アドバイザー活動紹介

“デジタルありき”ではなく、“課題ありき”で考えるまちづくり

コロナ禍で世界的にデジタルシフトが加速する中、日本でも経済・文化・生活など社会のあらゆる側面で大きな影響を受けた結果、各地域の役割や位置付けが再定義される“地殻変動”が起きつつあるようだ。活力やイノベーションを生み出すまちに共通する特徴とは何か。それを、これからのまちづくりにどう生かすことができるのか。研究室を飛び出し、「生きた経済」の現場を歩き回る独自の研究手法から、「ウォーキング・エコノミスト」の異名をとる伊藤 元重氏に話を聞いた。
(取材時期:2022年1月)

目次

東京大学名誉教授 学習院大学国際社会科学部教授 経済学博士 伊藤 元重氏

東京大学名誉教授 学習院大学国際社会科学部教授 経済学博士
伊藤 元重氏

東京大学経済学部経済学科卒。米国ロチェスター大学大学院博士課程修了(経済学博士)。現在は東京大学名誉教授、学習院大学教授のほか、税制調査会委員、経済財政諮問会議議員など、国の諮問会議、委員会でも提言を行っている。

動きがあるまちはイノベーションの宝庫

伊藤氏は、国際会議への参加や在外研究の機会も多く、年10回ほど海外を訪問するという。研究室で研究活動に取り組む傍ら、欧州や中東のまちを歩き回り、現場の熱気を間近に感じてきた。まちづくりという観点から世界を俯瞰したとき、活力とイノベーションにあふれたまちにはどのような共通点があるのだろうか。

「活力を感じるまちには“動き”があり、ほかのまちにはない独特の魅力があります。グローバル化が進んだニューヨークはその典型ですし、独自の文化や産業を持つまちも非常に面白い。例えば、ミラノは世界のファッションの先端を行っていますし、中近東のまちではバザールに人間がひしめきあい、活気にあふれています。そして、動きがあるまちはイノベーションの宝庫でもある。それは海外のみならず、日本の都市にも共通する特徴だと言えます」

中近東のバザールやミラノの写真

中近東のバザールやミラノの写真

しかし、新型コロナウイルスの感染拡大を受けて、大きな変化が生まれている。特に日本では、これまでにない“地殻変動”が起きつつあるという。

「過去30年間、日本経済は長期停滞の状態にありました。その背景には、投資の抑制や企業の低成長といった要因があり、構造的な停滞が続いてきたわけです。しかし、新型コロナウイルスの危機はさまざまなインパクトをもたらし、社会全体を大きく変えようとしています。中でも注目されるのが、グリーン投資やデジタル投資の拡大です。その意味で、コロナ禍以後、これまでの30年とは違った流れが起こるのではないかと期待しています」

さらに「変化のスピードが加速している」ことも、新型コロナウイルスの危機がもたらした影響の一つだと伊藤氏は言う。例えば鉄道業界は、人口減少に伴い乗客が次第に減っていくことに懸念を抱いていたが、コロナ禍によって乗客が激減した。10年後の未来が一瞬にして現実のものと化し、鉄道事業というビジネスモデル自体が再考を迫られることとなった。また、感染予防を目的としたテレワークの導入も進み、オフィスのデジタル化が一気に加速した。生活者一人一人が、オンライン化を前提とした新しいライフスタイルへの転換を迫られることとなった。

「これまで、30年がかりでゆっくり進むと思われていた変化が、この1年で一気に加速した。この劇的なスピード感は、消費者、生活者にとって、その変化が“自分ごとになったこと”が大きな要因でしょう」

デジタルを「課題解決の手段」として捉えることが大事

デジタルシフトが進めば、大都市から地域への住み替えも進み、それが地域の活性化やイノベーション創出を促す――そんな期待も高まっている。ただし、注意したいのは「デジタルありきの発想ではなく、課題ありきで考えること」だ、と伊藤氏は指摘する。

「我々はともすると、『デジタルの技術やサービスを利用して、いかに地域を活性化するか』と、デジタルありきの考え方をしがちです。しかし最近は、『社会をこう変えていきたい。そのための手段として、デジタル技術が使えるのではないか』という、ニーズありきの考え方が広まってきたように思います」

50年前、「日本列島改造論」のもと、新幹線や道路、航空網の整備が進んだ。この政策が一定の経済価値を生み出したのは事実だが、それが行き過ぎた結果、地方都市がミニ東京化したことによって多様性が失われた。

「その反省から、人々が抱える課題への対応策として、地域活性化を考えようという機運が生まれたわけです。テレワークができれば働き方も変えられるし、通勤回数を減らせば、休みを増やすこともできる。音楽や映像を、遠隔地からオンラインで発信することも可能です。こうした変化は、企業や自治体、政府が抱える課題を解決する上で、大きな力になる。課題解決の手段として、デジタル化を捉えることが重要です」

昔の道路の建設の写真

昔の道路の建設の写真

今後の地域活性化の源泉は第3次産業にあり

それでは、今後が期待される地域活性化の源泉はどこにあるのだろうか。伊藤氏はその鍵は「第3次産業」だと断言する。

高度経済成長期、地域に雇用をもたらし、地域の活性化を支えたのは産業であった。だが、今では逆に、「地域が産業を生み育てる」時代であり、「よい産業はよい地域に集まる」傾向にあるという。

