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日本独自の美しい光で、未来のまちと人の暮らしを照らしたい

都市空間を美しく彩る景観照明は、もはや観光やまちづくりに欠かせない要素となりつつある。その先駆けとして活躍し、日本の夜景に革命を起こしたのが、世界的な照明デザイナー・石井 幹子氏だ。石井氏は1989年に東京タワーをライトアップして一躍注目を浴び、日本における夜景の概念を一新した。その後も、国内外で光の演出を手掛け、夜景美の創造と演出に力を注いできた。夜のまちを照らす光は、まちとそこで暮らす人々をどのように変えるのか。今後の都市照明の在り方や役割について話を聞いた。
(取材時期:2021年11月)

目次

照明デザイナー 株式会社石井幹子デザイン事務所代表取締役
石井 幹子氏

東京芸術大学美術学部卒。フィンランド、ドイツの照明設計事務所勤務後、石井幹子デザイン事務所設立。都市照明から建築照明、ライトパフォーマンスなど、幅広い光の領域を開拓している。国内外での受賞歴多数。2000年、紫綬褒章を受章。2019年、文化功労者顕彰。2020年、東京都名誉都民顕彰。

一様な照明ではなく“そのまちらしさ”を光で表現したい

石井氏は、東京タワーやレインボーブリッジ、東京駅、姫路城といった建物、 橋、歴史的造物だけでなく、国内外で都市の景観照明を手掛けてきた。石井氏が仕事をする上で、特に心を砕いてきたのが「その土地の歴史を大切にすること」だという。

「どのまちにも歴史があり、住む人たちにとっては故郷であり思い入れのある場所です。ですから、一様に同じような照明をするのではなく、一番“そのまちらしさ”が分かるものを照らし出したいと思っています。特に日本列島は風土も歴史も多様ですから、そのまちならではの景色や文化、そこに住む人たちの愛着の対象を光で表現したい。子どもたちにとっては心象風景となり、訪れた人にとっては光のメッセージとなるような照明でありたいと考えています」

日本らしい都市照明とは“月明かりを大切にする”照明

石井氏は1965年~1967年、フィンランドとドイツの照明設計事務所に勤務した。その後、アメリカやヨーロッパなど、世界各地で数多くの照明デザインを手掛けてきた。その経験から、夜景が美しい都市の共通点について、次のように述べる。

「やはり、文化に対して深い関心を寄せているようなまちは、夜景がきれいですね。それを一番感じるのは、ライトアップ発祥の地であるフランスです。例えば、リヨンの夜景は世界的に有名ですが、市長が夜景によるまちづくりを提唱し、市民や商工会議所も賛成して、世界屈指の夜景をつくり上げた。夜景が観光資源になるし、文化的な遺産にもなる、という意識が非常に高いわけです。ただし、ライトアップというのは、治安がいい場所でないと楽しめない。ニューヨークの夜景は豪華なシャンデリアのようで素晴らしいけれど、あれはハドソン川の対岸や、飛行機の上から眺める夜景であって、散策しながら見る夜景ではありません。ベルリンやアムステルダム、ロンドンの夜景も整備された立派なものですが、これらの都市に共通しているのは、夜景が観光資源だと理解していて、散策しながら夜景が楽しめること。その二つを兼ね備えていることが、夜景が美しい都市の共通点ではないでしょうか」

とはいえ、ひと口に夜景といっても、その成り立ちや景観は国によって千差万別だ。石井氏自身も、世界各地を飛び回る中で、「日本らしい景観照明というものがあるのではないか」と考えるようになったという。

「例えば中国では、ギラギラした照明を使って、まちを昼間のように明るくします。また、キリスト教の伝統があるヨーロッパでは、光と闇を対比させた、ダイナミックな照明をすることが多い。一方、日本人が長年培ってきたのは、月明かりに対する憧憬だと思うのです。満月の夜はこよなく美しい。まち全体を照らす満月の清らかな光を大切にして、それを生かすような景観照明ができないかと考え続けてきました。例えば、私が照明を担当させていただいた皇居前広場は、安心して満月の光を楽しめる場所なんです。周りに丸の内や有楽町があって、とても明るいのですが、少しずつ照明を暗くして、照明と月明かりが融合する世界を創りたいと思ったのです。実は東京タワーも、満月の夜は、上の方の照明を消しています。これこそが日本独特の景観照明の一つではないかと感じています」

地元の人たちを喜ばせた芝浦・港南エリアの橋梁ライトアップ

石井氏の作品の一つに、広島県・尾道市の都市照明がある。尾道は瀬戸内海に面した風光明媚な港町で、小津安二郎監督の映画『東京物語』や“尾道三部作”をはじめとする大林宣彦監督作品の舞台となったことでも知られている。

石井氏は“尾道らしさ”を求めて、尾道水道と山腹の寺社とをつなぐ「石段」と「坂道」に着目した。独特の地形や歴史を生かしたライトアップを行うことにより、尾道ならではの魅力を引き出した。

