人を中心にした“まちづくり”

「水道」が直面する危機を乗り越えるため
国内初の新しい公民連携モデルに挑む

サステナブルな社会の実現に欠かせないインフラ、その代表例の一つが「水道」だ。日本では、高度経済成長期に整備された水道施設の老朽化が進んでおり、水道インフラは全国的に更新ピークを迎えつつある。水道事業を手掛ける自治体では人口減少による収入の伸び悩み、人材不足が深刻化する中、スムーズな更新は容易ではない。この状況が続けば、日本の水道事業は袋小路に突入してしまう可能性があるだろう。
そんな中、熊本県で全国に先駆けた取り組みがスタートしている。工業用水道の分野で、新しい公民連携の方式に基づくインフラの維持・運営を行うというものだ。取り組みに携わる民間事業者、ウォーターサークルくまもと株式会社に話を聞いた。
(取材日:2021年1月)

目次

ウォーターサークルくまもと株式会社

代表取締役社長 松尾 晃政氏(左)  事業統括責任者 川元 祥一郎氏(右)

「施設の老朽化」「人材不足」が一気に押し寄せる日本の水道

日本の水道インフラは今、どのような課題を抱えているのか。ウォーターサークルくまもとの代表 松尾 晃政氏は次のように説明する。

「1887年に横浜市に敷設されたのを端緒とする日本の近代水道は、その後、高度経済成長期の1970年代に、普及率が80~90%へと飛躍的に増加。この時期に建設された水道施設が、約50年の歳月を経て、一斉に耐用期限を迎えつつあります。なお、これは主に人々の生活で使われる『上下水道』の話ですが、工場などで使われる『工業用水道』も同様の経緯をたどっています。高度経済成長期に、専用の水道を設置することで、地下水汲み上げによる地盤沈下を回避する目的で作られたものが多数ある。そうしたインフラの老朽化の波が、一気に押し寄せています」

また、インフラ更新が急務になっている理由は施設の老朽化だけではない。地震大国である日本は、この50年間で幾度もの大地震を経験してきた。建設技術の進歩に合わせて、施設の耐震強化工事は随時進められてきたが、それでもすべての施設が最新の耐震基準を満たしているわけではない。利用者の暮らしや事業活動の安全を守るには、継続的な更新によるインフラの維持は不可欠なのである。

浄水場設備の維持管理の様子

「ただし、簡単には解決できない問題があります。一つが人材の問題です。自治体はどこも恒常的な人手不足に悩んでおり、インフラの更新・維持を担うだけのリソースが十分に準備できません。高度経済成長期に施設の建設や水源の探索を経験した団塊世代の多くは既に退職しており、このこともそれに拍車をかけています」(松尾氏)

加えて、日本の人口減少に伴う水道使用量の減少、自治体の減収も、事態の悪化を加速させる一因になっている。これらの要因が相まって、日本の暮らしと産業を支える水道インフラは今、かつてない危機に直面している。

カギを握る公民連携 全国に先駆けた工業用水事業がスタート

そんな中、課題解決のカギを握る方法として注目されているのが公民連携だ。民間事業者の技術やノウハウを活用することで、公共サービスの維持・向上を実現する。いくつかの方式が存在するが、施設の所有権は自治体が保有したまま、運営権を民間事業者に与えるのがコンセッション。今回、熊本県とウォーターサークルくまもとが取り組む方式である。

熊本県は、国内で初めて工業用水道事業におけるコンセッション方式を導入。2021年4月から20年間の計画で、「熊本県有明・八代工業用水道事業」をスタートすることにした。

これは熊本県北部の有明工業用水と、南部の八代工業用水を供給するためのインフラ運営を担う事業で、事業主体はウォーターサークルくまもと株式会社。同社は、複数の民間事業者からなるSPC (Special Purpose Company:特別目的会社) で、上下水道の総合エンジニアリング会社、維持管理会社2社、建設コンサルティング会社、通信会社の5社で構成されている。

