人を中心にした“まちづくり”

若い人たちが活躍できる「相差町づくり」
泊食分離と地域共同交通で観光産業を振興

次の世代を担う若者たちが、地域の未来に希望を見出せず、不本意ながら生まれ育った故郷から出ていってしまう。地域に残った人たちの高齢化が進み、かつては繁栄を謳歌(おうか)した地場産業の後継者が途絶え、地域の未来が閉ざされてしまう。

このような悪循環に陥り、抜け出せずにいる地域は日本の各地にあるだろう。しかし、地域の課題や問題を住民が共有して行動を起こせば、未来は開かれる。それを実践して未来への手応えを得ているのが、三重県鳥羽市相差町(おうさつちょう)の若手経営者で構成する一般社団法人 相差海女文化運営協議会(相差DMO)の「相差未来委員会」(OMI)だ。

(取材時期:2022年3月)

目次

取材地:海女小屋『相差かまど』前の浜
OMIのメンバー(左から)

宿の夕食の口コミ評価"平均4.5点"が町の自慢

伊勢神宮や志摩半島、熊野灘沿岸からなる伊勢志摩国立公園は、複雑で変化に富んだ海岸線や入江、岬、大小の島々、リアス海岸などの景色と、伊勢海老やアワビなどの海の幸が魅力の国内有数の観光地だ。その伊勢志摩国立公園の突端に三重県鳥羽市相差町はある。

相差町は現役で活躍する海女が日本一多い町として知られており、海女や漁師が獲ってきた地元の海の幸を目当てに、以前は社員旅行などの団体客が大勢訪れていた。相差DMOで相差町の観光産業の振興に携わる、鳥羽商工会議所・中小企業相談所 経営支援課長 小﨑 則彦氏は、「宿の夕食は、インターネットでの口コミ評価で平均4.5点という高得点を得ています」と胸を張る。口コミ4.5点というのはかなりの高評価であり、この点数が平均値というのだから、相差町の宿の夕食が現在も観光客を引き付けていることは間違いないだろう。

鳥羽商工会議所・中小企業相談所 経営支援課長 小﨑 則彦氏

さらに、現役の海女さんたちが漁の仕方や地元の食材、相差町の魅力を語りながら料理を提供する海女小屋という飲食施設も人気の観光名所だ。相差町で「海女小屋はちまんかまど」を経営する、有限会社兵吉屋 常務 野村 一貴氏は、「海女小屋は地元の観光資源としての貢献に加えて、漁がないときに海女さんに仕事を提供することで、海女という相差町の文化と観光資源の存続にも貢献できると考えています」と語る。

海女小屋 はちまんかまど 野村 一貴氏

海女という女性が活躍する土地柄に加え、女性にご利益があるとされる神明神社石神さんがあり、女性の観光客が多いことも相差町の特徴の一つだ。旅館「花の小宿 重兵衛」を経営する、有限会社世古 代表取締役 女将 世古 由美子氏は、「神明神社にある石神さんには女性の願いを叶えてくれるとの言い伝えがあり、女性の観光客が多く訪れています」と話す。

花の小宿 重兵衛 世古 由美子氏

そして、複雑な海岸線が織りなす独特の風景も相差町の大切な観光資源だ。三重の名工(三重県優秀技能士)を受賞した料理長による会席料理と、全ての宿泊プランに付く舟盛りが自慢のリゾートホテル「リゾートヒルズ豊浜 蒼空の風」を経営する、有限会社豊浜 常務取締役 野村 潤氏は、「相差町には菅崎園地や鯨崎などの海の景色のよい場所が点在し、漁港では素朴な漁村の雰囲気も味わえます。そこで、相差町の景色を楽しみながら健康な身体づくりができるノルディックウォーキングをアクティビティとしてお客さまに提案しており、2019年より『海女の小径~相差ノルディックウォーキング』を開催して認知を広げています」と観光産業の活性化に向けた取り組みについて説明する。

リゾートヒルズ豊浜 蒼空の風 野村 潤氏

観光産業の未来を阻む高齢化と人手不足の深刻化

観光客を増やす取り組みが求められる一方で、宿泊施設では人手不足で宿泊客に対応できないという問題が深刻化している。相差町にはかつて100軒ほどの宿泊施設があったが、現在では50軒ほどに減少しているという。その原因は観光客の減少だけではない。経営者の高齢化と後継者の不在による廃業も多いのだ。

