アドバイザー活動紹介

渋滞学のもと「人流」をマネジメントすれば
“3密”を避けつつ、にぎわいを取り戻せる

スマートシティの計画を進める上で、忘れてはならないのが「モビリティ(移動)」の問題だ。交通渋滞の解消もさることながら、コロナ禍で“3密”や物流危機がクローズアップされ、「人流・物流をいかに最適化するか」が、新たな課題として浮上している。感染予防を徹底しつつ、まちににぎわいを取り戻すにはどうすればいいのか。物流危機が叫ばれる今、どのような物流の仕組みが求められるのか。「渋滞学」の第一人者である、西成 活裕教授に話を聞いた。
(取材時期:2022年2月)

目次

東京大学先端科学技術研究センター 教授 西成 活裕氏

東京大学先端科学技術研究センター 教授
西成 活裕氏

東京大学大学院工学系研究科航空宇宙工学専攻博士課程修了。山形大学、龍谷大学、ドイツのケルン大学から、東京大学大学院工学系研究科航空宇宙工学専攻准教授、教授を経て、東京大学先端科学技術研究センター教授。渋滞学や無駄学の研究で知られる。

アリの世界で「渋滞」が起きない仕組みとは

西成氏の「渋滞学」の研究が飛躍的に加速したのは、ケルン大学に1年間研究留学したときだ。

アリ好きの学生と一緒に、アリの行列を観察していた西成氏は、「アリは行列がどんなに長くなっても、互いに一定の距離を確保し、前後の空間を保っている」ことに気付く。この研究は、米国物理学会の権威ある専門誌『Physical Review Letters』に掲載され、世界的な反響を呼んだ。この発見を機に、西成氏は「渋滞を解消するには車間距離を空けることが大切」と考えるようになり、「渋滞学」の第一人者として名を馳せることとなる。

アリの行列

アリの行列

それでは、渋滞学の観点から見た場合、まちづくりにあたっては、どのような空間や機能のデザインが求められるのか。

「渋滞学における一番のポイントは、“ゆとり”の概念です。アリがそうであるように、自然には必ずゆとりがあって、混雑が起きないようになっている。そこには、人間がいくら考えてもたどり着けない、自然の数億年の歩みがあるわけです。それをもう1回見直して、自然に学ぶまちづくりやデザインを考えることが大事なのではないか。今まで我々は、“隙間をなるべく詰める” といった効率優先でやってきたわけですが、それを見直す良い機会ではないかと思うのです」

産業社会の進展とともに、我々は効率性の追求に腐心してきた。しかし、効率優先の社会は“3密”をつくり出し、新型コロナウイルス感染症の感染拡大を引き起こした。その結果、いわゆる通勤ラッシュは姿を消し、「ソーシャル・ディスタンス」という概念によって、図らずも“渋滞解消”が実現することとなった。「これはゆとりを持った空間をつくることがいかに重要かということを、再認識するチャンスです」と西成氏は力を込める。

AIによる群集マネジメントで「2、3万人収容」も可能に

コロナ禍による外出規制は経済に大きな打撃を与え、ちまたでは閉店・閉業も相次いだ。どうすればソーシャル・ディスタンスを保ちつつ、にぎわいと安全性を両立させることができるのか。

西成氏は、国際的スポーツイベントのアドバイザーとして、3年間、この問題と格闘してきた。最終的に無観客開催となったことで、西成氏のアイデアが日の目を見ることはなかったが、徹底的に議論を重ねた経験から、「コロナ禍でも人流を制御することは十分に可能」と断言する。

「データをもっと活用すれば、群集のマネジメントは可能です。先日もある展示会のお手伝いをしたのですが、これまでの知見を生かして、徹底的にリスクをつぶしたのです。来場者にいかに情報提供するか、当日の移動ルートをいかに誘導するか、混雑を防ぐためにどうやって“分散退場”させるか。こうした工夫をすれば、5万人の施設に2、3万人入れることは十分に可能です。ただ単に、『密になるから』という非科学的なイメージや推測だけで、『上限5,000人』などと決めるのは全く根拠がないと感じています」

コロナ禍のスポーツイベント

コロナ禍のスポーツイベント

こうした群衆マネジメントのベースとなるのが、①センシング(情報収集)②リスクの予測③制御という三つのステップだ。まずはカメラやチケット予約情報など、さまざまな手法や装置を用いてセンシングを行い、状況を見える化する。そのデータを基に、リスクを予測し、制御を行う。この流れを回していくことで、にぎわいと安全性が両立できるわけだ。

「今はデジタル技術がかなり進んでいて、さまざまなデータを取ることが可能です。カメラや携帯などのツールを使えば、人流の動きはほぼリアルタイムに分かる。こうしたツールを使って賢くマネジメントすれば、にぎわいと安全性は絶対に両立できると考えています」

「競争と協調」で物流クライシスを乗り切る

まちづくりにおいて、渋滞学を応用できる領域は、人流だけではない。昨今話題に上ることが多い物流はその最たる例だ。コロナ禍の「巣ごもり需要」で宅配ニーズが急増し、トラックドライバーや作業員が不足する「物流クライシス」が深刻化した。「コロナ禍になってすぐに、宅配だけで取扱量が15%も増加しました。こうなると、もう1社だけで対応できる時代ではない。そこで重要なキーワードとなるのが“協調”です」と西成氏は話す。

