アドバイザー活動紹介

子どもたちの素敵な笑顔を中心に
親や地域の人々が一つになるまちづくり

人が幸せに暮らせるまちづくりを進める上で、欠かせないのが「子育て」の視点である。そんな中、子どもの育ちに着目し、それを中心に据えたまちづくりに乗り出す動きも出始めている。子どもが豊かに育つ教育環境と、それを支えるコミュニティのあり方とは何か。どうすれば、子どもと地域をつなぎ、親と子・地域全体が幸せになるまちづくりができるのか。長年、この問題に取り組んできた教育学者の秋田 喜代美氏に話を聞いた。
(取材時期:2021年2月)

目次

学習院大学 文学部教授
秋田 喜代美氏

東京大学文学部卒業後、銀行勤務、専業主婦を経て、東京大学教育学部へ学士入学。同大学院教育学研究科博士課程修了。博士(教育学)。立教大学助教授、東京大学大学院教育学研究科附属発達保育実践政策学センター初代センター長を経て、東大初の女性教育学研究科長および学部長(教育学部長)を務め、2021年4月から現職。

バーミンガムで「コミュニティが子どもの育ちを支える」ことを学ぶ

東京大学文学部を卒業後、銀行員を経て、専業主婦になった秋田氏。「子育てを基本から学び直したい」との思いから、母校の教育学部に学士入学した。1996年に教育学博士号を取得し、「子どもの育ちをより豊かにするためには何が重要か」というテーマで探究を続けてきた。

そんな秋田氏が、子どもにとって幸せなまちづくりを考えるきっかけとなったのは、2000年の「子ども読書年」を機に、日本でのブックスタート立ち上げに関わったことだったという。

ブックスタートとは、赤ちゃんとその親に、絵本と地域の育児関連情報が入ったブックスタート・パックを配り、「絵本を通じて楽しいひとときを分かち合ってもらう」ための取り組みである。秋田氏は日本での立ち上げにあたり、1992年にブックスタートを創始した英国バーミンガムを視察。 “Share books with your baby!(絵本を赤ちゃんとシェアしよう!)”というキャッチフレーズのもと、保健所と図書館、地域の人々が連携してまちづくりをしている様子を目の当たりにした。

「多言語・多文化が息づくバーミンガムで、両親と子どもたちが絵本を分かち合う姿に出会い、『コミュニティが子どもの育ちを支え、母語が英語ではない親にとっての支援にもなる』ことを学びました。『子どもの笑顔を中心に、親や地域の人々が一つになる』というWell-Beingのアイデアは、このときの学びが一つのきっかけになっています」と、秋田氏は語る。

2000年に東京都杉並区(11月)と北海道恵庭市(12月)で、ブックスタートのパイロットスタディがスタート。2001年4月に12市町村で本格的な活動が始まり、全国各地に広がっていった。

同じ頃、秋田氏は、教育学者の佐藤 学氏が始めた、「学びの共同体」に基づく学校づくりにも参画する。「学びの共同体」とは21世紀型の学校のビジョンで、学校を子どもたちが学びあう場所にするだけでなく、教師や親、市民にとっても学びあう場所にするための、学校改革の取り組みである。

小・中学校がコミュニティの中心となって、親や地域の人が学校づくりに参画し、つながりあって絆を深めていく――この取り組みに草創期から参画したことは、乳幼児期から小中学校期まで、子どもの成長を俯瞰する視点をもたらした。「このような経験が、子どもを中心としたまちづくりに目を開くきっかけとなりました」と秋田氏は振り返る。

地域と園をつなぐコミュニティコーディネーターの存在

こうした秋田氏らの知見は保育や教育の現場にも活かされ、現在、子どもを中心としたまちづくりが全国で行われている。その一つが、秋田氏がアドバイザーを務め代々木公園など都内5カ所で展開している「まちの保育園・こども園」(代表 松本 理寿輝氏)だ。

この園は、2011年にナチュラルスマイルジャパン株式会社が立ち上げ、「一人ひとりの存在そのものを喜び、互いに育みあう、コミュニティを創造する」ことが園の理念となっている。2017年には、こども観やコミュニティ観において、共通の理念を持つイタリア北部レッジョ・エミリアで形成された先進的な乳幼児教育の国際ネットワークに加入し、各国と学び合っている。

