開設された若手起業家育成施設「オオイタミライベース」の運営です。このプロジェクトに大分市が取り組んだ経緯やHAB&Co.と連携した理由について、大分市役所の担当者である伊藤亮太さんは次のように説明します。
「大分市はこれまで若手起業家の育成を目的とした“オオイタミライビルド”というプロジェクトを行ってきました。その一環として、起業家を支援する場所を作ろうと生まれたのがオオイタミライベースです。HAB&Co.がdot.の運営を通じて培ったさまざまな知見をお借りしたく、ミライベースの構想段階から森さんにご相談させてもらっていました」
行政側としても、これまで熱心に地元における起業・創業支援に取り組んできたという大分市。市が率先してこうした活動を行う理由はどこにあるのか。伊藤さんと同じく、本プロジェクトに携わる大分市役所の上田貴裕さんはこんな言葉を口にします。
「地元の若者がキャリアを考えるとき、選択肢が限られているという課題を感じていました。そうした選択肢を広げるためにも、私たち行政が起業というものを1つの選択肢として提示していくことは重要だと思います。また行政として自分たちの暮らす土地に“文化”を作っていくことも重要な役割だと感じていますので、そのために起業を志す人たちが集まるような場を作りたいと考えたんです」
その土地ならではの文化を作っていく上でも「地元で起業する人が増えることには意味がある」と、上田さんは付け加えます。
「飲食店や理美容院といったお店を、全国規模の大企業やチェーン店だけでまかなうのは現実的ではありません。街の機能を維持していくためにも、そうしたお店を立ち上げる地元の人が一定数以上必要ですし、他の地域にないお店や企業が増えれば、街の個性や文化にもつながっていくのではないでしょうか」
オオイタミライベースはカフェやコミュニティスペースとしての機能を持つほか、起業家を招いたイベントやアドバイザーとの相談会なども実施。ミライベースのコミュニティマネージャーを務めるHAB&Co.の福島悠仁さんは、大学時代に福岡でdot.を利用していたユーザーの1人でもあり、自分が施設のユーザーだったからこそ、心がけていることがあるといいます。
「dot.は学生や企業担当者との距離が近く、そこに集まる人たちのあたたかい雰囲気に惹かれて通うようになりました。当時自分があの場所でやってもらったことを、ミライベースでも再現しようと心がけましたね。初めて利用される方にはできるだけ私から声をかけるようにしていますし、ここに来た人と人、あるいはアドバイザーとの間に自分が入ることで、皆さんをつなぐ役割が担えればと考えています」
オオイタミライベースは2023年9月から2024年3月までの期間限定の取り組みではありますが、ここで得た手応えと実績をもとに次の取り組みにつなげていくとのこと。スタートアップと行政が手を組み、大分の未来のために広がっていく活動。森さんは、同じように地方発のスタートアップが地域を盛り上げる動きに期待していると話します。
「地方は東京などと比べてマーケットが小さいですし、経済合理性を考えれば地方での起業に二の足を踏んでしまう人もいるかもしれません。そこで重要になるのが“なぜここで起業するのか”といった使命感だと思います。結局はそれがビジネスの中で苦しい時でも、自分の支えになるのではないでしょうか。地方が抱える課題は、いずれ全国的な課題になってくるものだと思いますし、そうした地方の課題を解決する企業が増えていけば、これからもっとおもしろくなってくると思います」
地域の人たちを巻き込み、その土地に文化やコミュニティをつくっていくこと。そして地元の課題を解決することが、いずれは大きな社会課題解決にもつながるかもしれないこと。HAB&Co.の取り組みからは、地方で起業を行う意義や可能性、ヒントが見えてきます。