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日本古来の価値観や仕組みの中に都市デザインの新しいヒントがある

ここ10年、超高齢化と人口減少が加速する中、持続可能な都市モデルとして全国各地で「コンパクトシティ」化が推し進められてきた。こうした中、パンデミックの災禍が人々の生活様式を根本から変え、都市やまちづくりの姿を大きく変えようとしている。これからの都市デザインに求められるものとは何か。日本古来の価値観は、まちづくりにどのような豊かさをもたらすのか。都市計画の専門家である岸井 隆幸氏に話を聞いた。
(取材時期:2021年7月)

目次

日本大学理工学部土木工学科特任教授
岸井 隆幸氏

東京大学大学院都市工学専攻修士課程修了後、建設省(現国交省)に入省。1998年日本大学理工学部土木工学科教授、2018年より現職。 2010~2012年日本都市計画学会会長。都市交通システムや都市開発整備事業、災害復興など、幅広く研究している。

今後は“職住分離”から“職住近接”へのシフトが加速していく

コロナ禍による外出自粛の影響で、都心はかつてのにぎわいを失い、郊外の住宅地に人流が回帰している。都市の風景は劇的な変貌を遂げた。だが、こうした変化は必ずしも、新型コロナウイルスだけに起因するものではないと岸井氏は指摘する。

「新型コロナウイルスによって社会が大きく変化したというよりは、今まで緩やかに起きていた変化が新型コロナウイルスで一気に加速したという印象です。19世紀半ばから都市への人口集中が進み、上下水道や医療体制が未整備な中で感染症が何度も流行しました。そこで鉄道の発達とともに、『環境に恵まれた郊外に住み、都心で働く』という“職住分離”のライフスタイルが定着していきます。しかしその後、都市の産業自体も変化し、都心部の環境も大きく改善され、『都心居住』が話題に上る時代になりました。しかも、21世紀に入るとICT革命が進み、都心から遠く離れていてもICTを活用すれば働ける時代になった。コロナ禍以前から、職住は融合していく傾向にあり、ライフスタイルはゆるやかに変わりつつあったわけです」

それが昨年からのコロナ禍により、好むと好まざるとにかかわらず、強制的な“職住融合”の状況が生まれた。「コロナ禍を機に、『毎朝1時間半も満員電車に乗って、都心まで出かける必要はないのかもしれない』という気づきが生まれたことは大きい」と岸井氏は言う。

しかしその一方で、在宅ワークの普及とともに、さまざまな問題も顕在化した。

もともと日本では、子育て世帯の居住面積水準がそれほど高くなく、成長期の子どもがいる家庭ともなれば、“密”の状態になりがちなのが実情だ。そんな中、在宅ワークやオンライン授業が一斉に始まったことで、家庭内のストレスが深刻化しつつある。こうした事情もあって“職住融合”の流れは、やがて“職住近接”にたどり着くのではないか、と岸井氏は予見する。

「これからは、『家の近くで働く』ことが、ごく当たり前になっていくかもしれません。例えば、家から30分以内で行ける距離に、Wi-Fi環境が完備され、オンライン会議用スペースもある『地域クラブ』がある。そこを週に2、3回利用する――そんなライフスタイルも描けます。1時間半の通勤時間が30分に短縮されれば、往復2時間の自由な時間が生まれる。この時間をより有効に使いたい人のために、地域クラブが『地域のほかの人との出会いを演出する』ことも考えられます。地域に貢献したい、自分の持っている経験やノウハウを次世代に伝えたい、自分も刺激が欲しいという人は少なくありませんからね。そうした人たちが集まり、地域の中で社会参加や社会貢献ができるような拠点がいくつも生まれ、それがまちの魅力として感じられる時代が来るのではないかと思います」

“式年遷宮”方式で都市のレジリエンスを高める

こうした中、従来の「大都市」と「地方都市」の位置付けも変わっていく、と岸井氏は予想する。

「小さな地方都市においては、ICTの活用が鍵になると思います。今はスマートフォンさえあれば、どこにいようと、誰もが世界に向けて発信できる。空間を超えることができるわけです。これをツールとしてうまく使いこなせる人が増えれば増えるほど、個性的な地方都市の可能性はどんどん広がっていくと思います」

