人を中心にした“まちづくり”
デジタルのマップで便利を見える化
市民と共に次代の共生社会をつくる
2021年に予定されている障がい者スポーツの祭典に向け、大分市はスイスの「共生社会ホストタウン」に指定された。そこで大分市は、ユニバーサルデザインのまちづくりと心のバリアフリーの醸成を進めるため、「バリアフリーマップ」の作成に着手。これは、車いす利用者にも安心して食事や観光を楽しんでもらうため、道路や周辺の情報を集約して表示・提供する仕組みである。このバリアフリーマップの作成プロセスとめざす効果について、前編に続き、利光
孝行氏と藤井 智宏氏に聞いた。(取材時期2020年9月)
【※この記事は全2回中の2回目です】
目次
- 車いす利用者の移動をサポートするため、情報を集約したマップを作成
- 「できることからやっていこう」、その思いでデータ収集に着手
- 子どもたちにも測定してもらい、不便なポイントを体感してもらう
- 大分市の経験を活かして「心のバリアフリー」を全国に広げたい
車いす利用者の移動をサポートするため、情報を集約したマップを作成
1981年に、車いすだけのマラソンの国際大会として世界初の「大分国際車いすマラソン」を創設し、今日まで伝統のともしびを守り続けてきた大分市。同市は、この障がい者スポーツ大会の運営を通じて、さまざまな背景を持つ人同士が共生する文化を血肉化してきた。
それが実を結んだ証しの1つが、2018年に大分市が「共生社会ホストタウン」(以下、ホストタウン)に認定されたという事実である。共生社会ホストタウンとは、国が推進するホストタウン事業のうち2021年に予定されている世界的スポーツイベントにおいて、海外のパラアスリートを受け入れるホスト都市のこと。「ユニバーサルデザインのまちづくり」と「心のバリアフリー」の取り組みを推進することで、障がいを持つ選手との交流、および共生社会の実現に寄与することが期待されている。
そこで大分市は、その責務を果たすべくさまざまな取り組みを進めてきた。例えば、店舗に向けたバリアフリー改修工事の経費補助施策。手すりの設置や、出入口の段差改修などを行う費用の一部を市が負担することで、バリアフリー化を促している。また、2021年の受け入れ予定国であるスイスを紹介する「スイスフェア」を開催。パラスポーツやスイスの文化に親しめる機会を積極的につくることで、共生社会ホストタウンとしての受け入れ態勢を整えている。
さらに、これらに加えて取り組んでいるのが「バリアフリーマップ」の作成である。バリアフリーマップとは、道路の状態や、多機能トイレ、エレベーターといったバリアフリー設備の有無などの情報を盛り込んだ地図のこと。これをWeb上に公開し、スマートフォンやタブレットなどを使って誰でも確認できるようにするものだ。大分市職員の利光 孝行氏は、これをつくろうと考えた理由を次のように話す。
「2021年のイベントは東京で開催されますが、連動して大分市にも海外からの観光客が増えると予想しています。その中には当然、大勢の車いす利用者がいるでしょう。しかし、車いすの方が食事や観光をする際は、道路の状態に行動を大きく左右されます。『どのルートで移動すればスムーズに目的地に着けるのか』『入店しやすいお店はどこか』などの情報をあらかじめ収集し公開しておくことが、バリアフリーなおもてなしにつながると考えたのです」
「できることからやっていこう」、その思いでデータ収集に着手
当初は紙のパンフレットで地図をつくることを想定していた。だが、印刷コストがかさむ上、いったん印刷してしまうと修正に時間がかかる。新店オープンや道路状況の変化など、実際のまちの状況との間にずれが生じる懸念があった。
そんな折に知ったのが、バリアフリー情報収集ツール「MaPiece(まっぴーす)」だ。紙の地図で良いのかを検討していた矢先、あるスポーツイベントで、「会場のマップをデジタルでつくった」という話を聞いたことがきっかけだったという。
「スタジアムの通路の幅や勾配、トイレなどのデータを測定・収集して、インターネット上にアップロードして公開したとの話を聞き、これは良いと感じました。いつでも・誰でも見ることができるほか、あとから間違いを修正したり、表示範囲を広げたりすることも簡単だからです。バリアフリーマップの取り組みを一過性のものにしないためには、こういう仕組みでなければいけないと思いました」。そう話すのは、大分市職員として一連の取り組みに携わり、2020年1月にサステナビリティをテーマとした企業の経営者として独立した藤井 智宏氏である。