相差町の宿泊施設の大半は民宿だ。民宿は家族で経営するため、例えば調理を担当する家族が病気になると料理を出せなくなり、休業を強いられる。また、家族の誰かが一人でも抜けてしまうと人手不足となり、受け入れる宿泊客を減らさざるを得なくなる。いずれにしても人員も予算もぎりぎりの状態で経営している民宿が多く、人手不足が廃業につながるリスクが高い。

従業員を雇用している宿泊施設にも同様のリスクがある。世古氏は、「当社には板前が1人しかおらず、週休の2日間は料理が出せません。また、仲居さんも不足しており、部屋の管理に手が回らず、満室でお客さまを受け入れるのが難しい日もあります」と説明する。

さらに、相差町の最寄り駅である鳥羽駅まで距離が離れており、電車で訪れる宿泊客を20分以上かけて送迎するサービスも宿泊施設の負担となっている。

観光産業は、相差町の住民のほぼ全員が関わっている、地域で最も重要な収入源だ。その観光産業が、経営者の高齢化や後継者不足、人材不足という地域の問題によって発展が閉ざされている現状を目の当たりにした若い人たちが、地域の未来に不安を感じるのは仕方のないことだろう。

野村 一貴氏は、「たくさんの若い人が相差町を出ていくのを見送ってきました。一番悔しいのは、本当は地元に残りたいのに仕事がないため残ることができない人たちです。地元に仕事を作って若い人たちが残れる町にしていかないと、10年後、20年後、自分たちが高齢者になったときにこの町に住めなくなってしまうのではないかという危機感を常に持っています。地元に残りたい人たちや地元に帰ってきたい人たちを受け入れるには、観光産業を事業継続できる仕組み作りが必要です」と語る。

こうした問題を抱える中、相差町の未来に向けて動きだしたのが小﨑氏だった。相差海女文化運営協議会がDMOとして正式登録されて観光産業の振興への取り組みが本格化する際に、小﨑氏は相差DMOの役員たちに「将来のことは若い人たちが考えて行動しなければ、相差町の未来は切り開けない」と説明し、相差町の観光産業に携わる若手経営者で構成する部会の設置を提案した。そして、小﨑氏の幼馴染である世古氏をはじめ、相差町の未来に危機感を持つ賛同者が集まり、OMIの活動が始まった。

OMIの活動拠点であるオウサツキッチン

泊食分離と地域共同交通の実証実験に挑戦

OMIのメンバーは相差町の観光産業の事業継続が喫緊の課題だと捉えて、まず、人手不足で生じる事業機会の損失の抑止や、業務の効率化に取り組んだ。前述の通り、調理を担当する家族や従業員が休むと料理が提供できないため、宿泊客を受け入れられず売上が低下してしまう。仮に宿泊のみの素泊まりで受け入れたとしても、相差町には誰でも食事ができる施設がなかった。また、各宿泊施設が個別に行っている、最寄り駅への送迎の負担も問題となっていた。

料理が提供できないときの対応として、「泊食分離」が検討された。文字通り、宿泊と食事を別々に提供することだ。相差町の課題であった調理担当者が休みの際に宿泊客を受け入れられない、素泊まり客を受け入れる際に食事をする場所がない、などの問題に対して、民宿や旅館などに代わって宿泊客に食事を提供する施設を立ち上げるという計画だ。また、最寄り駅への送迎は送迎車を宿泊施設が共同で運行することも検討された。

OMIのメンバーがこれらの問題の解決策を検討する中、検討だけではなく解決策を実際に試行する機会に恵まれた。三重県が地域課題の解決に関する実証実験を実施することになり、その対象として相差町が選ばれたからだ。実証実験は三重県と相差DMOが連携し、OMIが中心となって2020年12月14日から2021年3月13日の期間で実施された。

実証実験で行ったのは相差OMIが検討を進めていた二つの活動だ。泊食分離を目的としたセントラルダイニングの構築・運営、そして共同バス(鳥羽駅、相差町間)と周遊バス(相差町内11カ所)の運行だ。

実証実験で運行した共同バス(上)と周遊バス(下)

セントラルダイニングは、相差町の観光資源である海女小屋「相差かまど」を利用して、夕食提供施設「オウサツダイニング・前の浜」を整備した。「オウサツダイニング・前の浜」で提供される食材は、相差町自慢の魚介と野菜や松坂牛だが、メニューはフランス料理が選ばれた。その理由について、OMIの最年少でありながらリーダーの上村 領佑氏は、「民宿や旅館と同じ食材を使って同じ料理を出しても変化はありません。相差町を変えていこうとしている中で、今まで誰もやらなかったフランス料理をあえて選びました」と話す。