有明工業用水道 上の原浄水場

八代工業用水道 白島浄水場

この事業に携わることにした経緯について、松尾氏は次のように話す。

「私はもともと上下水道の総合エンジニアリング会社の人間ですが、その会社ではかねて熊本県の北部地域で複数の水道設備運営事業を展開していました。今回の対象となった有明工業用水は、そこで培ったノウハウや技術が活かせる点が多くあり、事業展開のスケールメリットを活かせばライフサイクルコスト(LCC)を削減できます。民間企業として十分な利益を得ながら、公共サービスの維持・向上、および地域産業の発展に貢献できるのではないか。そう考えたことがきっかけでした。その後、この考えに賛同してくれる企業を探して、現在の体制になったのです」

IoT技術を活用し、給水量などをリアルタイムに可視化

ウォーターサークルくまもとを構成する企業は、それぞれ異なる強みを持っている。各社の役割を簡単に紹介しよう。

上下水道総合プラントエンジニアリング会社は、代表企業として事業全体を管轄する。維持管理会社2社は、主に水道施設の運転・維持・管理を担当する。建設コンサルティング会社は、その知見を活かして、SPCの事業活動が適正かどうかの確認・監査を行う。客観的かつ公正な視点を組織内部に持つことで、適正な事業展開を推進するためだ。

また、今回のコンセッション事業において、カギとなる要素の一つが「デジタル技術の積極活用」であり、これを担う企業としてもともと過去にも県内の別の水道事業に共に取り組んだ経験があった通信会社に声をかけた。「共に取り組んできた事業を通じて、通信以外にもさまざまなICTの知見や、インフラマネジメントのノウハウを有していることを知っていました。同じ事業に取り組む同志として、非常に心強い存在だと感じています」と松尾氏は述べる。

中でも松尾氏が期待しているのが、IoT技術を活用した工業用水のモニタリングだという。管路にスマートメーターを設置することで、利用量などをリアルタイムに可視化する。そこで得たデータを、サービス向上に向けたさまざまなことに役立てるのである。

「通信や電力などと異なり、ほとんどの水道や工業用水道は、『供給量/使用量をリアルタイムに把握できない』のが現状です。つまり、月1~2回の検針を行うまでは、誰にどのぐらいの量を供給しているかが事業者側にも分からないのです。もしスマートメーターで状況をリアルタイムに把握できれば、必要なサービスをより迅速かつプロアクティブに提供できるようになるでしょう。需給のアンマッチを減らしてコスト最適化を図ったり、水道管の予防保全に役立てたりすることもできるはずです」と松尾氏は強調する。

各社各様の強みを結集して、これまでにない工業用水サービスのあり方を探る。ウォーターサークルくまもとは、まさしくその体制を備えた企業といえるだろう。

業務プロセス効率化、コスト削減などで生きる民間のノウハウ

現在は2021年4月の事業スタートに向け、熊本県と具体的な協議を進めている。紹介した通り、今回のプロジェクトは、工業用水道を対象とした国内初のコンセッション案件となる。前例のない取り組みとあって、さまざまな試行錯誤を繰り返しているという。

「例えば、事業開始に当たって県の方から業務の引き継ぎを受けていますが、既存の業務がいくつもの部署にまたがっているため、なかなか全体像がつかめずに苦労しています。ここには、縦割型組織が一般的な公的機関と、民間企業の組織の違いも関係しているでしょう。まずは業務の流れを可視化し、整理した上で、重複やムダがあればそれを取り除く。この手順を踏むことで、運営の効率化、LCC削減を図っていきたいですね。こうした点も、我々民間のノウハウが大いに活かせるところだと考えています」とウォーターサークルくまもとの川元 祥一郎氏は説明する。