問題は、どの範囲のデータを、どうやって測定・収集するかということだ。過去に例がない取り組みのため、初めからむやみにエリアを広げるわけにはいかない。また、データを集める方法についても、360度カメラを搭載した自動車を走らせるといった方法はコスト面で難しかった。「そこで私たちは、『できることからやっていこう』という合言葉の下でバリアフリーマップの作成に着手しました。職員はもちろん、住民の方にも手伝ってもらいながら、自分たちの手でマップを拡充していこうと考えたのです。エリアは狭くても、まずは少しでも早く、出来上がったものをお届けしたい一心でした」と利光氏は話す。
子どもたちにも測定してもらい、不便なポイントを体感してもらう
まずは大分駅周辺から始めて、手応えをつかんでから徐々にエリアを広げることにした。市職員が中心となって、実地での測定作業を進めていく。MaPieceをインストールしたタブレットを片手に歩道を歩きながら、道幅や勾配、段差などの測定値を入力していった。
なお、この実地調査には、実際に車いすを利用する大分市職員も参加した。ただ歩いているだけでは気付きにくい不便な点など、障がいのある人ならではの意見を取り込みながら、利用者目線の情報を集めるように心がけたという。
「例えば、私たちは『上り坂であれば、車いすでは登りにくい』と単純に考えがちです。ところが、車いすを使う人の意見を聞くと、『上り坂だけでなく、左右にも傾きがあると車いすを進めづらい』ということが分かりました。この点を踏まえてみると、実は歩道には、排水のために車道に向かって傾斜している箇所がたくさんあります。ここは、車いす利用者にとって危険な場所なのだと分かりました」(藤井氏)
市民参加型の測定会も開催した。2019年の夏休みシーズンに、市内の小学生と保護者を対象とした測定体験イベントを企画・実施したのである。
当日集まった子どもたちからは「ここは狭いから、車いすだと通れないよ」「ここは道が凸凹しているから、車いすで行くのは難しいんじゃないか」といったさまざまな意見が飛び出した。「字で読んだり、絵で見たりしてもらうのではなく、実際に現地に行き、自分で測ってもらうことで、車いすの人が不便に感じるポイントをリアルに感じてもらうことができたと思います。また、親子でバリアフリーについて考える、良いきっかけにもしてもらえたのではないでしょうか」と利光氏は振り返る。これからも、機会があれば実施する予定だという。
大分市の経験を活かして「心のバリアフリー」を全国に広げたい
こうして公開された大分市のバリアフリーマップは、大分市のホームページ「おおいたマップ」内で見ることができる。歩道の幅や勾配、段差、歩行者用信号の有無などの情報をマップ上に表示することが可能だ。
2020年10月現在、掲載地域は大分駅周辺の一部エリアに限られているが、今後は少しずつ範囲を拡大していく。また、現時点で提供できるのは、道路という「線」の情報のみだが、今後は「多目的トイレがどこにあるか」のような「点」の情報も加えながら、内容も少しずつ充実させていく予定だという。「民間企業の協力も得ながら、より便利なマップに育てていければと思います」と利光氏は語る。
また、共生社会ホストタウンに指定されたのちは、ほかの共生社会ホストタウンと交流する機会も増えた。それにより、大分市が培ってきた共生社会のノウハウや、地域文化の重みを再確認できたと両氏は語る。
「外からの声を聞く中で、それまで気付いていなかった大分市の取り組みの先進性に気付かされた面があります。今後はその経験を積極的に“輸出”することで、全国の自治体のバリアフリー化、サステナブルなまちづくりに貢献していければうれしいですね」(藤井氏)
「約40年間、車いすマラソンと共に過ごしてきた大分市は、『障がい者と健常者』という二極ではなく、『障がいは1つの個性』と捉えているように感じます。このフラットな感覚が、さまざまな取り組みの下地にあることは間違いありません。これからも、心のバリアフリーを一層広げていきたいと思います」(利光氏)
世界のパラアスリートと伴走してきた約40年の歳月は、大分のまちに多様性を当たり前のものとして受け入れる風土をはぐくんだ。大分市は、共生社会という未来を開く先導者として、新たな役割を担いつつある。