同園の最大の特長ともいえるのが、コミュニティコーディネーターという専任職員の存在だ。コミュニティコーディネーターは、地域向けの情報発信やイベント開催などを通じて、地域と子ども・保護者・保育者の橋渡しを行い、子どもたちの経験をより豊かにするための活動を行う。

「コミュニティコーディネーターが核となって、さまざまな専門性を持つ地域の人たちやお年寄り、企業がつながったり、地域の課題を共有して自治体に働きかけたりと、さまざまな取り組みが行われています。コーディネーターが介在することによって、今まで閉じられていた園という空間が開かれ、地域のWell-Beingが保証されていくわけです」と秋田氏は語る。こうした取り組みを通じて、子どもたちが豊かに成長するだけでなく、保護者やまちの人々の意識が変わったり、地域の絆が深まったりと副次効果も生まれているという。

現在、東京大学大学院教育学研究科附属 発達保育実践政策学センター(Cedep)では、同園と連携して、コミュニティコーディネーター養成講座を共同開催している。保育の質の追究や、コミュニティに開かれた学びの場の共同運営、保育の専門職の人材育成などを行う。

「初回の講座では、地図を見ながら、『子どもと地域がどんな形でつながれるか』を話し合いました。それをきっかけに、野菜づくりを通じて農家の方とつながったり、子どもたちがまちに出て祭りの灯籠や提灯などの文化に出会ったりと、さまざまな試みが生まれていくわけです。また、園の新設にあたり、保護者や地域の人が利用できるベーカリーカフェを併設したケースもあれば、保育園の軒先に本やサンドイッチが買える店をつくったケースもあります。地域に開かれたテラス的、縁側的な場所をつくることによって、子どもたちもいろいろな人と出会うことができますし、まちも園とつながりあうことができる。そうした試みがさまざまな形で行われています」

提供/昭代福祉会 昭代保育園

提供/昭代福祉会 沖端保育園
地域の方に協力してもらって行う農業体験(上)や提灯店で店の人の話を聞く機会(下)など、さまざまな試みを行っている

「色の探求」が学びのきっかけを与え、地域の愛着を深める

もう一つの事例は、2014年に大分県で始まった「色のから始まる探究学習」である。この取り組みの中で、2021年3月には、「地域の色・自分の色」研究会(代表 照山龍治氏・大分県大分市)が、学校や地域と連携し、美術や科学、歴史を総合的に学ぶ教材「ふるさとのたからもの」を作成した。そして、この教材を活用しながら、実践校の子どもたちは、色という視点で身の回りから自分だけの宝物をみつけるというふるさと学習に取り組んでいる。

「例えば、別府温泉で『地獄*めぐり』をすると、赤や青、乳緑色、グレーなど、さまざまな色があることに気付きます。それを子どもたちは、『水色に煙っている』、『海を見た』と、さまざまな言葉で表現するんですね。こうした景色は別府では当たり前のものなのに、親子で見に行ったことのある家庭は意外に少ない。子どもの発見をきっかけにして親も興味を持つようになり、皆が『地域の色』に夢中になっていくわけです」

*地獄:自然湧出の源泉

秋田氏監修のもと、「地域の色・自分の色」研究会が公益財団法人前川財団2020年度助成を受けて作成した、教材「ふるさとのたからもの」に掲載されたもの
大分県別府市の小学校3年生が、別府温泉の地獄めぐりで見つけた「色」を描いた絵日記の一部

温泉も、常に同じ色をしているわけではない。なぜ、温泉の色は時間帯や季節によって変わるのか。それは温泉の成分が空気に触れて化学変化していくことで色が変化したり、光の反射や屈折、吸収、湿度などによって変色して見えたりするためである。石畳や石垣にも使われる「別府石」は、なぜ赤い色をしているのか。それは別府石が酸化鉄を含んでいるためである。そしてこの酸化鉄を含む赤色の顔料は、高貴な人が葬られた古墳の装飾などにも使われている。こうしたさまざまな側面から、子どもたちは学びを得る。

「色の探究がきっかけとなって、子どもたちの学びは、科学や歴史、昔話へと広がっていきます。地域で総合的な学習に取り組むことによって、子どもたちはさまざまな知識や人との出会いを経験し、あらためて自分のまちの魅力を発見していく。『別府は田舎だから』と考えていた子どもたちが、『別府ってこんなにいいまちなんだ』と愛着を深めるきっかけになるのではないかと考えています」(秋田氏)。