一方で、公共事業として長年蓄積されてきたノウハウを、民間事業者が一朝一夕で身に付けられるわけではない、と松尾氏は自戒も込める。

「日本で公民連携の取り組みが始まってから、まだ10年ほどしか経っていません。そんな中、自治体の皆さまが約100年にわたり蓄積してきた経営や運営ノウハウを、我々がすぐに習得して効果を上げられるかといえばそれは疑問です。大事なことは、積み上げられた知見をしっかり学び、自分のものにしてから、民間のノウハウや得意領域を付加すること。そうすることで初めて官と民とが役割を分担し、新しい成果を生み出したり、全体コストを低減したりしていくことができると考えます」

地域社会のサステナビリティ向上にも貢献していきたい

加えて、ウォーターサークルくまもとには、ほかにも大事にしている考え方がある。その一つが「地域経済への貢献」だ。もともと、熊本県内で完結していた事業が公民連携になった途端、県外に流出してしまっては、地元の反発を招きかねない。そこで同社は、資材の調達先や建設工事の委託先など、地元企業との連携を一層強化した。地域経済の活性化とサステナブルな地域社会の実現に貢献していくことを重視しているという。

「同時に、失敗事例や取り組みの過程で見えた法制度の課題なども含めて、しっかり外部に情報発信することも重要だと考えています。『失敗は成功のもと』。我々の先行事例が、法律や制度設計、官民それぞれに存在する古い価値観を変えるきっかけとなり、公民連携のより良いモデルになっていければと思います」(松尾氏)

その原動力となるのが、さまざまな得意領域を持つ5社のノウハウと人材であることはいうまでもない。多様な知見を組み合わせることで、これまでにないシナジー効果を生みだす。難しい挑戦だが、やるべき価値がある。熊本県、そして全国の自治体から寄せられた期待は大きい。

最後に2人は、次のように語った。

「正解は誰にも分からない新しい取り組みだけに、常に答えを探しながら突き進むことが求められています。互いの強みを合わせて、イノベーションを起こしていければ嬉しいですね」(川元氏)

「SPCの社名であるウォーターサークルくまもとは、『くまもとの水を活かし、続ける。地域の明日を支えるために。』を企業理念として掲げています。熊本の水の輪(水循環)、企業の輪、人の輪を広げ、地域社会に貢献し続けるため、さまざまな人たちと同じ目標に取り組み、新たな刺激を受け、学びながら、工業用水道の未来を共につくっていければと思います」(松尾氏)

民間ならではのアイデア、技術力に期待

熊本県 企業局長
國武 愼一郎氏

熊本県の工業用水道事業については、1970年代後半の運営開始当初から有明も八代も想定した企業誘致が進まなかったことなどから契約率が伸びず、未利用水を上水道へ転用するなどの経営努力を行ってきました。また、浄水場などの現場管理についても当初から民間に委託し、発注時の一般競争入札化、委託期間の複数年化などの経費節減に取り組んできました。

しかし、今後は老朽化した施設の更新も必要になります。厳しい経営環境の中では、民間の資金、経営能力および技術的能力の一層の活用がその解決策の一つになる。そう考え、国内初となる有明・八代工業用水道におけるコンセッション方式の導入に至りました。

効果としては、施設管理費用などの経費削減、適切な維持管理による安定供給に期待しています。また、受水企業や県議会などに向けて経営努力をしている姿を示すことで、料金に対する理解も得られるのではないでしょうか。さらに、未利用水の有効活用に関する民間ならではの提案や、地元の人材活用にも期待しています。

老朽化した施設の大規模更新や人員削減下における技術力の維持は、工業用水道事業者に共通する課題です。本事業がこれらの課題の解決に向けたモデルケースになれるよう、ウォーターサークルくまもとと協力していきたいと考えています。本事業を契機に、県内のほかの分野においてもPPP/PFI*が進むことを期待しています。

*PPP (Public Private Partnership:パブリック・プライベート・パートナーシップ) :官と民が連携して公共サービスの提供をおこなうスキーム

*PFI (Private Finance Initiative:プライベート・ファイナンス・イニシアチブ) :民間の資金とノウハウを活用して効率的かつ効果的な公共サービスの提供を図る手法