一方で、大都市は“国際間競争”の時代に向かいつつあると岸井氏は指摘する。現在、世界の3分の2の人口が集中するアジア圏では、東京、上海、北京、ソウル、バンコク、シンガポールなど、世界屈指のメガシティが国際ビジネスのハブをめざしてしのぎを削っている。その成否は、近い将来、各国の経済はもちろん、政治までも左右するほどのインパクトをもたらす。その意味で、今後、大都市が果たすべき役割とは「国際的競争力を強化すること」だと岸井氏は語る。

「大都市はカオス(混沌)の状態でもいいのではないか。その方が『自分も何かに挑戦できるかもしれない』という期待を生み出して、人を惹きつけることができる。すべてが制御されている完成された秩序の下では、チャレンジは起きにくい。東京はさまざまな個性ある拠点が近接していて、一見カオスのように見えますが、それこそが都市のダイナミズム・可能性だと僕は思っています」

都市計画に重大な影響をもたらしているのは、コロナ禍だけではない。温暖化により激甚化する災害への対応も、都市デザインの根幹に関わる重要なテーマだ。気候変動による災害が世界的に増えている現在、インフラの強靭化は喫緊の課題だが、それ以外にも必要な取り組みがあると指摘する。

「一つは、カーボンニュートラルのように気候の変動幅を減らそうとする取り組みを続けていくことです。その一方で鉄道網や道路網などのリダンダンシー(多重性)を高めることも、都市のレジリエンス(強靭さ)を強化する重要な施策の一つです。人口減少でこれだけ空地が増えているのだから、空地を活用して“式年遷宮”のような仕組みをつくることも必要なのではないでしょうか」

式年遷宮とは、伊勢神宮の例が有名だが、20~30年ごとに社殿を一新してご神体を新しい社殿に遷(うつ)すという「神社の仕組み」である。複数の敷地を用意し、一定の年限ごとに新しい社殿を造営し、古い社殿は更地にして次の遷宮に備える。時を越えて魂をつなぐ仕組み、すなわち永遠に「常若(とこわか)」の状態を保ち、伝えていくサステナブルなシステムだ。

伊勢神宮・式年遷宮行事「上棟祭」 神宮司庁提供

「建物やインフラも古くなれば、いつかは更新をしなければならない。そのプロセスを社会システムとしてビルトインしていくことが、実は重要なのではないか。その意味では、式年遷宮はなかなか良い仕組みで、それを社会の中にうまく入れ込んでいくことが大切だと思います」

「さまざまなシステムを複核・複線化し、片方にトラブルが生じても、もう片方が機能する仕組みをつくれば、都市の安全性を高めることができる。こういう時代だからこそ、余裕を持たせたリダンダンシーの高い社会システムの構築を、もっと真剣に考えてもいいのではないか」と岸井氏は言う。

スマートシティを成功に導くポイントは「合意形成」

近年、都市デザインの領域では、生活者を中心に据えたまちづくりが重要なテーマの一つとなっている。どうすれば生活者が利便性を享受しながら、快適に暮らせるまちをつくることができるのか。地域コミュニティを形成して、住みやすいまちをつくるためにはどうすればいいのか――といった点がよりクローズアップされ、「Well-Being:幸福」という考え方を採り入れたまちづくりへの模索も始まっている。

こうした中、「スマートシティ」の概念も変わりつつある。「スマートとはあくまで手段にすぎず、『どんな価値を求めて、このまちをつくるのか』という根幹の部分は、自分たちでつくらないといけない。スマートシティ計画で最初にやるべきことは、『どのような社会・価値を我々は実現したいのか』を、自分たちで判断することです。その上でスマートなツールやデータをうまく活用しながら、我々自身が求める価値の実現をめざす。それがスマートシティだと考えています」と岸井氏は語る。

それでは、スマートシティの構築を成功させるポイントとは何か。それは、皆の協力を得るために、「最初の合意をしっかりつくること」だと岸井氏は言う。

「スマートシティ成功の鍵を握るのは、構成員に関連するデータの収集・分析です。ただ、自分の情報を提供してでもデータの分析・活用をしてもらった方がいい、と皆に思ってもらうためには、ゴールに対する最初の合意形成がしっかりできている必要がある。それがなければ、『自分のデータを好きなように使われて、一方的にいろいろなものを押し付けられる。なぜ、そんなものに従わなければならないんだ』と、住民から反発されてしまう」と岸井氏は指摘する。