「瀬戸内海から山に向かって急坂が続くのですが、港の対岸にある向島から見る夜景がとても美しいんですね。水際から坂を上がっていったところに、お寺や神社が点々とある。独特の日本的な景観で、尾道らしい明かりをつくることができたのではないかと思います」

尾道市の景観照明の様子

都内でも、石井氏は数多くのプロジェクトを手掛けている。その一つが、隅田川に架かる10の橋のライトアップだ。

石井氏は6橋(築地大橋、佃大橋、蔵前橋、厩橋、駒形橋、白鬚橋)の新設ライトアップと、4橋(勝鬨橋、永代橋、清洲橋、吾妻橋)のリニューアルを担当した。橋それぞれの塗装色と構造美を生かして、水辺の空間を個性豊かに演出し、コロナ禍で行われた世界的なスポーツイベントを美しく彩った。

隅田川橋梁群ライトアップの様子

このほか、石井氏は港区の芝浦エリアや港南エリアでも、運河に架かる橋の景観照明をデザインしている。

「芝浦・港南エリアの運河には、小さな橋がたくさん架かっているんです。その橋を、区会議員の発案で照明することになったんですが、最初に見たときは『どうしよう、本当にきれいになるのかしら』と思いました。古くから使われている橋梁だけに、ペンキが剥げたり、水道管がむき出しになったりしていたからです。ただ、照明を施したら、違う表情を見せてくれました。生活のために造られた橋なんですが、お花見のときはピンク色に染まる。地元の人たちが本当に喜んでくださったのが印象的でした。コロナ禍でいろんなことが制限される中、モノ消費ではなく、コト体験をしたい、体験を共有したいと思っていらっしゃったのかもしれませんね」

芝浦・港南エリアの橋梁ライトアップの様子

一見、順風満帆のようだが、コロナ禍の影響を受けなかったわけではない。

ライトアップをすれば、見物客が集まって、“三密”の状態を誘発しかねない。その懸念から、ライトアップの計画が中止、もしくは延期されるケースが続出した。感染拡大を避けるため、照明デザインの現場でもオンライン化が加速した。

だが、石井氏は、在宅ワークや会議のオンライン化が進む一方で、対面で人と人が触れ合うことの重要性を説く。

「今は在宅ワークが当たり前になっていますが、それ一辺倒になるのは間違いだと思います。人間は、肌と肌を触れ合わせることが大事で、遊びやけんかを通じて学び、成長するからこそ、種として生き延びることができた。にもかかわらず、画面の中の仮想空間でのみ仕事をしていたら、人間は心身ともに退化してしまう。対面で会うことをやめたら、人は人らしさを失っていくのではないでしょうか。実は、ある国からの依頼で橋梁の照明をすることになり、大使とWebで何度もお話ししたのですが、ちっとも話が進まなくて困っていました。ところが、その方と直接お会いして、40分かけて仕事の経過と今後の手順を説明したら、すべてご理解いただくことができた。実際に会って話をしたことで、先方も安心されたのだと思います。対面で会うことの大切さを、ますます実感しましたね」

今後の課題はサステナビリティを意識した照明の実現

コロナ禍で生活や働き方などが大きく変わる中、今後のまちづくりにも新たな視点が求められつつある。その一つとして石井氏が目を向けているのがサステナビリティだ。

その一環として、石井氏は2013年から、上野恩賜公園(東京都・台東区)で毎年開催される「創エネ・あかりパーク」の照明デザインを担当している。このイベントは、2050年のカーボンニュートラルの実現に向け、最新の創エネ・省エネ技術と光技術を組み合わせることで、未来を体感しながらエネルギーについての知識を深めてもらおうというものだ。

創エネ・あかりパークの様子

「会場に行くと、動物園に近いせいか、小さなお子さんがいっぱいいましてね。この子たちのために、美しい地球を残さないといけないな、としみじみ感じます」

とはいえ、その道のりは平たんではない。

「今、照明デザインに、できるだけ再生可能エネルギーを使うことを提案しています。橋梁のライトアップにも、できるだけ太陽光パネルを使っていただくようお願いはしているのですが。まだこれからという状況です」

都市照明に再生可能エネルギーを活用し、地球に負荷をかけずに、美しい夜景をつくり上げる。サステナブル・スマートシティ・パートナー・プログラムに賛同するアドバイザーとしても、この課題に引き続き取り組んでいきたいと石井氏は力を込める。

「いろんな自治体がサステナブルなまちづくりに興味持つことで、そのこと自体がまちを良くすることにつながっていく。私たちはもっと、自分たちが住んでいるまちとその未来を大事にしていかなきゃならないと思います」

芝浦・港南エリアの例でも分かるように、美しい夜景には、住民のWell-Beingを高める効果がある。サステナブルな手法で景観をいかに演出し、住民が幸福になれるまちづくりを進めるか。それは、今後のまちづくりにおける一つの焦点となりそうだ。