季さらグループ 上村 領佑氏

「オウサツダイニング・前の浜」では、顧客の目の前のかまどで調理が行われ、自慢の食材の説明や海女漁の話を聞いたり、プロジェクターで投影される相差町の映像を鑑賞したりしながら食事が楽しめる。また、提供されるフランス料理のメニューの作成や調理方法は上村氏が経営する「刻(とき)・季さら」の料理長が協力し、実際の調理は辻調理師専門学校から講師を招くという本格的な内容だ。コース料理のみの提供で、料金は1万2千円に設定された。

野村 一貴氏は、「相差町で1万2千円の料理は非常に高価です。しかし、自ら漁をして料理を提供する民宿の高齢化が進むと、漁に出られなくなり、食材を調達して料理を提供しなければならなくなります。そうしたときの原価の考え方や付加価値の付け方の参考になればいいと考えました」と説明する。

「オウサツダイニング・前の浜」の実質的な営業期間はわずか2カ月半だった。加えて、コロナ禍により緊急事態宣言が首都圏を中心に発出された期間と重なっていたが、この短期間で3度も訪れた顧客がいたり、現在も再開を希望する声が届いたりと、非常に好評だった。

オウサツダイニング・前の浜

また、地域共同交通の実証実験では、鳥羽駅と相差地域をつなぐ共同バスと、宿泊施設とセントラルダイニングを行き来する周遊バスの2系統が運行された。いずれも観光客および地域住民が無償で利用することができる。

この実証実験では、観光客の利便性向上と宿泊施設の送迎の負担軽減だけではなく、運行の効率化も試みられた。地域共同交通を利用する際、利用者は自身のスマートフォンの専用アプリケーションから当日の利用したい時間を指定する。しかし、利用者の利用時間および乗車する場所は利用者ごとに異なるため、走行中の車両を予約状況に応じて速やかに送迎するのは、人手では手間がかかる。また、予測できない予約状況に対して、車両を適切なルートで走らせることも非常に難しい。

そこで利用されたのが、NTTドコモの「AI運行バス」サービスである。リアルタイムに発生する「乗降リクエスト」を、AI(人工知能)を使って最も効率のよい乗降の組み合わせを判断し、車両の配車や運行ルートを決めるオンデマンド型公共交通システムだ。この仕組みによって利用者の待ち時間を短縮し、同時に車両の運行の無駄を省くことができた。地域共同交通について、観光客はもちろん宿泊施設の経営者からも評価が非常に高く、常設を希望する声が今も多くある。

プロジェクトの成果は住民の意識の変化

「オウサツダイニング・前の浜」の構築や、そこでのフランス料理の提供を進めている最中、OMIのメンバーや相差DMOのメンバーなど関係者以外の地域の人たちは距離を置いて活動の様子を伺っていたという。変わること、変えることには勇気が必要であるし、実際に行動するには多大な労力と時間も費やさなければならない。そして、その行動によってどのような成果や結果が得られるのかは、やってみなければ分からない。また、こうした暗中模索、試行錯誤の段階で行動する人たちに関わるのは確かに不安だ。

しかし、OMIのメンバーが「オウサツダイニング・前の浜」のプロジェクトを成し遂げ、まったく新しいことが行われている現場を町内の住民が目の当たりにしたことで、メンバーが相差町の未来に向けて本気で考え、行動していることが伝わり、OMIの活動に関心を持つ人が増えたという。

相差町の観光産業における問題や課題はまだ解決してはいない。しかし、OMIの行動は少しずつではあるが、確実に相差町の住民の意識を変えた。現在、泊食分離をより現実的に実現する方法の検討や、地域共同交通の常設に向けた関係機関などへの働きかけなどが続けられており、賛同者も増えつつある。

OMIが設置されたとき、メンバーが集まり最初に議論したのは相差町の未来の姿だった。メンバーたちは、人口を増やす、神明神社の石神さんに年間30万人来てもらう、などの夢を語った。石神さんの参拝者や相差への宿泊を増やす「相差神参り・石神さん夜参り」というイベントも実施している。いま若い人たちが活躍できる「相差町づくり」が着実に進められている。

相差町の概要

三重県鳥羽市相差町は志摩半島の先端に位置し、伊勢志摩国立公園のリアス式海岸による美しい景観と、豊富な海の幸に恵まれた海女と漁師の町である。気候は温暖で、漁業、農業、観光業が盛ん。町の人口は1,153人、このうち65歳以上の老齢人口は443人と約4割を占めている。

参考