「終戦直後の日本では、人口の半分を農家が占めていました。その後、高度経済成長で製造業中心の時代が到来し、地域は工場を誘致したり、大都市と結びついたりしながら地域の雇用をつくってきたわけです。しかし、アジア各国との競合が激化し、製造業は日本のGDPの20%にまで縮小しました。今や、地域にとって最も重要なのは『第3次産業』であり、地域の活性化は、教育や文化、金融、健康、医療などの産業を育てられるかどうかにかかっています。その意味で、今後は、さまざまな機能がまとまった“地域の集積”をつくれるかどうかが鍵となります。限られた地域の中で集積を進めながら、東京や大阪、ほかの地域や海外とも幅広く連携していく。大事なことは、“地域での集積”と“広域な連携”をどう結びつけるかということです。その意味で、まちづくりは非常に重要な役割を持つと考えています」

その具体例として、伊藤氏は、静岡県袋井市の事例を挙げる。袋井市は、戦後のモータリゼーションの進展とともに、「車で郊外に買い物に行く」ライフスタイルが定着し、駅近の立地が有効活用されないまま今日に至った。そこで袋井市は、駅周辺の再開発に着手した。袋井駅の南側にショッピングモールをつくり、駅から歩いて行ける生活密着型のまちづくり計画を進めている。

「産業が地域を育てた時代は、分業の時代でもありました。新宿は商業、丸の内や霞が関は事務所のまちで、人々は郊外に住み、片道1時間かけて都心まで買い物や仕事に出かけていたわけです。しかし、衣食住と教育、エンターテインメントが混在する市街地の近くに住めば、まちに交流が生まれます。地域でも、さまざまな機能を集積させたまちづくりが重要になると思います」

重要なのは、「学」との連携、まちづくりの可視化、人材育成

それでは、こうしたまちづくりを進めるにあたり、何がポイントとなるのか。

一つ目が「産学官の連携」だ。産学官は、ステークホルダーが多岐にわたるだけにその最適解も地域によって異なるが、各地では注目すべき取り組みが進められている。

例えば静岡県では、地元の銀行と県が中心となって、先端技術を持つスタートアップ企業と地場企業をつなぐマッチング・イベント、「TECH BEAT Shizuoka(テックビート静岡)」を定期的に開催している。両者に出会いの場を提供することで、オープンイノベーションを促し、新規ビジネス創出のインフラを構築して産業活性化につなげることをめざしている。「このイベントでは、地元の中小企業にさまざまなニーズを出してもらい、東京や大阪のスタートアップとのマッチングを行います。それがうまく行けば、地域の課題を解決できるビジネスが生まれ、新しいポテンシャルを掘り起こすことが可能です」と伊藤氏は述べる。

これは「産官連携」の事例だが、「学」が関わることのメリットも大きい。その理由の一つは、「若い世代のパワーを活用できる点にある」と伊藤氏は言う。

「今の若者はデジタル世代なので、スマートフォンなどのデジタル機器を使いこなせますし、社会課題に対しても敏感です。格差や貧困、環境問題などに関心が深く、自分の損得を抜きにして課題解決に取り組もうとする意欲的な学生が多い。私の知人もインターネットで動画を発信しているのですが、ITに詳しい大学生にボランティアで手伝ってもらったら、品質の高い番組が1年間に60本もできた。その意味では、学生を巻き込む仕組みづくりも重要ですし、学生時代に地域と関わりを持つことで、卒業後も地元に残って活動してくれる若者が増えるかもしれません」

二つ目は、国際規格や指標を活用して、まちづくりを「見える化」することだ。近年、スマートシティの領域では、ISOが都市インフラを総合的に評価する枠組みを策定した。日本で、これらの国際規格を活用した取り組みが始まっている。

「皆で情報を共有し、次の目標を立てるためには、まちづくりの現状や変化、ほかとの比較を『見える化』することが重要です。その意味では、ISOのような国際規格を活用するメリットは大いにあります。ただし、海外でつくった規格が、必ずしも日本にフィットするわけではありません。世界的な標準だけで議論するのは注意が必要です。日本らしさや各地域特有の観点も考慮することが肝要でしょう」と伊藤氏は語る。

三つ目は、まちづくりを支える人材の育成だ。過疎化が進む地方でイノベーションを創出し、地域活性化を実現していくためには、それなりのスキルとノウハウを持った人材が必要となる。しかし、こうした人材を擁する地域は、ごくひと握りにすぎないのが実情だ。

「日本経済の長期停滞をもたらした理由の一つは、人材への投資が全く行われてこなかった点にあります。とはいえ、今後デジタル化が進めば、人材のリトレーニング(再訓練)やリスキリング(再教育)、リカレント教育(生涯教育)が必須になる。それは、まちづくりについても同様です。しかし、決められたカリキュラムを教えるだけでは、地域活性化をリードする人材を育てるのは難しい。現場で実地に体験し、失敗を繰り返しながら、生きた知識と経験を身に付けてもらうことが重要です」と伊藤氏は警鐘を鳴らす。

オンラインによるトレーニング

オンラインによるトレーニング

加えて、サステナブル・スマートシティ・パートナー・プログラムに賛同するアドバイザーとしても伊藤氏は大きな期待を持っているという。「このプログラムには、さまざまな人が参画されています。それだけに幅広い議論の場となり、ネットワークが拡大していくことを期待しています。私自身としては、人間の生活の基本である消費が、今後どのように変化するかという点にも、非常に関心があります。その意味で、コミュニティや地域の問題とも関わりながら、今後も研究活動を続けていきたいと考えています」