ICTの自律的な活用で子どもの経験の質が豊かになる

一方で、コロナ禍は、子どもたちの教育環境にも大きく影を落としている。

感染予防の徹底に向けて、教育現場の業務量が増大した。加えて、地域の情報格差も広がり、オンライン対応の進展も自治体によって明暗が分かれた。とはいえ、コロナ禍は教育現場にデメリットをもたらしただけではない。「オンラインを活用することで、従来はできなかったネットワークづくりが進んだ側面もあるのです」と秋田氏は語る。

例えば、前出の「まちの保育園・こども園」では、オンライン保護者会やオンライン子育て相談をスタートした。また、食育の一環として野菜を栽培しているほかの園では、「子どもの人気給食メニューのつくり方」を調理師さんが家庭に動画で配信し、園ごとに知恵と工夫を凝らして、さまざまな新しい試みに挑戦しているという。

「ある園では、子どもたち自身が『新型コロナウイルスの感染予防の仕方』をオンラインで発信しています。子どもたちは手の洗い方を学ぶ一方で、『どうして友達と手を握っちゃいけないの』と、子どもなりに疑問も感じている。『家族のみんなが丁寧に手を洗っているのに、お父さんだけがきちんと手を洗わない。それはなぜだろう』と考え、『どうして僕たちは手を消毒しないといけないのか』を子ども目線で発信した子もいます。コロナ禍をきっかけにオンライン化が進み、今までできなかった数多くのことができるようになりました。今年に入って、子どもたちの作品をデジタルで鑑賞したり、フォルダーで共有したりする試みも始まっています。これまでポピュラーではなかったことがICTの普及で可能となり、デジタルならではの特性を活かして、人と人とのつながりが深まっている。その意味でも、新たな動きが出てきているように思います」と秋田氏は語る。

また、子どもを中心としたまちづくりを進める上で、ICT活用方法についても次のように言及した。

「特に乳幼児期には、直接的な体験が大きな意味を持つので、まちの中でいろいろな体験をできることが重要です。一方で、まちづくりや子どもの経験の質を豊かにしていくためには、ICTを自律的に活用することも大切だと思います」

しかし、現状のICTサービスに課題も感じているという。企業が提供する教育用パッケージは、「高度すぎて、慣れない人にはハードルが高い」と秋田氏。うまく使いこなせないことがストレスとなり、抵抗感を覚える保育者や教師も少なくないからだ。高度なパッケージを使うより、スマートフォンやタブレットを使って簡単なことから始めた方が、工夫次第で手作り感を持ちつつ面白いことができるのではないか、と秋田氏は指摘する。

ICTで子どもや教師を“創り手”に変えることが大切

「例えば、木の上にツバメが巣をつくったので、自撮り棒を付けたスマートフォンで巣の中の様子を撮影してみたら、ヒナがかえっていた。その動画をプロジェクターやパソコンで見せると、子どもたちはびっくりするわけです。また、園で栽培しているオクラをタイムラプス動画で撮影すると、オクラの成長を早回しで見られるので、子どもたちや保護者は『オクラって、こんな風に成長しているんだ』、『命があるって、こういうことなんだ』と気付きます。大切なことは、子どもや教師をICTの“消費者”にするのではなく、ICTやデジタルが支援して“創り手”に変えていくこと。そのスタンスさえあれば、ICTはストレス源ではなくなり、Well-Beingを生み出すツールになると思うのです」

今後、さらに子どもにとって幸せな環境づくりを進めるためには、これまで以上に産学官の連携を図っていくことが重要、と述べる。

その一環として現在、東京大学では、渋谷区との連携により保育施設をまちづくりの拠点として研究するため、渋谷区立渋谷保育園「子育て研究室」を設置した。一方、企業に対しては、「10年後、20年後の子どもたちの未来に投資する、メセナ的、コンソーシアム的なサポートをしていただけるとありがたい」と、秋田氏は期待を込める。

「まちづくりでは、さまざまな価値の葛藤が生じがちなので、それを克服するためには、いろいろな企業が連携していくことも必要になると思います。大学では公共の知に資する最先端の研究を行っていきますので、それを社会のニーズに合わせて具現化していく役割を、企業に担っていただきたい。企業と連携を図り、支援をいただきながら、Win-Winの形をつくっていければ」と想いを語った。