物流の写真

物流の写真

例えば、食品業界では、味の素、ハウス食品、カゴメ、日清オイリオグループ、日清フーズ5社が、2019年に共同で物流会社を設立した。また、北海道では2017年から、サッポロ、アサヒ、キリン、サントリーのビール4社が道東エリアで共同配送をスタートさせた。物流危機を乗り切るため、「商品で競争、物流は協調」という戦略にかじを切ったかたちだが、一方で、「安易に協調戦略をとると収益が下がる」という声も少なくない。「そのジレンマを解消するためには、DXによるビジネスモデルの転換が必要」と西成氏は指摘する。

その切り札として、西成氏が提唱しているのが「デマンドウェブ構想」だ。これは、デマンド(需要)を起点として、情報共有のプラットフォームをつくり、製造・倉庫・輸送交通のネットワーキングとオープンシェアリングの実現をめざすというものである。デマンドに応じて必要なものを製造・共同配送し、不要なものがあれば引き取って廃棄・リサイクルに回す。その一連のサイクルをエンド・ツー・エンドで見える化し、サプライチェーン全体で物流の全体最適化を図ろうという構想だ。

「こうしたデータ活用やシェアリング、マッチングを行うためのアルゴリズムは、まさに渋滞学やさまざまな数理科学が応用できる領域です。それが、見える化とセットになれば、どの産業でも新しいヒントが得られて、面白いことが起こるのではないでしょうか」

「主観と客観の差」を制する者がスマートシティを制する

こうしたさまざまな可能性を広げるデジタル技術として、西成氏は最先端のAI研究に注目している。中でも、今後大きく成長する可能性を秘めているのが、「主観を測るAI」だという。

例えば、「混雑」の度合いは、人口密度などの数値によって客観的に計測できる。しかし、その場に居合わせた人が「混雑している」と感じなければ、アンケートには「混雑していない」と回答する。こうした「主観と客観の乖離」を埋めない限り、まちづくりに対する住民の満足度を正しく評価することはできない。

「今、中国を中心として、“主観を測るAI”の研究が進んでいます。例えば歩行者の口角の上がり具合をAIが判断して、歩行者が笑顔かどうかを測り、その感情を数種類に分類するというもの。客観的に計測しつつ主観もとるという技術は、もしかするとキラーコンテンツになるかもしれない。おそらくは、スマートシティの取り組みにも大きく関わってくるのではないかと思います」

こうした「主観と客観の差」は、豊かなまちづくりの指標として注目される「Well-Being」にも少なからぬ影響を与える、と西成氏はみる。

「例えば、騒音のない、きれいなまちは、客観的な指標では快適だと思われがちですが、アンケートをとれば、『人間関係がギスギスしていて雰囲気が悪い』と回答する住民もいるかもしれない。以前、“待ち時間”について論文を発表したことがあるのですが、『あなたはどのぐらい待ったと思いますか』と質問すると、実際には30分待ったにもかかわらず、『15分ぐらいかな』と答える人がいる。楽しい気分のときは、『待ち時間が少ない』と感じているわけです。この『主観と客観の差』はけっこう深いのですが、あまり研究されていないのが現状です。しかも、アンケート調査の直前の行動によって、答えが変わることもある。例えば、直前に電車の混雑で不快な思いをした人は、そうでない人とは回答が全く違ってきます。アンケートというのは非常に分析が難しいのですが、『主観・客観の差』や本人の状態も考慮すれば、現実を反映したものができるのではないかと思います」

方程式では解けない“経験”をした数理系人材を育てていきたい

今後、数理系人材を活用することで、まちづくりの可能性はどのように広がっていくのか。

「数理系人材の強みは、データをエビデンスにして考えられるという点です。ただし、数理系人材の中には“人間心理”に弱いケースが少なくありません。人が幸福になれるまちづくりをするためには、人間の心をしっかりと理解しなければなりません。心理学や脳科学では知られていることですが、人間は成長するにつれて、“相手の立場で考える”ことができるようになります。ところが、数理系のみに没頭して人間関係を磨いてこないと、その部分が十分にカバーできない可能性があります。私はよく、後輩や学生に『恋愛して振られろ』と言うのですが、大学時代に“方程式では解けない”経験をした人間は強い。両方のバランスがいい人間を、いかに輩出できるかがポイントとなるでしょう」

そうした事情も考慮した上で、最適化のプログラムが組めないと、絵に描いた餅で終わってしまう。まちづくりの仕事をするためには、数学や物理の能力だけでなく、人間臭い部分も知る必要があるわけだ。「そのためには、本人が失敗するのが一番効く。現場に出て、混沌とした状況を目の当たりにして、そこで考える経験を積むことが重要です」(西成氏)

その一方、新しいまちづくりの可能性を広げていくために、自治体や企業にも期待を寄せる。

「お互いに協調・連携してほしい。まちづくりには、いかに多くのステークホルダーを巻き込めるか重要だからです。ただし、こうした取り組みは先述の物流でもかなり行われていますが、あまりうまくいっていないのが実情です。特定の企業が旗振りをすると、ほかの企業がその傘下に入るような恰好になり、人が集まらなくなってしまうのです。そうならないためにも、皆が自分の得意な分野を持ち寄り、全員がWin-Winで幸せになれるオアシスをつくっていけるかどうかがポイント。そういうまちづくりを期待したいし、私も貢献していきたいと思っています」