「このまちで、こういう価値を実現しよう」という方向性が決まれば、次は『その価値をどうやって実現するか』という議論が必然的に起こってくる。今あるデータだけを使うのか、別のデータが必要なのか、自分が保有しているデータを提供してでも、次のステップをめざすのか。例えば、新潟県見附市では「生涯にわたり、健やかで幸せに(健幸)暮らせるまちづくり」を目標に掲げ、実際、全市をあげて「スマートウエルネスコミュニティ(SWC)」の活動に取り組んでいる。その結果、高齢者の運動教室への参加状況と1人当たりの年間医療費の比較も可能となり、運動による医療費抑制効果の見える化を実現した。
「さまざまなデータを活用して、新しいヒントを探し出そうという試みは、これからますます増えてくると思いますが、最初の方向性に関する合意をいかに構築できるかがポイントだと思います」

また一方で、都市に生命を吹き込む仕組みは、データだけではなく、意外なところにも潜んでいると岸井氏は指摘する。「長野市の善光寺は、天台宗と浄土宗という二つの宗派が、交代で貫主を務めています。しかも、浄土宗系の大本願は尼寺なのです。このような寺院は珍しいと思いますが、こうした非常に大きな包容力が善光寺さんの魅力なのです。『包容力』こそ、今、世界が求めている『多様性の尊重』に通じるもので、魅力的な都市の重要な要素だと思います」

「日本が昔から培ってきた価値観や仕組みというものを、決して侮ることはできない。『変化する自然』に宿る『多様な神々』を大切にする心、そうした『八百万の神の世界』は包容力の高い世界である。ここにもこれからの日本の都市の在り方のヒントが隠されているのではないか」と岸井氏は言う。

橋渡し役をしながら、信頼できるネットワークをつくっていきたい

岸井氏は、都市計画や交通計画の調査研究に取り組んできた。その経験から、「いずれにしても、今後のまちづくりには、それに資するデータをさまざまな角度から集める必要がある」と語る。

「『都市を測る』には、大きく三つの意味があると考えています。一つ目は、都市を同じ物差しで測ることで、他都市との比較が可能になり、自分の都市の強みや弱みを客観的に把握できること。二つ目は、ある地域で何か新しいことを始めるとき、それに関連した事柄を計測することで、影響をしっかり把握し、事業の質を高めるための方策が打てること。三つ目は、計測した結果を見える化し、共有することにより、全体の合意形成が進みやすくなるということです」

ただし、「重要なのはデータだけではない」と岸井氏はくぎを刺す。「統計上の数字も判断には必要ですが、それだけでは人は動かない。フェイクニュースやフェイクレビューが氾濫している世の中では、本当に信頼できるデータなのか、と懐疑的に捉える人も出てくる。そこで、より重要さを増すのが『信頼できる人の意見、信頼できるコミュニティの動向』です。デジタル化が進む今だからこそ、逆にリアルな人やコミュニティの信頼がより大事になってくるのではないでしょうか」

こうしたさまざまな変化に対し、企業や自治体はどのような対応が必要となるのだろうか。最後に、岸井氏は都市計画・交通計画の専門家としての期待を語った。

「これからは、“人の顔が見えるサービス”をきめ細かく提供しない限り、住民の満足度は向上しないでしょう。多様なニーズに対して柔軟にサービスを提供するという点では、行政よりも民間の方がさまざまな選択肢を用意できますし、行政が把握していないデータを、企業が保有している例も増えていくでしょう。その意味で、今後は、行政と民間が互いに長所を活かしながら、協力してまちづくりに取り組む動きがますます広がると思います。

その際は大きなビジョンを描く一方で、小さなトライアルから始めることも大切です。その二つを同時に進めながら、さまざまな動きを束ねて、大きな力にしていかなければならない。私自身がどれだけお役に立てるかわかりませんが、皆さんの橋渡し役をしながら、信頼できる人たちを集めてネットワークをつくり、自分にできることで貢献していきたいと思います」